2021年1月から放送されていた人気テレビアニメ「はたらく細胞BLACK」。酸素を運ぶ赤血球を主人公として、人体で年中無休働いている細胞を擬人化した作品だ。

「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説
画像はプレスリリースより (C)原田重光・初嘉屋一生・清水茜/講談社・CODE BLACK PROJECT

今回は、そんな話題作「はたらく細胞BLACK」を労働法の観点から見るとどうなるのか、自身もアニメ好きという村田浩一弁護士に「はたらく細胞BLACK」は実際どれくらいブラックなのか聞いてみた。

「サボる」にも基準がある


――前編では「はたらく細胞BLACK」の労働環境について解説していただきましたが、後編では働いている細胞側の問題についてもお聞きしたいです。まずはこちらの問題です。
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説

「サボり」は程度の問題です。普段からゆるくしている企業だと、業務時間中にサボっている人に対しても「周りの人とのバランスが欠けている」ということで処分できないことがあります。

――普段からゆるい会社の方が裁判で不利なんですね……!

そうです。
裁判例で問題となったのは、1月に2〜3通の私用メールを送信していたことなどを理由とする解雇が無効と判断された事例(北沢産業事件)や、パソコンのメッセンジャーで私的なやり取りをしその回数が6カ月の間に1700件余りとなった(平均すると1日10通弱)ことを理由とする解雇が無効と判断された事例(トラストシステム事件)で、いずれも会社が当初は問題視していませんでした。

ゆるい会社がいきなりルールを厳しくするのは難しいので、企業としては日頃から労働者にちゃんとルールを守ってもらって、労務管理することがポイントだと思います。
他方でプライベートな連絡は人間関係を良くする作用もあるし、厳しい職場でもサボった内容と処分とのバランスは必要ですね。

キラーT細胞に攻撃された毛根細胞に労災はおりるのか?


――次に労働者どうしのトラブルについての質問です。
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説

労働者が業務に関連して他の労働者の身体等を傷付けることが予見できる場合、使用者が配慮するべき問題だと思います。

――実際に攻撃しているキラーT細胞ではなく、キラーT細胞に指示を出している細胞が対応するべきということでしょうか?

当事者の関係が分かりにくいですが、キラーT細胞も毛根細胞も労働者であり、キラーT細胞が業務に関連して毛根細胞を傷付ける性質があると分かっていると考えると、毛根細胞としてはキラーT細胞にも使用者にも損害賠償請求ができそうです。また、労災として認められれば毛根細胞は行政からの給付も受けられます。
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説

労災は大きくわけて2つあって、ひとつは「労働者から会社への損害賠償請求」、もうひとつは「行政からの労災保険給付」です。


行政からの給付は項目がいくつか決まっていて、休んでいる間の給与や病院の費用、後遺症が残ったときの年金などが出されます。

――会社への損害賠償請求は会社と話し合うと思うのですが、国からの労災保険給付は誰に言えばよいのでしょうか?

労働基準監督署です。労基署が事実を調べて労災かどうかを判断します。身体のケガではなく、メンタルの不調の場合は労災がおりるまでに半年とか1年とか時間がかかります。

――もはや「はたらく細胞BLACK」にほとんど関係ない話になってきましたが、仕事をするうえで勉強になるお話が聞けてありがたいです!

実は違法ではない場合もある


――「はたらく細胞BLACK」に話を戻すと、アニメの中で細胞が24時間365日制服を着せられているんですが、これは実際可能なのでしょうか?

24時間365日働くという前提については前編で解説したとおりですが、合理的な業務命令であれば可能です。たとえば工事現場で、安全を守るためにツナギが必要ということであれば大丈夫です。

服に関する裁判例で思いつくのは、「ノルマが達成できなかった女性社員にうさぎの耳のコスチュームを着用させた」ことが心理的負荷が大きいとして会社に対する20万円の損害賠償請求が認められた事案(K化粧品販売事件)です。必要性や心理的負担の程度によっては損害賠償の対象となることに注意する必要があります。

――業務に必要で心理的負担が大きくない制服のみ認められるんですね! 続いては、赤血球ならではのエピソードです。
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説


労働契約の内容にもよりますが、雇用契約にあたっては業務の内容を明示する必要があり、明示された同じ業務をずっとさせるのは問題ないです。

最近話題のジョブ型雇用もこのような形を想定しているのではないかと思います。法律的には、異動(違う業務をさせること)の方が例外です。

――そうなんですね!

労働者が会社に異動の希望を伝えて、会社がその気持ちを酌んで異動させるのは可能ですが「異動すること」は労働者の権利ではないです。


労働者は契約書などで決められた業務をやってもらうのが原則ですし、赤血球に酸素を運ぶ以外の仕事をさせなくても問題はありません。

――なるほど……! あとは「脾臓」というかなりパワハラ体質の臓器があるのですが、こちらについてはいかがでしょうか。
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説

労働者の健康状態や能力が働くに耐えられなければ、労働者を解雇することはできます。

ただ、解雇には客観的合理的な理由が必要なので、健康問題の場合は産業医の意見を聞いたり、医学的な根拠を取った方がいいと思います。

能力の問題の場合は、日本の労働法では、中途採用で即戦力として採用した場合は別ですが、新卒採用の場合、「改善の見込みがない」というところまでは見てあげた方がいいですね。

我々人間は赤血球に対して安全配慮義務がある


――最後に「はたらく細胞BLACK」全体のテーマともいえるのですが、細胞たちがブラック労働をしているのは、脳・人・(人が勤めていると思われる)会社それぞれに問題があるためです。結局これは誰が悪いのでしょうか?
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説

あくまでフィクションの話なので予想になりますが、この「はたらく細胞BLACK」では赤血球や白血球が「労働者」で、脳細胞が「管理職」だと思うんですね。
そして(アニメには直接出てこない)この身体の主が「企業」に該当すると思います。

――身体の主がブラック企業らしきところに勤めているようなのですが、勤務先の会社はどうなるのでしょうか?

そこは企業の「取引先」だと思っています。
「はたらく細胞BLACK」のリアルでやると労災認定されやすい行動は? 弁護士が解説

――かなりしっくりくる整理ですね……!

なので、我々人間が赤血球に対して安全配慮義務を負っているんだと思います。
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――いままで考えたことのない視点です。

赤血球たちのためにも暴飲暴食や喫煙やストレスを減らし、安全配慮義務を尽くす必要があるのではないでしょうか。


――そうしないと我々は労働法に基づいて細胞から訴訟されかねないということですね。

そうですね。職場の環境を良くするための仕組みづくりをしていく必要があると思います。

――健康を守っていくことが大事ですね。今日はありがとうございました!

【前編】「はたらく細胞BLACK」で学ぶ労働法 赤血球が危険な業務を断れる場合とは?

■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。

Twitter:https://twitter.com/_maishilo_
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Profile
村田浩一

弁護士。2009年中央大学大学院法務研究科修了。2010年弁護士登録。根本法律事務所に在籍。近著『外国人雇用の法律相談Q&A』(法学書院、編集代表)が発売中。