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本編から現実でも劇中でも2年が経過
茨城の片田舎にあるみね子の実家・谷田部家では電気冷蔵庫を購入し、電話も引かれるようになった。冷蔵庫は洗濯機と白黒テレビとともに「三種の神器」と呼ばれ、1950年代からの家電ブームを牽引したが、1970年、昭和でいえば45年頃にはさらに先へ進んで、自動車(カー)・クーラー・カラーテレビが「3C」としてもてはやされた……といった後世の歴史観からすると、谷田部家に冷蔵庫が入るのはちょっと遅いようにも感じる。ただ、経済企画庁の統計によれば、農家世帯での冷蔵庫の保有率は1969年にようやく60%を超え、1970年にはさらに80%を超えた(鈴木淳『日本の近代5 新技術の社会誌』中央公論新社)。この数字からすると、農業を営む谷田部家にこの時期、冷蔵庫が入ったのはきわめてリアルな設定ということになる。
ささいな描写ではあるが、ここからは、時代とは必ずしも一気に変わるものではないことに気づかされる。もちろん高度成長期が、日本人の生活を大きく変えたことは間違いない。しかしそれは一朝一夕に実現したわけではないし、人々はそのなかで“普通の日々”を送っていた。高度成長期には所得倍増政策が掲げられたとはいえ、一年やそこらで人々の収入が倍になったわけでもないし、伸び盛りの子供だからといって、一晩で5センチや10センチも伸びたりはしない。だからこそ、谷田部家の人たちは冷蔵庫を買うために、この2年のあいだコツコツとお金を貯めてきたのだろうし、末っ子の進は背が高くなりたくて毎日、牛乳を飲んでいる。そういったことはいつの時代も変わらないし、現在の私たちと同じだ。
思えば、「ひよっこ」の本編は、昭和を舞台にした朝ドラとしては、劇中のタイムスパンが異例に短かった。当初は10年ぐらいを想定していたらしいが、結果的に、東京オリンピックの前年の1963年からの5年間にとどまった。エキレビ!で朝ドラレビューを担当する木俣冬さんが「朝ドラの大河ドラマ化」と呼ぶように、実在の人物をモデルに波乱万丈の人生が描かれる傾向が強い近年の朝ドラにあって、「ひよっこ」は実在の人物とは関係がなく、市井の人々の生活を細かく描いている点でも、「テレビ“小”説」と呼ぶにふさわしい。
タイムスパンの長いドラマだと、主人公のほか友人やきょうだいの演じ手が交替することもあるけれど、「ひよっこ」ではすべての人物が全編にわたって同一の俳優によって演じられ、「ひよっこ2」にも引き継がれた。これもまたけっこう異例ではないか。「ひよっこ」の放送は一昨年で、現実にも「ひよっこ2」までに劇中で流れた時間と同じく2年が経った。それだけに出演陣、とくにみね子の妹のちよ子と弟の進を演じた子役(宮原和・高橋來)の成長がリアルだった。また、みね子の働く洋食店「すずふり亭」の先輩店員で、茨城の角谷家(みね子の幼馴染・三男の実家)に嫁いだ高子を演じる佐藤仁美は、この2年のあいだにダイエットでやせたが、ドラマのなかではやせた理由(棚の上のお菓子をつまみ食いしようとして乗った脚立が壊れ、それを機に一念発起してダイエットした)をちゃんと描いていたのもおかしかった。
大きく変化する時代を人々は坦々と生きる
ドラマの展開も、「ひよっこ2」では大きな事件が続発するというよりは、「ひよっこ」本編のストーリーやキャラクター設定を踏まえつつ、小さなできごとを積み重ねていくという感じだった。第2話が、みね子が乙女寮の仲間たちを前に、夫の秀俊(磯村勇斗)ののろけ話をするので終わったのには笑ったが。そのあとの第3話と第4話では、みね子の幼馴染で女優になった時子(佐久間由衣)が撮影現場で“暴行事件”を起こしたのをきっかけに茨城の実家に戻って来たり、高校生になったちよ子が成績優秀にもかかわらず、谷田部家の家計を支えるため就職すると言い出したりと、事件らしい事件が持ち上がる。だが、それも家族や友人の強い絆によって乗り越えられる。谷田部家についていえば、すでに本編で、父・実(沢村一樹)の失踪と記憶喪失という大きな事件を経験しているだけに、これぐらいのことでは家族は揺るぎもしなかった。もっとも、ちよ子が就職から一転して進学を決めたのは、憧れの先輩の一言が大きなきっかけではあったが。
他方、すずふり亭では店主の鈴子(宮本信子)を支えるため、省吾(佐々木蔵之介)の提案もあり、妻の愛子(和久井映見)が店で働くことになる経緯もうまく本編でのエピソードとつなげていた。「ひよっこ」本編では(「ひよっこ2」でも回想として出てきたように)、あるとき愛子が店の手伝いに入ったものの失敗ばかりで、まるで役に立たなかった……というふうに描かれていた。しかし実は愛子はわざと失敗していたことが、ここへ来てあきらかになる。鈴子の生きがいである店の仕事を取ってしまわないよう、愛子は演技していたというのだ。しかもそのことに鈴子はちゃんと気づいていたが、気づかないふりをしていたというのがまたいじらしい。愛子が店に入るようになったのは、鈴子に老いが現れ始めたのが理由だったが、結果的にこのことはすずふり亭を営む牧野家の絆をいっそう深めることになった。
今回の続編の舞台となった1970年は大阪万博が開かれ、本格的な西洋料理やファーストフードが徐々に日本人にも身近になり始めたころだ。その影響は洋食店であるすずふり亭におよびつつあることも、劇中ではさりげなく描かれていた。時代は確実に変わりつつあったが、そのなかで「ひよっこ」の登場人物たちは時流に乗るのでも抗うのでもなく、坦々と自分たちの仕事をこなし、生活を営んでいる。地味ではあるけれど、それを丁寧に描き出したことこそ、このドラマの真骨頂といえる。
明日4月1日には新元号が発表され、あと1ヵ月で平成は終わる。そのタイミングに合わせるかのように、各分野で一時代を築いた著名人の訃報や、スポーツ界や芸能界のスターの引退があいつぐなど、あらゆるところで幕引きが行なわれ、じつにあわただしい。
(近藤正高)