
表紙イラストが江口寿史になった理由や、やついいちろうの「明るさ」について話は続いていく。
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「グミ・チョコレート・パイン」が好きだった
───表紙が江口寿史さんのイラストなんですよね。
やつい 大槻ケンヂさんの『グミ・チョコレート・パイン』を高校の時だったかに読みまして、すごい好きだったんです。あれはある種バンドの青春時代っていうか大槻さんのことではないとは言え大槻さんのことだって思うんです。小説風に書いてある作品ですが筋肉少女帯ができる前の話ですよね。夜明け前。
この本は僕のお笑い芸人になるまでの話なので、そういう意味ではすごい近いところを描いてる。「グミチョコ」オマージュもあって、江口さんに絵をお願いしました。ホントは女の子を書いて欲しかった。

───女の子ほぼ出てきませんよね?
やつい そう。PARCO出版の人にやついさんがいいって言われて、僕になっちゃった(笑)。スチャダラのBOSEさんが「江口さんが男描くって珍しいね」って驚いてた。描き下ろし、ありがたいです。
───椎名誠さんの『哀愁の町に霧が降るのだ』もちょっと思い出しました。

やつい シーナさんの「哀愁の町に霧が降るのだ」も僕、大好きなんです。書いてる時はメルマガ読者に向けてただ事実を淡々と書いてたので、全く意識してなかったんですけど。同じことをこの前ラジオ番組で茂木健一郎さんに言われましたよ。「現代版の、お笑いの「哀愁の町に霧が降るのだ」だね」って。そう言えば俺好きだったなーって。
───素朴な疑問なんですけど、恋愛要素をぜんぜん書かなかったっていうのは何故?
やつい ああ、そうですね。なんでですかね。誰の恋愛も書いてない。実話すぎて避けました(笑)、面白い話いっぱいあるんですけどね。今立が「部員と付き合うのは絶対禁止だ」って言いながら一番最初に付き合ったりとか。そういう話も書けば良かった。
───タイトルはやついさんがつけたんでしょうか。このタイトルがすっと出てくる仕掛けがめちゃくちゃかっこよくて。
やつい なんてことない話のとこに出てくるんですよね。ぜんぜん重要じゃないシーン。「エレマガ。」っ連載時は「エレキコミック物語」だったんですが、本を出す時に編集さんが僕の文章から良さそうなのを抜き取ってくれて、そこから選びました……ちょっと恥ずかしい。
───やついさんの口調っぽいっていうかピッタリのタイトルだと思います。そこも椎名誠っぽさに繋がってるのかも。やついさん「~だろうな」で、シーナさん「~降るのだ」みたいな。
やつい あ、そうかもしれない。
───村上春樹さんや中上健次さんなども出てきます。文学青年ですね?
やつい 言うほどじゃないです。
───サニーデイ・サービス、ピチカートファイヴ、電気グルーヴ、スチャダラパー、宮沢章夫の名前も出てきて「おっ」って思いました。やついフェスにも繋がっている感じで。
やつい 音楽が鳴ってるように書きたかったってのはあるんですよね。何の音楽が流行ってたとかそういうのは意識的に書くようにしてたんです。分かる人には分かる、懐かしい人には懐かしい。

落ち込んでしまったら終わりじゃないですか
───ラジオに初めて出た時に、局の人に「全然ダメだよ」って言われてしまう。あれは一番暗いシーンだなと思ったんですが、どんな思いで書かれたんでしょう。
やつい ま、実際そうだった、ってだけなんですけど。
───怒られて落ち込んで、ってこともあったんですか?
やつい そうなんでしょうけどね。その都度ね。まぁでも肯定せざるを得ないですからね自分を。
───で怒られるシーンでも文章がカラッとしてるっていうかズドーンと暗い感じはない。「マイティDISCO」(SUSHI PIZZA・やついいちろう&IMALU)の歌詞、嫌なことがあっても「あかるいよ」に通じる感じがします。
やつい 結果焼肉食ってタクシーで帰って得したな、って感じで終わってますもんね。
───嫌なことがあっても、あまり引き摺らないで更新されていくって感じですか。
やつい いや! うーん。そうなのかなぁ? たぶん。肯定的に考える癖はついていますけど。全部フリオチで考えてるんで基本的に。やなことがあるっていうフリが来たらオチをつけなきゃいけないとか、っていうことを考えてるんだと思います。落ち込んでしまったら終わりじゃないですか。例えばキングオブコントで結果的には良くなかった、落ち込んじゃう、ってだけだと面白くない。そういうフリが入ったんだったらそれをネタにしてどうにか笑いにしてサバイブしなきゃっていうのを常に考える癖がついてる。バーンと落ち込んで、オチをつけてから世に出すってことなのかな。だから明るく見えるんじゃないかな。
───言うてもファイナリストなんですけどもね。でもあの大会で言うと「8位先輩」みたいなことを自らどんどん言ってたのがすごく面白くて。
やつい 失敗後どうするかってことです。とにかく落ち込ませないように。
───深い、恐ろしい淵を横目に、たんたんと走ってるような冷静さも感じます
やつい そうなんですかねぇ。
───そういうやついさんの意外な面も、この本でちょっと見れたって気がします。
やつい 自分でもわかんないところあるんですけど、とにかく楽しんでもらえれば。別にファンじゃない人もなんかこう、わかりやすい青春モノなんで、思い当たるフシがあったりすると思うので。
───お笑いファンだけじゃなくて、広く読まれるべき本じゃないかと思います。青春はだれにでもある。
やつい 重版してるんですよぉ、こう見えて(笑)。
(イラスト・構成・文/まつもとりえこ)

エレキコミック第29回発表会「Ron Ron Marron Queen」が10月23日~27日まで、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)にて開催予定