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今回紹介するのはネットフリックスのオリジナルドキュメンタリー、『ビクラムの正体:ヨガ、教祖、プレデター』である。世界的なヨガインストラクターとして知られる、ビクラム・チョードリーのダークサイドに迫ったドキュメンタリーだ。
「ヨガのバッドボーイ」の恐るべき実像とは!
おれはビクラム・チョードリーという名前はちゃんと知らなかったのだが、『ビクラムの正体』に登場する彼の姿を見て「ああ~、このおっさんかあ!」と合点がいった。黒い海パンとロレックスの腕時計だけを身につけ、頭頂部がハゲたもじゃもじゃの髪をちょんまげ状にまとめたヘアスタイルという変わった格好でヨガの指導をする姿は、なんとなく見たことがある人も多いのではないだろうか。ヨガのことも大してわからずビクラムという名前を知らないおれでもなんとなく見覚えがあったくらいだから、本物の世界的有名人である。(参考)

ビクラムは1946年にインドのカルカッタで生まれた。少年時代からビシュヌ・ゴーシュというグル(導師)の元でヨガを学び、1970年代初頭にアメリカにやってきたという男である。当時のアメリカはヒッピームーブメントやニューエイジ運動の真っ只中。瞬く間に有名になったビクラムは体調不良だったニクソン大統領の体をヨガで治し、そのお礼としてアメリカの永住ビザを手に入れたという。
ビクラムは型破りなヨガ指導者として知られる。「ヨガ・カレッジ・オブ・インディア」というスクールを作り、ヨガのポーズと呼吸法をメソッドにまとめ、インストラクターを教育しやすいように体系化。自分が教えたインストラクターに対する暖簾分けのような形でスクールを開講させ、90年代後半にはヨガの一大フランチャイズを築き上げた。また、高級車や高級腕時計を看板がわりにド派手な生活を送り、「ヨガのバッドボーイ」と呼ばれるようになる。有名予備校の講師のようなキャラの立ちっぷりである。
『ビクラムの正体』はその辺の経歴を紹介しつつ、ビクラムのインストラクター養成コースの内実に迫る。
ホテルの中から一歩も出られない閉鎖環境下で、ビクラムがやらかしたのは性犯罪である。『ビクラムの正体』では実際に被害にあった女性たちが顔出しでインタビューに答え、あまりにもベタすぎるビクラムの手口(スイートルームに気に入った女性を呼び出して、ビクラムをマッサージさせたりする)のエグさを語る。なんせビクラムのインストラクター養成コースを卒業すれば、自分のヨガスタジオを開講することができるのだ。生計を立てる手段を人質にとって女性たちに迫るビクラムの手口は、ベタで単純だが卑劣だ。
ベタな閉鎖的コミュニティの恐ろしさをしみじみ味わう
しかし『ビクラムの正体』はビクラムによる性犯罪を告発するだけでは終わらない。ビクラムによる被害を訴えた女性が、同じ養成コースに通っていた仲間たちから総がかりで叩かれるという二次・三次被害が発生していたという点を追求する。詳しいことは本編で確認してほしいが、相当キツい状態が発生していたことが叩いた方/叩かれた方の口から語られる。
『ビグラムの正体』が教えてくれるのは、宗教じみた閉鎖的コミュニティで権力を得た人間のおっかなさ、そしてその環境自体の恐ろしさである。なんせネタはヨガ、個人差はあれど実際にちゃんとやれば効果があると感じられるものなのだ。自分の体を通じて「効果があった!」と思えたなら、その指導者を疑うことは難しい。肉体的・精神的な効果を感じられるものをフックに「信者」を増やし、そのコミュニティでボスになるという、よくあるけれど恐ろしい仕組みがどのように作られるか。『ビクラムの正体』は懇切丁寧に教えてくれる。
ビクラムが生徒たちの心を掴むプロセスはめちゃくちゃうまい。自分の言葉を疑うな、プロセスを信じろと繰り返し刷り込み、レッスン中にビクラム対生徒のコールアンドレスポンスを挟んで一体感を作る。女性の生徒に向かって「クソ女!」と罵り、そうかと思えばいきなり褒めちぎる。「俺は君たちが会った中で一番賢い人間だ!」と断言されれば、海パン一枚に変なちょんまげみたいなヘアスタイルで自信たっぷりに出てくるのも、凡人の自分には理解できない深い理由があるのだろうと思ってしまうかもしれない。
結局複数の女性から裁判を起こされてしまったビクラム。だが実のところ、それで話は終わらない。『ビクラムの正体』では、ここからさらにもう一波乱ある。なんとも唖然とするような展開に、おれはあいた口が塞がらなかった。ビクラム、マジでとんでもない奴である。日本にも「ビクラムヨガ」の名前から改名したヨガスタジオはあるようだが、そりゃ改名するわと納得してしまった。
閉鎖的なコミュニティとその中にこもった絶対的権力者の恐ろしさ、そして二次被害が続出する性犯罪の特殊さ……。オチまで含めて『ビクラムの正体』は相当恐ろしいドキュメンタリーである。もちろんヨガに罪はなく、ヨガを利用してこれだけの状況を用意したビクラムのおっかなさがただただ印象に残る。自分も似たような状況に引きずり込まれないよう、ことあるごとに思い出したいドキュメンタリーだ。

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)