昨今よく見かけるようになったアニメーションを使ったミュージックビデオ(以下、MV)。なかでもヨルシカ、YOASOBI、ずっと真夜中でいいのに。
今回は、そんなアニメーションMVを「アニメーションの色彩設計から学ぶ 色彩&配色テクニック」著者であり、『勇者王ガオガイガー』、『コードギアス』、『バトルスピリッツシリーズ』などロボットアニメ作品や子ども向けアニメ作品などで色彩設計として活躍する柴田亜紀子さんに、現役のアニメ色彩設計者の観点から前編・後編にわたって解説してもらう。
前編では主にずっと真夜中でいいのに。、ヨルシカのアニメMVをみていく。
色彩設計はアニメの色の責任者
――まずは「色彩設定」というお仕事についてお聞きしたいです。
アニメーションに色をつける仕事全体の責任者です。
キャラクターをデザインするデザイナーさんから「このキャラクターはこんな髪の毛です」「こんなお洋服です」というのをいただいて、それに色を塗っていくお仕事ですね。
――ご自身でもけっこう色を塗られるんですか?
そうですね。全部を一人では塗れないので、色の設計図のようなものを作って、たくさんの人に塗ってもらうことが多いです。ただ、宣伝用のポスターなどは自分で塗ることもあります。
――色を塗るのが特に難しいジャンルなどはありますか?
どの作品も違った難しさがありますね。
たとえば、子供向けアニメだとキャラクターがデフォルメされていて線が少ないんです。そうすると、色の置き方で印象がガラっと変わるので気をつけないといけないです。
逆に、大人向けアニメだとはっきりした色を使うと野暮ったく見えたりします。それぞれ気をつける方向が違うなと思います。
――なるほど。アニメ制作というと監督やキャストといった仕事が有名ですが、それ以外にもたくさんのプロによって支えられているんですね。
光源がはっきりしている表現が多いヨルシカ
――今回は人気のアーティスト3組、ヨルシカ・YOASOBI・ずっと真夜中でいいのに。のアニメMVについてお聞きしたいと思っていいます。まずはヨルシカのMVについて、気になる点や感じた点はありますか?
なんというか、印象的な光の使い方をしている作品が多いなと思いました。日差しとか木漏れ日とか、「光っているもの」を上手に組み込んでいる表現が多いですよね。
――ヨルシカのMVは何度も観ていますが、言われて初めて気が付きました……!
全体的に、光源がはっきりしているシーンが多い感じがするんですね。空間的な光の表現を好まれているなという印象です。
――なるほど! ヨルシカは他メディアのインタビュー(※ダヴィンチニュース『ヨルシカロングインタビュー!「好かれてるから嫌われたい。“破壊衝動”があった」新アルバム『盗作』をめぐって』より)で自分の作品のことを「思い出のなかにしかない夏みたい概念をきれいにアウトプットした作品」と呼んでいるんですが、そういう夏の概念を感じる点はありますか?
『だから音楽を辞めた』は、(色彩設計の点で)夏っぽい作品だなと思いました。
夏って季節としては一番わかりやすくて、彩度が高くて明るい色をつけると夏っぽい雰囲気にできるんですね。
――どういう工夫がされているのでしょうか?
影の落とし方ですね。空からの光源が、横からじゃなくて真上から当たっています。
たとえば、高架線の下を歩くシーンを見ると影ががっつり下に落ちていますよね。こうすると強い日差しを浴びているように見えて、雰囲気が夏っぽくなるんです。
あとは、光と影のコントラストを強くしてあるなと思います。光が当たっているところとそうでないところを鮮明にして、陰影の違いで夏っぽさを出しているなと思います。
――自分で見ているだけでは気づかないことを知れるのでおもしろいです!『だから僕は音楽を辞めた』は3Dの作品ですが、2Dとの違いは感じますか?
私はこれを最初に観たとき3Dらしさのないアニメだなと思っていて。かなり手書きに近いというか、丁寧に作ってある綺麗な作品だと思いました。
3Dだと(キャラクターの線が)ボコボコしてしまったり、逆にツルンとしてしまったりして、影をつけにくいということはあるんです。
でも、これは手をかけて作ってあって、すごく綺麗な光の当て方をだなと思いました。
――これ以外の作品で『ヒッチコック』『言って。
これは、色彩設定としては楽しそうなお仕事ですよね(笑)。
――そうなんですね!
私はテレビアニメの仕事が多いんですが、テレビだとここまで思い切って白黒にすることがないのでこれは楽しいだろうなって(笑)。
白黒を使う作品って、色の情報が少ないので(画面が)ベッタリしてしまうんですね。そのせいでキャラクターがどこにいるのかわからなくなってしまったりするんですけど、これはキャラクターがその世界にちゃんといるように見えますよね。グレーを使ってうまくコントラストが作ってあって、背景にキャラクターを合成した感じがないなと思いました。
――なるほど。短いMVでもたくさんのこだわりやテクニックが隠されているんですね……!
個人アニメ作家の良さが詰まった、ずっと真夜中でいいのに。
――次に、ずっと真夜中でいいのに。のMVについてもお聞きしたいです。
こちらは独特の世界観だなと思って観ていました。線に強弱があって手書きっぽい感じがあるし、レトロなだけじゃなくて、かわいさやおしゃれさもあるというか。
――『秒針を噛む』は黒ではなく茶色の線が使われていますね。
そうですね。個人的には、これは最近のアニメのトレンドで、昔のアニメに比べて全体的に色が明るくなっているんですね。
セル画を使用していた頃のアニメは一部の劇場作品を除いては線が黒だけだったんですけど、最近はデジタルで彩色作業するので、茶色やグレーの線も使えるようになったんです。それにあわせてほかの色も明るくなってきているなと思います。
――なるほど。色味でいくと『秒針を噛む』『脳裏上のクラッカー』などは同系色でまとめられている印象があります。
同系色ってまとやすいんですけど、画面全部が同じように見えて「どこに目を向ければいいのか」がわからなくなりがちなんですね。
『秒針を噛む』などは全体的にオレンジですが、キャラクターの髪の毛に青色を入れたり、輪郭線を青にして上手にコントロールされているなと思いました。
――『秒針を噛む』『脳裏上のクラッカー』のキャラクターは影がつけられていませんが、これは表現としては難しいのでしょうか?
影なしは意外と難しいですね。影があると光の強さやモノの質感が出しやすくて、わりとごまかしが効くんです。
でも、影がないとセンスが問われるんですね。でも、この作品は中途半端な感じがまったくしなくて(影がないキャラクターが)世界観にぴったり合っているなと思いました。
――なるほど! 逆に『お勉強しといてよ』では対象的にかなりハッキリした蛍光色が使われています。
強い感情を出したかったんだろうと思います。たぶん登場人物のこの子が何かにイラついていて、それを出したかったんでしょうね。歌詞の内容と、この子のイライラする気持ちを表すのに、蛍光色がぴったりだったんだと思います。
<後編ではYOASOBIを中心に、この3組の比較などを聞いていく>
【後編】『「YOASOBIはピンクの使い分けがおもしろい」アニメMVから色彩設計の仕事について学ぶ』を読む
■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。
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アニメーション仕上げ・色彩設計。「勇者王ガオガイガー」で初の色彩設計を担当。
参加作品は、「機動戦士ガンダムSEED」「劇場版コードギアス復活のルルーシュ」「バトルスピリッツシリーズ」など
ロボット物や子供向け作品が中心。