
襲ってきたのは自分たちと瓜二つの4人組! 黒人一家の運命は
映画は、1986年のカリフォルニア州サンタクルーズから始まる。幼い黒人の少女アデレードは、両親とともにビーチにある遊園地に出かける。父親が目を離した瞬間に迷子になったアデレードは、「ビジョン・クエスト」という名前のミラーハウスに迷い込む。鏡だらけの不気味な部屋の中でアデレードが目にしたのは、鏡に映った自分ではなく、自分と全く同じ見た目なのに自分と違う動きをする少女の姿だった。
30数年後の現在、アデレードはすっかり大人になっていた。お調子者だが優しい夫のゲイブ、スマホばかり見ているティーンエイジャーの娘ゾーラ、幼い息子ジェイソンという家族もできたアデレードは、夏休みを過ごすべくまたもサンタクルーズを目指していた。幼い頃に住んでいた別荘にたどり着いたアデレードと家族は、友人夫婦のジョシュとキティの一家とともにビーチへと向かう。
しかし、ビーチではジェイソンが迷子に。さらに道中見かけた死体の持っていた「エレミヤ書 11章11節」の看板や、デジタル時計の時刻、様々な不気味な偶然から、アデレードの中で幼い日に迷子になったトラウマが蘇り始める。そしてその夜、アデレード一家の別荘の外に、赤い服を着た謎の男女4人組が現れる。無理やり家に侵入してきた赤い服の4人組は、アデレード一家の4人と全く同じ姿形をしていた。
とにかく冒頭から不穏極まるホラーである。
といっても、映画自体は単純に怖いわけではない。アデレード一家と全く同じ見た目をした襲撃者たちの挙動は不気味でありながらギリギリのところでおかしいし、極限状態のはずなのに微妙にズレた言動をするゲイブとアデレードのやりとりも笑える。めちゃくちゃ怖いけど、怖すぎてギリギリのところで不条理ギャグみたいになっちゃってるという、ものすごい味わいの映画だ。
寓意やメタファーまみれでも、ちゃんと着地する不条理ホラー
オープニングから登場する無数の兎、「地中から蘇ったゾンビが集団で襲ってくる」というマイケル・ジャクソンの『スリラー』のTシャツや、アメリカ国内の貧困救済を訴えながらも失敗に終わった1986年のイベント「ハンズ・アクロス・アメリカ」、神が問答無用で災いを下す様が書かれたエレミヤ書11章11節、「私たち」という意味であると同時に「United States」の略称でもある『Us』というタイトルなどなどなど、『アス』の各部に散りばめられた要素は寓意に富む。実際、深読みしようと思えばいくらでもできる映画である。
自分たちと全く同じ見た目の人間が、ある日突然自分たちを襲撃し置き換わろうとする、というストーリーは、古典的なボディ・スナッチャー系ホラーの構造でもある。しかし、『アス』の主人公一家は、別荘を持っているような裕福な黒人ファミリーだ。そこを全く同じ見た目の黒人たちが襲撃し、目的不明の行動をとり続けるという状況は、アメリカ国内の「持たざる者」たちのうめき声を伝えている……という解釈もできる。
しかし、『アス』がすごいのは、映画自体の結論を投げっぱなしにしないところだ。無数の寓意を散りばめてあるのもあって、正直見ているときは「この映画の解釈は、あなた方観客に委ねます……」という、ふんわりした結論の映画になるのかな〜と思っていたのである。
だが『アス』は違った。「嘘だろおい!」といいたくなるような話ではあるが、一応ちゃんとしっかり「こういうことだったんですよ〜」と、自分で広げた風呂敷を無理やり畳んで荷物をまとめて帰っていったのである。その内容は、梶原一騎による「消える魔球」が消える原理の説明並みに馬鹿力での寄り切りだったが、それでも説明は説明だ。納得するしかない。これはそういう映画なのだ。
思えば、監督デビュー作である『ゲット・アウト』の頃から、ジョーダン・ピールはどう考えても不条理な映画内の事象に対して無理やり説明をつけていた。「嘘だろおい!」というオチだったとしても「いや、でもこの映画はそういう話なんですよね」と観客を無理やり納得させる、そんな剛腕が備わっている人である。貧困や人種の問題への問題意識と寓意が詰め込まれた社会派ホラーの『アス』だが、しかし映画としての凄みは、一見不条理な内容を不条理で終わらせない誠実さにあると思う。寓意を寓意のままで放り出さず、ちゃんと着地させるパワーこそが、『アス』とジョーダン・ピールの持ち味である。
めちゃくちゃ不気味で若干笑えて、しかも客を最後に放り出さない……。よく考えたら、これってホラー映画としてはそれなりに親切な設計なのではないだろうか。
(しげる)
【作品データ】
「アス」公式サイト
監督 ジョーダン・ピール
出演 ルピタ・ニョンゴ ウィンストン・デューク エリザベス・モス ティム・ハイデッカー ほか
9月6日より上映中
STORY
幼い頃に遊園地で「自分と完全に同じ顔の少女」に遭遇したアデレード。成長し家族を持った彼女は因縁のある土地の別荘へと向かうが、そこで謎めいた偶然に遭遇し、徐々に追い詰められていく