誕生から70年を越えた「きかんしゃトーマス」が、今年大幅にリニューアルするという。その「序章」といえるのが、現在上映中の『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』だ。


劇中ではトーマスが初めてソドー島を飛び出し、世界一周の旅に出る。アフリカでは砂漠を、南米ではジャングルを、アジアでは雪山を走り抜ける大冒険だ。行く先々で新たな機関車たちとの出会いもあり、テレビアニメ新シリーズではトーマスの仲間に新しい女の子の機関車も加わるという。

格段にスケールアップした物語の背景には、国連とのコラボレーションがある。世界中の子どもたちに地球を守る大切なメッセージを伝えようと、シナリオやキャラクター造形などに国連が携わっているのだ。

国連とトーマスのコラボはどのように進められ、どんなメッセージが盛り込まれているのか。
国連広報センター所長の根本かおるさんに話を聞きました。
映画「きかんしゃトーマス」国連とのコラボで「女の子の機関車」が増えた理由を国連に直撃してきた
国連広報センター所長 根本かおるさん

きっかけは国連からの「逆提案」だった


──今回の取り組みの経緯を教えていただけますか?

根本:2016年に「きかんしゃトーマス」を制作するマテル社から、コラボレーションの提案をいただいたのが直接のきっかけです。ですが、このときは映画やテレビシリーズの話まではありませんでした。「International Day of Friendship」という国連が定めた国際デーがあり、その日のキャンペーンを通じてなにか一緒にできないだろうか、というお話でした。

──あくまで期間を限定したオファーだったと。

根本:もちろん国際デーのためのキャンペーンも大切ですが、せっかくエネルギーを注ぐのに短期間で終わってしまうのも、もったいないですよね。

ちょうど2016年は、国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の実施が始まった年でした。
SDGsは「誰一人置き去りにしない」を掲げ、あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、持続可能な社会をめざす世界目標であり、2030年をゴールとしています。世界全体で取り組む大きな目標ができたばかりですし、広範囲にまたがるSDGsをより包括的に推し進める、そんなキャンペーンを一緒にやっていただけませんか? と、こちらから逆提案をしたんです。
映画「きかんしゃトーマス」国連とのコラボで「女の子の機関車」が増えた理由を国連に直撃してきた
トーマスの旅を後押しする、レーシングカーのエース(右)。声を演じるのはDA PUMPのISSA(『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』より)(C)2019 Gullane(Thomas)Limited.

──「きかんしゃトーマス」は世界的に人気のあるキャラクターですから、国連との親和性も高かったのではと思います。

根本:そうですね。国連は193の加盟国からなる世界的な組織ですから、グローバルなキャラクターであることは大きなポイントだったと思います。世界規模で愛されているキャラクターだけあり、各所への調整など十分に時間をかけて進めていきました。


当初の提案から約2年を経て、このコラボレーションは2018年9月にお披露目されました。新たなテレビシリーズに向け、国連はシナリオを中心にSDGsをはじめとした多くの知見を提供しています。映画はテレビシリーズの「序曲」として、テレビシリーズと同様のフレーバーを盛り込んだ内容になっています。

「未就学児をターゲットに」国連の新たなチャレンジ


──実際に映画を観て、これまでに無い展開に驚きました。トーマスが自ら船に乗りこんで、ソドー島を離れていくという……。

根本:私も驚きましたね(笑)
映画「きかんしゃトーマス」国連とのコラボで「女の子の機関車」が増えた理由を国連に直撃してきた
ソドー島からアフリカに渡ったトーマスは、サバンナでキリンと併走!(『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』より)(C)2019 Gullane(Thomas)Limited.

──シナリオ製作には、国連はどのように関わられていたのでしょうか。

根本:みなさんが国連と聞いて思い浮かべるのは、ニューヨークの国連本部だと思います。
そのほかにも国連にはさまざまな機関がありますので、多くの機関の知見を得ることが大切だろうと考えました。

各機関に声をかけて、どのような貢献ができるかをすり合わせた結果、最終的に携わったのは国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、国連開発計画(UNDP)、ジェンダー平等と女性エンパワーメントのための国連機関(UN Women)、国連環境計画(UNEP)の5つです。この5機関プラス国連事務局という形で、シナリオ作りのために国連の専門家たちとさまざまなワークショップを開いています。

──「きかんしゃトーマス」のターゲット層は主に未就学児になると思います。未就学児向けにシナリオを作るうえで、難しかった点、苦労された点などありますでしょうか。

根本:実は、国連は未就学児に向けた広報啓発活動を十分にはできていませんでした。
それぞれの分野にエキスパートはいるのですが、子どもにもわかるようにかみ砕いて説明するためには、また別の専門性を必要とします。未就学児をターゲットにすることは、国連にとっても新たなチャレンジだったのです。

その点、やはりマテル社はエンターテインメントのプロですね。SDGsが持つメッセージを教訓めいた形にせず、シナリオに自然に溶け込ませ、映像として展開されていました。お互いの得意分野を活かしたコラボレーションが実現でき、国連としても非常に感謝しているところです。

女の子の機関車「ニア」のキャラクターにこだわりを


映画「きかんしゃトーマス」国連とのコラボで「女の子の機関車」が増えた理由を国連に直撃してきた
中国では、かつて『走れ!世界のなかまたち』に登場したヨンバオにも再会(『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』より)(C)2019 Gullane(Thomas)Limited.

──映画ではトーマスが世界一周の旅に出て、さまざまな地域の機関車と出会います。
アジアやアフリカなど、地域によって機関車のキャラクターも違っていて、従来のソドー島の仲間たちとまた違った魅力がありました。

根本:SDGsの大原則としてダイバーシティ、多様性があるんですね。国籍や男女のダイバーシティなど、さまざまな形の多様性を劇中に盛り込んでいます。特に男女については、SDGsが掲げる17の目標のうちのひとつ「5:ジェンダー平等を実現しよう」も重要なファクターになっています。

──確かに、これまでのシリーズ以上に女の子の機関車が増えているイメージがありました。

根本:聞くところによると、世界的に「きかんしゃトーマス」を見ている子どもたちの約4割が女の子なのだそうです。彼女たちのことを考えると、伝統的なジェンダーロールの枠にとどまらない、多くのことに挑戦する力強さを秘めた女の子のキャラクターが必要だと考えました。そこでケニア出身の「ニア」というキャラクターが新たに登場しています。
映画「きかんしゃトーマス」国連とのコラボで「女の子の機関車」が増えた理由を国連に直撃してきた
左がケニア出身の「ニア」。映画ではトーマスと世界一周の旅をし、テレビシリーズではソドー島で働くことに。(『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』より)(C)2019 Gullane(Thomas)Limited.

──ニアは物語の途中でトーマスを助けたことをきっかけに、一緒に旅を続けることになりますね。

根本:「ニア」はスワヒリ語で「目的」という意味です。劇中では目的意識を強く持ち、芯の強いキャラクターとして描かれています。こうしたキャラクターに親しみながら女の子が育っていくことも非常に大切なことでしょう。その点に国連は特にこだわって、ニアのキャラクター造形に関わったという風に聞いています。

──テレビシリーズにもニアは登場するのでしょうか。

根本:そうですね。テレビシリーズではニアの他に、レベッカという女の子の機関車も登場します。これでジェンダーバランスが大幅に改善されました」(男の子:トーマス、パーシー、ジェームス、ゴードン、女の子:エミリー、ニア、レベッカ)

マテル社は創設から70年を経て新たなブランド構築を模索されていたそうです。そうした経緯もあり、世界を舞台にしたり、新たな機関車を登場させたりなど、SDGsを含めた多くのチャレンジが盛り込まれた作品になりました。

後編へ続く
映画「きかんしゃトーマス」国連とのコラボで「女の子の機関車」が増えた理由を国連に直撃してきた
『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』
新宿バルト9、シネ・リーブル池袋、全国のイオンシネマほかにて大ヒット上映中

『映画 きかんしゃトーマス Go!Go!地球まるごとアドベンチャー』
新宿バルト9、シネ・リーブル池袋、全国のイオンシネマほかにて大ヒット上映中
監督 デイビッド・ストーテン 脚本 アンドリュー・ブレナー
キャスト:比嘉久美子 田中完 他 /特別出演:ISSA(DA PUMP)
提供:ソニー・クリエイティブプロダクツ 配給・宣伝:東京テアトル 配給協力:イオンエンターテイメント
(井上マサキ)