『進撃の巨人』担当編集・川窪慎太郎、全世界1億部突破でも抱える“悔しさ”明かす「まだ足りない」

『進撃の巨人』担当編集・川窪慎太郎、全世界1億部突破でも抱える“悔しさ”明かす「まだ足りない」

コミックス、電子書籍の累計発行部数が全世界で1億部を突破した諫山創による大ヒット漫画『進撃の巨人』が、ついにクライマックスを迎えている。連載10周年感謝企画として行われた無料配信キャンペーンが大きく話題になったのに加え、2020年秋にはテレビアニメ『進撃の巨人』The Final Seasonの放送も控えており、作品の勢いは増すばかりだ。

それでも『進撃の巨人』の担当編集者である川窪慎太郎氏は、悔しさを感じる状況だという。彼が語る、作品にかける情熱、そして、諫山への絶大な信頼の中には、“漫画編集”という仕事についてのヒントが詰まっている。

取材・文/原田イチボ(HEW)

「これは読者が引くかも」という描写があるときは……


――作品の持ち込みにやってきた諫山先生と出会ったのは、川窪さんがまだ新卒だったころのことだそうですね。

そうですね。漫画好きの大学生に毛が生えたくらいのとき、諫山さんと出会いました。ショート漫画では1本経験があったんですが、自分がイチからチーフとして立ち上げたストーリー漫画は、『進撃の巨人』が初めての作品です。

――エレンとミカサに人を殺した過去があったり、最近のエレンの描かれ方など、『進撃の巨人』はショッキングな展開も多いですよね。諫山先生と川窪さんの間で、「これは読者が引いてしまうかもしれない」というラインはどう見極めているのでしょうか?

「読者がどう思うだろう?」というラインは常に話し合っていますが、僕は、「嘘はつかない」ということを大切にしています。「このキャラクターがここでNOと言ったほうが盛り上がるけど、こいつに今NOと言う理由はあるのか?」というように、ストーリーの都合でキャラクターを動かさないように意識しています。だから逆を言えば、そのキャラクターにとって真実ならば、やらざるをえないこともある。「キャラクターはそうするしかないと思っているのに、読者が望んでいないから止める」というのは、それは嘘じゃないですか。

同じ方向の主張をするにしても表現のグラデーションとして「人間なんて死んじまえばいいんだ」と「人間は死んでも仕方ないんだ」のどちらのセリフを選ぶかという判断はしますが、「人間は死んじゃだめだ」と言わせるのは、そのキャラクターにとっては嘘になるから止めよう……のように線引きをしています。諫山さんはまた違ったラインの引き方をしているかもしれませんが、僕は漫画編集として、そういう考え方をしていますね。

――編集部の他のスタッフから「やりすぎじゃないか」と指摘されることはないんでしょうか?

そういう文化は、うちの編集部にはありませんね。ネームの段階で担当以外の編集者から意見をもらう場というのが、そもそも存在しないんです。

――それは漫画業界が全体として、そういう文化なのでしょうか?

あまり意識していませんが、会社や雑誌によって少しずつ違うようですね。ある雑誌では、校了紙を提出した段階で、編集長が「もうひと展開できたんじゃないか」のような意見を伝えて直す場合もあると聞きました。
『進撃の巨人』担当編集・川窪慎太郎、全世界1億部突破でも抱える“悔しさ”明かす「まだ足りない」
『進撃の巨人』は既刊30巻まで発売中(2019年12月時点)

“人の力は借りたほうがいい”マーケティング論


――漫画家が読者に直接作品を届けることができるプラットフォームが発達したのにともない、ネット上を中心に「漫画編集者は必要なのか?」という議論が巻き起こることもあります。川窪さんは、どのような考えですか?

僕は漫画制作において編集者は必要だと思っています。というのは、そんなに難しい話ではなくて、やはり会話の中で気づくことってあるじゃないですか。人間はそんなに完璧な生き物じゃないので、自分が今何を考えているかも正直わからない部分もある。「今日はパンが食べたい気分だな」と思ったはずなのに、「実際食べてみたらパンの気分じゃなかったな」とか(笑)。

ほかにも他人から「今日イライラしてるね」って言われて、「自分はイライラしてたんだ」と初めて気づくとか、「あなたって、あれが好きだよね」と言われて、「たしかにそうかもな」と認めるとか、そういう経験ってありますよね?

ひとりで机に向かっていても、自分の中から出てくるものの量には限界があります。おこがましい言い方かもしれませんが、諫山さんの中に本来あるものでさえ、ひとりだと全部は出しきれないはずです。人間には心の中に抱えているものを出す手伝いをしてくれる相手が必要で、僕にとって編集者はそういう仕事なんです。僕としては、「人間はひとりでは生きていけない」という考え方と変わりません。

――『進撃の巨人』といえば、公式ファンサイト『みん撃』を立ち上げたり、さまざまな企業とコラボするなど、ユニークな施策でも知られますね。

“人の力は借りたほうがいい”というのが基本的な考え方なんですよね。で、どうせ借りるなら作品を愛してくれている人の力を借りたほうがいい。そういう意味で、読者の方を巻き込むのが一番パワーがあると考えています。たとえば、2012年に「キャッチコピー総選挙」という企画を実施したんですよ。「優秀作はポスターなどで採用するので、ぜひ『進撃の巨人』のキャッチコピーをTwitterで発表してください」と呼びかけました。今では似たような企画がたくさんありますが、当時はかなり珍しかったんじゃないかな。その企画を通して、読者の皆さんひとりひとりが宣伝部になってくださいました。

「人の力を借りる。できれば楽しんで力を貸してくれる人、つまりファンと一緒にやっていく」というのが、当初からの『進撃の巨人』の宣伝コンセプトです。

――マーケティング業界全体で、ファンを巻き込む企画というのは注目されていますが、「公式の意図しない形での広がりが生まれると、ブランディングが難しくなる」という意見もあります。

たとえば、お菓子などの商品やイベントをPRするキャンペーンだったら、そういう難しさもあるんでしょうね。でも漫画は作品自体が明確な意味やストーリーを持つものなので、想定しない方向に広がってしまうリスクはそれほど気にしなくていいんじゃないでしょうか。

あまり良い言い方じゃないかもしれませんが、僕は“原作最強”だと思っています。原作が一番強度を持っているので、どんなにイジられても気にならないというか。大喜利の素材とかネタ漫画的な扱いを受けたとしても、読めばそうじゃないことがわかってもらえる。そんなことで揺らぐような強度の漫画は作っていない自負があります。

――川窪さんのファンへの強い信頼感は、何かきっかけがあるのでしょうか?

それはもう『進撃の巨人』のおかげですね。1巻が出たとき、僕の生活圏内の書店もすごくプッシュしてくれたんですよ。「発売から○日目で○冊売れました」みたいに随時貼り出してくれたり……。ほかにもブログですごく紹介してくれている方もいて、「この人たちと一緒に作品を育てていけばいいんだ」と感じました。

諫山さんがよく言うのが、作品に対する関わり方が違うだけで、読者もメーカーも原作者も編集者も基本的には横並びの関係なんだということです。だからこそ、ファンを神様扱いはしません。自分たちの上に読者を置いてしまうと、それに合わせて商品自体を変えていく必要も出てくるかもしれない。でも僕たちは、読者は隣にいるものだと思っています。上にも見ないし、下にも見ない。仲間であることを大切にしています。
『進撃の巨人』担当編集・川窪慎太郎、全世界1億部突破でも抱える“悔しさ”明かす「まだ足りない」

もっと、もっと、もっと、もっと、たくさんの新規読者を獲得したい


――『進撃の巨人』といえば、2019年9月に行われた連載10周年感謝企画が話題になりました。1~28巻が無料配信されるのに加え、最新巻も100円で販売されるという太っ腹な企画でしたね。

当時はずっと公式ハッシュタグの「#進撃読書会」や「進撃 無料」「進撃 久しぶり」とかで検索していました(笑)。反響はすごくありましたよ。「アニメ化したところまでしか読んでいなかったけど、今はこんな展開なんだ」とか、キャンペーンをきっかけに読者の方が“戻ってきた”手応えがあります。

――かなり太っ腹な企画ですが、どのように実施が決まったんでしょうか?

「10周年で無料配信キャンペーンをしよう」とは、数年前から決めていました。10年も連載させていただいているし、何かお返しがしたくて……。いろいろな人から「進撃の宣伝、めっちゃ頭良い」みたいに褒められているので、これを言うと勝手に生まれた優秀なイメージが消えちゃうかもしれませんが(笑)。まず恩返しみたいな考えがあって、あとから「みんなで最終回まで走り切る」というコンセプトが生まれました。僕、今でも『進撃の巨人』をひとりでも多くの人に読んでほしいんですよ。

――全世界1億部を突破して、なお?

なお、です! 僕の中では全然足りないんですよ。もっと、もっと、もっと、もっと、たくさんの新規読者を獲得したい。本当にそれしか考えていません。だって、世の中にもっと広く親しまれているコンテンツって無数にあるじゃないですか。「『ドラえもん』を知っている人は何人いる?」とか「宇多田ヒカルのアルバムは何枚売れた?」とか「『アベンジャーズ』は全世界でどれだけ動員したのか?」とか考え出すと、むしろ「これだけやってもまだ足りないのか……」という気持ちです。諫山創の作った『進撃の巨人』という作品の価値と見合う数字を、担当編集の力不足でまだ全然出せていない。「これでもダメか~」と日々考えています。

――すさまじいスケール感でビジネスを捉えていますね……。

きっと僕は、「理論上は~」みたいなことを考えるのが好きなんでしょうね。日本の人口が300万人しかいない中で300万部売れていたら、たしかにもう打つ手はないかもしれませんが、実際は理論上お客さんになりえる人がたくさん存在する。こんなに面白い作品なんだから、理論上獲れるお客さんは獲りにいくのが当然だと思っています。

――最後に『進撃の巨人』を読んだことがない新規読者向けにメッセージをお願いします。

多くの読者の方から「なんで諫山先生は僕の/私の気持ちがわかるんですか」や「なんで○○人の気持ちがわかるんですか」という声が届いています。諫山さんは作品に政治的なメッセージを込めたわけではないのに、世界中の人に“自分の物語”として捉えられるのは、そうそうできる芸当ではなく、人間が為せる業としては最上級のことだと思っています。そんな物語をぜひ楽しんでいただけるとうれしいです。

……僕が今まで1時間かけて語ったことって、『進撃の巨人』と諫山さんに出会ったから得ることができた考えなんですよ。諫山さんの考え方やスタンスに影響を受けているので、担当作家であると同時に尊敬する相手でもあります。諫山さんにこの記事を読ませたら、「はいはい。それね。僕がいつも言ってるやつね」と思われるんじゃないかな(笑)。

書籍情報



進撃の巨人(諫山創 著)
圧倒的な力を持つ巨人とそれに抗う人間たちの戦いを描いたダークファンタジーバトル漫画。「別冊少年マガジン 2009年10月号」(2009年9月9日発売・創刊号)から連載が始まり現在も同誌で連載中。2019年9月9日に連載10周年を迎えた。小説・テレビアニメ・映画などのメディアミックス展開が行われ、さらに多数スピンオフ作品も発売。二度にわたり大規模な原画展も開かれている。
国内累計発行部数8400万部を突破。2011年第35回講談社漫画賞を受賞。

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