「岡野陽一のオジスタグラム」18回。いつもおんなじ話だったけど、それを聞く度に頑張ろうと思った

(→前回までの「オジスタグラム」
「岡野陽一のオジスタグラム」18回。いつもおんなじ話だったけど、それを聞く度に頑張ろうと思った
二夜連続オジスタグラム。
最終夜。
特殊回ですが、一生懸命書いたので見て下さい


無邪気と狂気は紙一重だ。

幼児が顔中に生クリームつけてはしゃいでるのは無邪気だが、おじさんが顔中にもつ煮込みつけてはしゃいでたら狂気だ。

おじさんが顔中生クリームつけてはしゃいでるのは、ギリセーフな気がするし、ギリアウトな気もする。
幼児が顔中にもつ煮込みをつけてはしゃいでるのは、親が悪い。

基本は出世魚みたいな事だと思う。
同じ行動でも、年齢によって変わってくるのだ。

ハマチ→メジロ→ブリ
無邪気→ん?→狂気
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葬儀の場に天真爛漫さはいらない


この前、この「ん?」が起きた。

うちの事務所の後輩に「いかちゃん」とゆう後輩がいる。
両親の愛を一身に受けて育ち、真っ直ぐに育った漫画みたいな天真爛漫を絵にかいたような23歳の女の子だ。
いかちゃんは、僕がお母さんのお腹の中に忘れた物を全て持ってる。
人を疑う事もないし、男の話をするとすぐに顔が赤くなるし、横断歩道は手をあげて渡る。
まさに人力舎の純粋、無邪気の象徴だろう。

そんないかちゃんと、この前業界の方の葬儀に一緒に行った時の事だ。

こんな言い方はあれだが、いかちゃんと葬儀の相性は最悪だ。
葬儀の場に天真爛漫さはいらないし、香典に薄墨で「いかちゃん」なんて書こうもんなら、タコ殴りちゃんだ。

急な事で、黒い服も一枚も持ってないと言っていたし、いつも着ているALWAYS CLEAN LIFEて書いたTシャツを着てきたらどうしようと心配だった。
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もう親の気持ちだ。

集合場所に向かうと、真っ黒な服に身を包んで暗闇と同化しているいかちゃんが遠目に見える。

偉い!

私服で一枚も持ってなかったであろう、色んな人からかき集めた黒い服で一生懸命いかちゃんがいかちゃんを封じ込めている。
そうだ。それでいいんだ。

「岡野さーん!」
「いかー!」

いかちゃんに近づくにつれ、いかちゃんの足元に目がいく。
ん?なんだ?
暗闇の中で何か黒い物が光ってる。

ん?
…Dr.?
…Martens?
…ドクター?マーチン?…ドクターマーチンだ!

「おい!いか!靴がドクターマーチンて!」
「えー!?黒い靴ですよ」
「いや、葬儀にドクターマーチンて!」
「えー!ダメでしたか!?」

無邪気、純粋ないかちゃんに悪気は全くない。

葬儀にドクターて…。
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「どうしよう…」
「ガハハ!お笑い大好きな人だったから、笑ってくれてるよ」

一緒にいた優しい先輩がフォローしてくれる。

え!?黒じゃないですか!


ドクターマーチン事件を乗り越え、みんなで葬儀場に向かう。

静かな住宅街にドクターマーチンの音が響く。

街灯の下で、ふといかちゃんを見る。

「あー!!!」

こいつまたやりやがった。

「Vネックっ!!」
「え!?黒じゃないですか!」
「いやダメだろ!」
「え?ダメなんですか!?」
「いや、わからんけど!なんかダメだろ多分!葬儀にVて」
「どうしよう…」

「ガハハ! お笑い大好きな人だったから、笑ってくれてるよ」

また優しい先輩のフォローが入る。

葬儀中、ずっと不自然に胸元に手をあてて、Vネックを隠しながら御焼香をするいかちゃん。
ドクターマーチンとVネックで大泣きするいかちゃん。
僕にはそれが無邪気なのか狂気なのか分からなかったが、笑ってしまった。

あれにはきっと山田さんも笑ってくれてたと思う。

「めちゃくちゃ泣いてるいかちゃんの顔のアップから入って、Vネックバーンの、ドクターマーチンドーン!で行こうか!」

って言ってるはずだ。
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弁当だけ食いに来たのか?


山田さんは立場が偉い癖に、芸人が好きで、すぐ若手の楽屋に来て我々を弄って嵐のように去っていくおじさんだった。

「おい、乞食! また弁当だけ食いに来たのか?」
「誰が乞食ですか! 面白い事言いに来たんですよ!」
「おっ!じゃあ言ってみろよ!」
「い、今は言えませんけど!」
「ガハハ!宜しくな!」

普段はふざけてるけど、飲み会になると熱い話もしてくれた。
おじさんだからいつもおんなじ話だったけど、僕らはそれを聞く度に頑張ろうと思った。

山田さんは50歳の若さで急に死んだ。

大好きな飲み会の後、会社のソファーで寝てそのまま起きなかったらしい。

突然死とゆうやつだ。
一週間前に収録で会っていた僕らには全く信じられなかった。

いつもふざけてて真面目な顔を見た事がない山田さんの棺の中の顔を見て、やっと一人のおじさんの死を受け入れる。
一週間前の山田さんの乞食弄りにうまく返せなかったのが心残りだ。

結局何回も使ってる同じ返しをしてしまった。

「乞食じゃないですよ!」「誰が乞食ですか!」

山田さんはグヘヘと笑ってくれてたが、なんでもっと気が利いた事が言えなかったのだろう。
今なら山田さん僕はこう言います。

「こじってないですよ!」

どうですか?
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おじさんが魅力的な訳だ


飲み会の度に山田さんは言っていた。

「ウケる、ウケないじゃない。こなすな。失敗してもいいから毎回何か新しい事やろうとしろ」

おじさんは他の生き物に比べ、死に近い事は分かっていたが、それに必ずしも予兆がある訳ではない。
これは僕にも言える事だし、こればかりはおじさんに限った事ではない。

なので、人にも自分にも後悔ないよう毎日を生きる。
月並みな事だが、山田さんの死を通して強く思う。
山田さんの葬儀に来たおじさんは、みんな来た時より一回り大きくなって帰って行く。

おじさんが魅力的な訳だ。
おじさんは数えきれない程、こんな事を体験してるのだから。

山田さん、僕がミュージシャンなら小粋な歌でも一曲書いたのでしょうが、これが乞食なりの弔いです。

安らかに。

山田さん!オジスタグラムは毎週木曜更新ですので、そちらで暇だったら見て下さいね!
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(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)
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