漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

今年、画業20周年を迎えた漫画家の施川ユウキ。鋭利な言語感覚と発想力が光るギャグ漫画から、愛や友情をまっすぐに描いたストーリー漫画まで、無数の才能がひしめく漫画界の中でもひときわ異彩を放つ作品たちを世に送り出してきた。9月10日に刊行された『ハナコ@ラバトリー 新装版』では、初の小説にも挑戦。多くの漫画好きを唸らせるユニークな作風はどのように生まれ、“心に深く刺さるもの”へと進化を遂げていったのか。インタビューを通じて、デビューから現在に至るまでの20年間を振り返る。

取材・文/曹宇鉉(HEW)

「謎の自信」に導かれて漫画家デビュー


漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――画業20周年おめでとうございます。せっかくの機会ですので、デビュー前に作品を投稿していたころのお話から伺えますか?

まず愛読していた『週刊少年ジャンプ』に投稿したんですが、これは全然ダメでした。次いで落選しても寸評を添えてくれるという『週刊少年サンデー』にも送ってみたんですけど、いざ原稿が返ってきたらなにも書いてなくて「どういうことだ!?」と。それから竹書房さんの4コマ誌にも送り、これは後で知ったんですが、ちょっとした賞をもらっていたみたいです。ただ、戻ってきた原稿は二つ折りにされてポストに突っ込まれていて……。もちろん配達した人の問題で、竹書房さんは悪くないんですが。結果的にその後『週刊少年チャンピオン』の月例賞をいただいて、そこで描いていくことになりました。

――月並みな質問ですが、1999年に『がんばれ酢めし疑獄!!』でデビューされた当時は、このような形で20周年を迎えると想像していましたか?

まったく想像していなかったです。吉田戦車先生の『伝染るんです。』のような不条理ギャグが好きで、当時はそういった漫画がどの雑誌にも2本くらい載っていたし、画力も問われていない感じで、自分でもいけるだろうと安直に考えていました。デビューしたからって人生がなんとかなるわけでもなくて、20代前半のころは一生これを続けるのはさすがに無理だろうと思っていたので、なんらかの奇跡が起きて描いているものがバカ売れし、あとは細々と仕事をして生きていけないかな、と夢みたいなことをぼんやり考えていましたね……。今もたまに考えますけど。

――そもそも、なぜ漫画家になりたいと思ったのでしょうか?

深く考えずに工業高校に進学したんですが、いざ入ってみると理系の授業ばかりでそれがまったく合わなくて。とにかく毎日がつまらなかったですね。過去を振り返ったときに「あの期間があったから今があるんですよ……」と遠い目で語るために図書館に通って本を読んでいました。ちょっとした反骨精神というか、「学校の授業をまったく活かさずに、表現の仕事につきたい」という気持ちがあって、小説家とか漫画家になろうと思っていました。卒業後、大阪の専門学校に通い始めてからも、そのスタンスはあまり変わらなかったです。

なりたいと思っていただけで、小説も漫画も全然書いていませんでした。一応どちらかと言えば漫画家になりたかったんですけど。絵は下手だし、そもそも毎週の締め切りを守るとか、そんなこと自分にできるわけがないし、どうせ無理だろうと思ったら努力もできないし、そんなだから当然上達もしない……。その一方で、「俺はなんらかのクリエイティブな存在になれる!」という謎の自信があったんです。今にして思うと、本当に意味がわからないんですけど。

――結果的に、その自己評価は間違っていなかったわけですね。

いやいや、たまたまうまくいったからこうして話していますけど、単純に不条理ギャグが流行っていたという時代背景とかが重要だったと思います。ちなみに、高校時代の鬱屈していた時期に対して「あの期間があったから今がある……」みたいなことは、最近はあんまり思わなくなりました。20歳をすぎてからの方がずっと重要だったし、別のルートをたどっても同じような結果になっていたんじゃないかと思うんですよ。苦い青春に過剰な意味づけをして過去の自分を救おうとするのはやめた方がいいとも思っていまして。よくよく考えると、本当はそんなこと信じてなかったことに気づいたんです。
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――デビュー作の『がんばれ酢めし疑獄!!』は言葉あそびの極北のようなギャグ漫画でしたが、巻を追うごとに「ラムニー君」などのキャラクターが増えてきた印象です。その後の『サナギさん』への下準備といった部分もあったのでしょうか?

『酢めし』の後半では次の作品をどうするかを考えて、「キャラクターを描かないといけない」と模索していました。ただラムニー君にしても、ちゃんとしたキャラクターではないんですよね。僕が考えたフリップネタのようなものを羊に言わせているだけで、羊自体の内面から生まれたなにかではない。広い意味で『サナギさん』も同様です。お題に対してフユちゃんがボケて、サナギさんがツッコむというフォーマットなので、基本的には僕が考えた“面白いこと”をキャラクターに言わせている、という形にならざるを得ない。それが悪いわけではないですが、キャラを動かすという意味では窮屈ではありました。

――では、「キャラクターが生きているな」と手応えを感じた瞬間はどのタイミングだったのでしょうか。『12月生まれの少年』での田舎を散歩する挿話などは、とても叙情的で印象に残っていますが……。

結局、ギャグ以外のことをやらせるしかない。『サナギさん』の場合は、たまに挿入される友情っぽい話がそれにあたります。ギャグ的なやりとりは、彼女たちの人間性の中のある一面でしかない、という見せ方です。いずれにしても僕が描いていたタイプの不条理ギャグは一時期のブームが去っていましたし、僕自身もあまり新しくないなと感じていて……。キャラクターを使ってなにをやっていけばいいのかな、と考えた結果、『12月生まれの少年』のような叙情的なものも描くようになりました。

シニカルなスタンスでやっていても、人の心には刺さらない


漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――いち読者としては、2010年ごろを境に『オンノジ』、『鬱ごはん』、『バーナード嬢曰く。』、と作品のバリエーションが一気に豊かになった印象があります。当時、なにか大きなきっかけがあったのでしょうか。

明確なきっかけはというよりは、たまたまそれぞれやろうとしたことが違った、という感じです。『バーナード嬢曰く。』は名言マンガみたいな感じにしよう、という構想だったんですが、SF好きの神林しおりが思いのほかキャラが立って。従来の作品でやっていた大喜利的発想力で「どや!」みたいなものは控えめにして、「キャラクターが、いかにそのキャラクターらしさを出すか」という方向にシフトしていきました。神林は僕としてもお気に入りのキャラクターなので、できるだけ魅力的に描きたいと思っていますし、キャラの描き方も躊躇せず変えていっています。
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

『鬱ごはん』では当初「グルメ漫画をやってほしい」と言われたんですけど、基本的に絵が上手じゃないとどうしようもないジャンルじゃないですか。それで「あまりおいしそうに描けないですよ」と言ったら、「おいしそうじゃなくてもいい」と……。結果的に、僕の実体験をベースに鬱野という極端なキャラを使ったアンチグルメ的な漫画になりました。

――グルメであることが持て囃される風潮への強烈なアイロニーを感じる作品です。個人的に『鬱ごはん』の主人公・鬱野くんはほぼ同世代なので、彼が孤独なフリーターのまま年齢を重ねるごとに身につまされるところも……。

いつのまにか鬱野も30代になっていましたね。でも、彼はもはや就職とかに追われていないので、10年後も同じような生活をしていると思います。今さら「将来どうしよう」みたいなことを毎日考えていたりはしないし、彼は彼で豊かな人生を送っていると思うんです。バイトをしていれば一応生活はできますし。金がなさそうなのに旅行に出たりもしていますけど……。ところでこの漫画、20年後くらいに読み返したら、今と違う意味でかなりグッとくると思うんですよ。時代をまとっているから。彼がバーミヤン(っぽい店)でタピオカドリンクを頼もうか悩んでいる姿が、どうしようもないくらい眩しく見えるようになるはずです。20年後にまだ連載が続いていたら笑いますが。
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――終末的な設定をベースに、ギャグとストーリーが入り組んだ構造になった『オンノジ』は、これまでの作品の中でも特にエポックな変化を感じました。


『オンノジ』については、まず「少女とフラミンゴのふたりしかいない世界」というところからスタートしました。従来の不条理ギャグ的なものをやりつつ、1話ごとにギャグではない挿話を入れて、クライマックスで感動的な話になるようにしたかった。思い浮かべていたのは業田良家先生の『自虐の詩』です。テンプレ的なギャグだったはずが、いつの間にか登場人物たちがテンプレから解放されて“人間”になっていく、みたいなイメージですね。次作『ヨルとネル』で、よりはっきり形にしました。

――結果的に『オンノジ』、『鬱ごはん』、『バーナード嬢曰く。』の3作品で、2014年に第18回手塚治虫文化賞短編賞を受賞します。

それぞれ連載中はあまり反響がなくて、「3冊同時発売するけど、これが話題にならなかったらもうやることがないな。どうしよう」みたいな気持ちでした。でも、いざ本が出たらすごく評判がよくて、いい意味で驚きました。それまでは、連載中と単行本発売後の反応はあまり変わらなかったので。
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――『オンノジ』に続くストーリー作品の『ヨルとネル』は、こびとの少年たちの哀切な友情が描かれています。かつてギャグとして扱っていた暴力的な描写も、明確に痛みを感じさせるものに変化していますが、どういった意図によるものなのでしょうか?

痛みにしても悲しみにしても、「ギャグですよ」というシニカルなスタンスでやっていても、人の心には刺さらないと思ったんです。ショッキングなものを表現したいのなら、やはりショッキングに描かなければいけないし、きちんと刺しにいかないといけないな、と。シニカルな描写でそれができる人もいますが、その技術がないのでキャラの感情表現とかでわかりやすく伝わるように描いています。そういったものをしっかりと描きたいと思うにつれて、絵もなんとなくマシになってきたかもしれません。下手なりに、やりたいことが伝わる程度には。
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――昨年には、多くの漫画好きから“傑作”と絶賛された『銀河の死なない子供たちへ』が完結しました。手塚治虫の『火の鳥』をはじめ、さまざまな作品へのオマージュが散りばめられた同作ですが、特に大きな影響を受けたものはありますか?


いろいろありますが、細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』が元ネタのひとつです。あの映画は、すごく意地悪な解釈をすると、子供たちがある種の“毒親”から卒業するという話だと思うんですよ。多分誤読ですが。あのスーパーマザーをよりスーパーマザーにして、『火の鳥』的壮大な世界観で、子供たちが巣立つ話を作ろうと思ったんです。結果的に『銀河の死なない子供たちへ』は、当初思い描いていたものと少し違った結末に変わりましたが。あのキャラクターなら、最後はそれを選ぶのかな、と。

“小説家”としての次回作は「いずれ機会と時間があれば」


漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――施川先生が初めて原作を担当した『ハナコ@ラバトリー』の新装版が、9月10日に発売されました。作画を担当した秋★枝先生のかわいらしくポップな絵柄と、ほんのりとペダンチックな“施川節”とのギャップがとても魅力的な作品です。

自分はあまり絵が描けないので、だれかに描いてもらうというのを純粋にやってみたかったんですよね。連載していた時期としては『オンノジ』の少し前なので、最初にストーリー的なものに挑戦した作品でもあります。ピッチャーのエピソードなんかは個人的にお気に入りです。今こうして読み返すと、いろいろと反省点もありますけど……。「また気の利いた風なこと言っちゃってるなぁ」みたいな。

――そういった部分もしっかりと面白いです! あらためて新装版を読ませていただいて、最後に用意されたハートフルなエピソードが印象的でした。他のストーリー作品のエンディングもそうですが、ある意味で“美しい話”がお好きなのでしょうか?

若いときは「絶対にだれも思いつかないようなものを描きたい」と考えていたんですけど、そういうアイデア先行のものって、結局心の深いところに刺さらない気がしたんです。僕自身、アイデア的にすごく凝った映画とかを見ていると、すごいとか面白いとか思いつつも「それを見せたかったのか」「これを成立させるために、いろいろやったんだな」みたいな冷静な気持ちになることがしばしばあって……。それこそ昔は認めたくなかったのですが、元々シンプルなお涙頂戴的な話が好きなんです。難病ものとか。子供や動物ががんばる話とか。見せ方がチープだったり展開が雑だったりするとすぐに冷めますけど。

――新装版の目玉は、施川先生ご自身による書き下ろし小説です。非常にこなれた文体で、とても初めての小説とは思えませんでした。


これまで定期的にコラムなどを書いてきたこともあって、文章自体はわりと書きなれている方だと思います。漫画もいつも最初に文字でプロットを書きますから。主人公の内向的なキャラクターは、ちょっと手癖みたいなところがあったかもせれません。なんにしても、小説としてきちんと成立させたかったので、心理描写や暴力表現はしっかりと書くようにしました。
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年
漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

――思春期の少年らしい繊細さと痛々しさが、かなり精緻に描写されていますね。

そういうキャラを描いていると正直、「そろそろ成熟した人間を描けよ!」という気持ちになるんですよね……。冒頭の教師に呼び出されるくだりは、ちょうど書いている時期に見た映画『海獣の子供』冒頭の職員室で叱られるシーンの影響です。実生活でもフィクションを見ていても、そういう場面に出くわすと頭の中で反抗したくなるんですよ。映画を見ながら、「冒頭はこういうやりとりにしよう」と考えていました。反抗と言っても「論破してスカッ!」というものではなく、煙に巻くようなのが好きなんです。今回の小説の主人公も屁理屈を言っているだけで、実際には全然やり込めていないですから。その後にもしっかり痛い目に遭いますし。

――いざ小説を書いてみて、手応えはいかがでしたか? 今後、漫画と平行して小説を執筆する可能性はあるのでしょうか?

漫画を描くときは、いかにセリフを削るかで苦労しているんですけど、小説は気にせず延々モノローグを書けるのが気持ちよかったです。今回はストーリーよりも文体を成立させたかった短編だったので、いずれ機会と時間があれば、もう少ししっかりしたものを書いてみたいとは思います。ただ、どうしても文体とか文章そのものへの興味からでしか書けない気がするんです。キャラやストーリーを描きたかったら漫画で十分なわけなので。文章が書けたとしても、エンタメとしてちゃんと面白いものでなければ誰も読まないでしょうから、簡単にはいかないと思います。

――最後に、これから10年後、20年後に向けての構想などがあれば。

いや、それが全然ないんですよ。これまでの人生で「先のことを思い描いていたからなんとかなった」という経験もあまりないですし……。未来を語るより過去を語る方が圧倒的に楽ですね。最近たまたまインタビューを受ける機会が重なって、同じ昔話を何度も繰り返す老人みたいになっています。話すたび微妙に内容が変わっていたりして。とはいえ新連載も考えないといけないし……。とりあえず次回作でも過去作でも、読んでいただければうれしいです。

プレゼント応募要項


インタビューを記念して、施川ユウキ先生直筆サイン&イラスト入り『ハナコ@ラバトリー 新装版』の上下巻セットを1名様にプレゼントいたします。

応募方法は下記の通り。
(1)エキサイトニュース(@ExciteJapan)の公式ツイッターをフォロー
(2)下記ツイートをリツイート
応募受付期間:2019年10月10日(木)~10月24日(木)18:00まで

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(エキサイトニュース編集部)

刊行情報


漫画家・施川ユウキ、“魂の深いところに刺さる作品”を追い求めた20年

『ハナコ@ラバトリー 新装版』(電撃コミックスNEXT)
原作:施川ユウキ 作画:秋★枝

施川ユウキ×秋★枝が贈る新説“トイレの花子さん”、上下巻同時刊行!
トイレでのみ存在することができる幽霊の花子さん。トイレという閉ざされた空間で、人や人ならざる者のささやかだけど大切な一歩に寄り添う、珠玉のハートフルストーリー。
新装版刊行にあたり小説版『ハナコ@ラバトリー』も書き下ろし収録。









Profile
施川ユウキ(シカワユウキ)

1977年11月28日生まれ、静岡県出身。1999年にギャグ4コマ漫画『がんばれ酢めし疑獄!!』でデビュー。その尖った作風で多くの熱心なファンを獲得する。その後はギャグや4コマにとどまらずジャンルレスな創作活動を続け、2014年に『オンノジ』『鬱ごはん』『バーナード嬢曰く。』の3作品で第18回手塚治虫文化賞・短編賞を受賞。2016年には『バーナード嬢曰く。』がアニメ化された。その他の代表作に『サナギさん』『ヨルとネル』『銀河の死なない子供たちへ』など。「ハジメ」名義で漫画原作も手がける。

関連サイト
施川ユウキ(ハジメ)