高校生らしい青春コメディと喪失感の切なさ、そして現実に対する問題意識……。マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)のフェイズ3を締めくくった『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は、いくつもの要素が重ね合わされた複雑な作品だった。
ちなみにこのレビューには『アベンジャーズ/エンドゲーム』のネタバレが含まれております。
喪失と問題意識「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」フェイズ3の締めくくりは複雑な味わい

修学旅行に異次元の戦士とニック・フューリー乱入! どうなるスパイダーマンの夏休み!


『ファー・フロム・ホーム』は『エンドゲーム』から数ヶ月後、アベンジャーズの死闘によって失われた半数の人類が戻ってきたが、それと同時にヒーローたちが大きな犠牲を払った世界を舞台にしている。主人公スパイダーマンことピーター・パーカーもまた、ヒーローとしての先輩格であり、一番親しかった人物であるトニー・スタークを失っていた。しかしピーターに悩んでいる時間はない。高校で所属している科学サークルの修学旅行が迫っており、そこで想いを寄せる同級生のMJとなんとかいい感じにならなくてはならないのだ!

修学旅行の行き先はヨーロッパ。しかしその直前、S.H.I.E.L.Dの長官ニック・フューリーからピーターへと電話がかかってくる。大事な旅行を邪魔されては困るとガン無視を決め込むピーター。だが旅行の道中でMJと距離を縮めるはずだったピーターの計画はことごとく当てが外れ、なんだか怪しい雲行きに。おまけにフューリーはわざわざイタリアまでピーターを追いかけてきて、世界各地で観測された奇怪な自然現象と、それと戦うために別の多元宇宙からやってきた戦士ミステリオと共闘することを迫る。

最後はビチョビチョに泣いて画面がよく見えなくなってしまった『エンドゲーム』の後の世界を描く『ファー・フロム・ホーム』。筋立てとしては完全に『エンドゲーム』を見ているのが前提であり、この映画ではあの戦いが世の中にどれほど巨大な影響を与えたのかが、半ばコメディ的な要素を交えつつ描かれる。なんせ人類の半分が消失し、なんだかわからないけどその5年後にいきなり戻ってきたのである。学校では消失した生徒と消失しなかった生徒では学年に5年のズレが発生しているし、「消失したフリでよその男のところに逃げて不倫してた」みたいな笑えない話もある。
ヒーローたちも大変だったが、普通の人たちもけっこう大変だったのである。

そんな中で、主人公ピーターの悪戦苦闘が描かれる。もともとスパイダーマンは「ヒーロー稼業と普通の高校生の掛け持ちをどうやってこなすか」が焦点となるキャラクターだが、今回はそこに頼れる存在を失ったという状況もかぶさってくる。なんせ世間はスパイダーマンの中身が高校生だとは知らないのだ。だから無遠慮に「アイアンマンの後継者になるんですか!?」「また地球に異星人が攻めてきたらどうするんですか!?」みたいな質問を投げつけてくる。もしおれが高校生の時に、そんな状態に追い込まれてしまったとしたら……。「ピーター、お前よくやってるよ……」とねぎらってやりたくなる。

しかもそこにフューリーの無茶振りと「別の地球からやってきた」という謎の戦士ミステリオが絡むのである。ミステリオ自体はもともとスパイダーマンのコミックに出てくるキャラクターなので、どういうキャラなのかを知っている人間が見れば「はは~ん……なるほどね……」と見ていられるだろう。ヨーロッパ各地を舞台に謎の敵と転戦を繰り返す展開はスパイアクション映画っぽい雰囲気もあり、スケールの大きさと高校生らしい学園ラブコメ的みみっちさを両立した格好だ。

「ヒーロー不在の世界」に、どう向き合うか


しかしそれにしても、『ファー・フロム・ホーム』は、MCU作品の中でも特に我々が住むこの現実世界に対して言及した作品であるように思う。なんせ舞台はアイアンマンがこの世を去り、キャプテン・アメリカは引退、ソーも宇宙のどこかへと消えた後。
アベンジャーズの「ビッグ3」が消えた、いわばメンター的な先行世代のヒーローがいない世界である。「超人的な力で我々を守り導いてくれた巨大なヒーローたちがいない」、そして「人類が一丸となって戦うべき敵がいない」という点で、『エンドゲーム』後の世界は我々の住む現実の合わせ鏡となっている。

その「ヒーローがいない世界」において、普通の高校生でもあるピーターがいかに生きていくべきか。『ファー・フロム・ホーム』は、その点にじっくりと時間をかけて向かい合う。しかも『ファー・フロム・ホーム』では、何が真実で何がフェイクなのかがわからないという状況こそが物語のテーマのひとつとなっている。偉大なヒーローたちはすでに去り、虚実の境目が曖昧な世界で、普通の若者がどうやって生きていくべきなのか……。『ファー・フロム・ホーム』で描かれるのは、MCU作品としてはちょっと珍しいくらい、我々の住む現実そのものと地続きな問題意識だ。

10年以上にわたって展開されてきたMCU作品は、「フェイズ」という区切りが節目ごとに設けられている。現在はアベンジャーズが仲違いした『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』から続くフェイズ3という区切りなのだが、このフェイズ3の締めくくりとして位置付けられているのは『エンドゲーム』ではなく『ファー・フロム・ホーム』である。「これはいったいどういうことなんだろう?」と、おれも疑問に思っていた。普通に考えたら全宇宙規模の戦いに終止符が打たれた『エンドゲーム』をフェイズ3の締めくくりとした方が、収まりがいい気がしていたのだ。

しかし『ファー・フロム・ホーム』を見た後だと、なるほど確かにこれはひとつの締めくくりだという気持ちになる。
MCUはヒーローたちの死闘を描き切った後に、我々の住む現実そのものの問題に肉薄した映画を撮って、フェイズ3を締めたのである。「ヒーローはいないかもしれないし、真実と虚構はどんどん見分けがつかなくなっているけど、でもピーターのように頑張ることができる」というメッセージを、MCUはかなりはっきりと投げかけている。

もちろん、MCUはこの後も続いていく予定だし、そこではまた新たな問題意識が取り扱われることだろう。しかし、『ファー・フロム・ホーム』をもってフェイズ3を終わらせたMCUには、ひとまずお疲れ様でした&ありがとうございましたと言いたい。青春コメディ的要素とスパイダーマンのアクション、そしてヒーロー映画を作り続ける意義が重ね合わされた逸品である。
(しげる)

【作品データ】
「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」公式サイト
監督 ジョン・ワッツ
出演 トム・ホランド サミュエル・L・ジャクソン ゼンデイヤ コビー・スマルダーズ ほか
6月28日よりロードショー

STORY
サノスとの戦いから数ヶ月後。スパイダーマンことピーター・パーカーは、ヨーロッパへの修学旅行を控えていた。しかしそこにニック・フューリーからの連絡が。旅行直前のピーターは、一度は無視を決め込むものの……
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