今、鳥肉がキテいる。
健康志向・低価格志向の高まりから、安くてカロリー控えめな鳥肉の消費量は近年右肩上がり。
農林水産省の統計では、2012年に年間一人当たり消費量で豚肉を抜いて食肉のトップに躍り出ている。でも、鳥肉の魅力って「安くてカロリー控えめ」だけなのだろうか?

そんな疑問に答えてくれるのが、本書『鳥肉以上、鳥学未満。』だ。
鶏むね肉を食べるならモスチキン。鳥類学者が伝授する鳥肉の秘密『鳥肉以上、鳥学未満。』
『鳥肉以上、鳥学未満。』川上和人/岩波書店

鳥類学者の川上和人が、家禽として最もポピュラーなニワトリをモデルに、トサカからモミジまで食肉となる部位の構造を解説。
各章のタイトルは「おいしいスネのかじり方」「捨てるトリあれば、拾うガラあり」などくだけたものばかりで、科学雑誌の連載をまとめた一冊だけど中身も堅苦しさや難解さとは無縁。
グルメと科学の間をいく独自の視点から鳥肉、ひいては鳥類の新たな魅力が見えてくる。


胸肉を食べるなら、あのハンバーガー・チェーンがおすすめ


まず最初に「胸肉は、フライの後で」で取り上げられる胸肉は、著者曰く〈チキン・オブ・チキン〉だという。
胸肉が鳥肉のセンターを張る理由は、その重量にある。

鳥類は飛ぶために、体全体を軽量化させている。とはいえ、翼を動かすための筋肉は欠かせない。そこでエンジン部分となる胸に肉が集中し、鳥の体で胸肉は一番の重量を占めることになる。捌かれた後も、胸肉の地位が揺らぐことはない。たくさん取れるがゆえに、今度はスーパーマーケットの鳥肉コーナーで売場面積トップとなるのだ。


そんな鳥類の動力源たる胸肉を味わうのに、著者のお勧めする料理がハンバーガー・チェーン「モスバーガー」のモスチキン。胸肉を衣で包んで揚げたモスチキンは、胸部と翼をつなぐ上腕骨が持ち手として付いているのが特徴で、
〈これを食べれば、胸筋が翼に連結していることが実感でき、飛翔筋を食べているのだということが具に理解できるのだ〉

鳥類学者による食レポには、食欲よりも想像力が刺激され、本当にそんな感想が浮かぶのか実際に食べて確かめてみたくなる。

ボンジリは尻ではない?


食事の場で話せば盛り上がること必至なトリビアの数々も、本書の読みどころの一つ。
たとえば、焼鳥でお馴染みのボンジリ。人間でいうお尻の部分にある部位だからこの名前だけど、ボンジリはそもそも尻ではなかった。
鳥の排泄口はお腹の側に位置している。
当然ボンジリから排泄物は出てこない。ならばボンジリは何をする器官なのか?

クリスマスに欠かせないモモ肉には、意外なミステリーがある。
街中でスズメなど鳥の脚を見ると、膝にあたる部分の関節が人間のそれと逆に曲がっている。
だけど、クリスマスチキンを思い出してほしい。腿から膝にかけての関節の向きは、人間と同じ。そこには、どんな視覚上のトリックが存在するのか?

正解は読んでのお楽しみとして、読み進めていくと鳥類のある特徴に気づく。

あらゆる部位の形状や働きの目的が、すべて飛ぶために行き着く。その飛翔へのこだわりが尋常ではないのだ。

自分の体を断捨離する鳥たち


祖先は恐竜である鳥類。鳥たちは肉食恐竜に捕獲されないよう空を飛び始めたと考えられており、より飛びやすい体を目指して進化してきた。
進化の過程で、飛ぶのに余計な肉を捨てた。頭部で重荷となる歯を捨てて、ホルモンで咀嚼をはじめた。
空気抵抗の少ない翼を得るために、手の指の機能を捨てた。
鳥類は人類より一億年以上先んじて、断捨離をストイックに実践してきたのである。

著者はそんな彼らの努力の結晶である部位を時に肉屋で買って分析し、実際に食材として使用している料理を挙げたりしながら、食べられる標本としての鳥肉のおもしろさを教えてくれる。

「おいしい手羽には骨がある」と「ノー・テバハシ・ノー・バード」で取り上げられる、食べにくい部位の代表である手羽先も、標本として見ると印象が大きく変わる。
中央部にある締まった肉を食べると現れる、翼の伸展を担当する橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃっこつ)。羽毛の基礎部分を固定する役割を持つ、人間でいう手の部分にあたる手根骨(しゅこんこつ)・中手骨(ちゅうしゅこつ)・指骨(しこつ)といった、残りの肉をむしる障害となる無数の骨たち。


〈食べにくい堅牢さは、飛翔のための進化の賜物〉だと、一つ一つの骨を丁寧に取り分けて構造をたどる。その先には、2011年に決着した恐竜鳥類化説の重要な証拠が隠されていた。
手羽先を丁寧に食べて、骨組みを観察する。それはすなわち、1億年以上前の鳥類の姿を追う、冒険の旅だといっても過言ではないのだ。

本書を読んだら、鳥肉の魅力を聞かれて「安くてカロリー控えめ」だけでは済ませられなくなる。
(藤井勉)