アニメ『BEASTARS』(→公式サイト)。
1話で語られていた学園内食殺事件の犯人を匂わせるシーンで一期目が終了。二期目制作が発表された。
動物の生態を題材にしながら「自分を受け入れる」青年の成長物語として描かれた一期目のこだわりを振り返ってみたい。

いびつな恋のものがたり
社会問題への風刺とも取れるシーンも多々ある「BEASTARS」。複雑な倫理観も丁寧にさらいながら、今回のアニメ化ではハイイロオオカミのレゴシとドワーフウサギのハル、エリートなアカシカのルイの学生三人の考え方に重点を置き、「レゴシの初恋」の部分が強調される演出になっていた。
1話で見ず知らずのハルを本能のままに襲って食べそうになってしまったレゴシ。彼は肉食動物としての本能に苦しむ。なるべく目立たないように、自我を押し殺してこそこそ過ごす日々。
彼はいつしかハルに惹かれていった。一緒にいると心が踊り、尻尾を振るのをおさえられなくなった。いつ彼女を殺して食べてしまうかも、わからない。オオカミとして、オスとして、自分を見つめ直す機会が度々訪れる。
自分の力の危険さを理解した上で、「あの時食べようとしてしまったのは自分だ」ときちんとハルに告白し、「でもハルが好きだ」「だからもっと強くなりたい」と自身の気持ちと身体全てを認めて言葉にできたのが、12話目にしてやっとのこと。
「今ははっきり分かる。俺はハルちゃんを絶対に食べない」「保証はないかもしれないけど、理由があるんだ。単純だけど。君が好きだからだよ」
原作ではここから、彼が自らを磨く「修行」的な生き方が始まる。自己肯定できるようになった部分で一期を終わらせたのは、二期につながるきれいなまとめ方だ。
社会と本能
ジュノ「肉食動物が自分よりも非力な草食動物を常に助けたいと思うのは、当然の真理です。シンプルな思いやりです」「肉体の強さに秘められた可能性、その尊さを。これこそ肉食動物の本質なのです!」
12話でレゴシを敬愛する後輩のハイイロオオカミ・ジュノのスピーチは、肉食動物を高めるためのプロパガンダだった。レゴシがハルを救ったばかりだったので、この話は生徒たちに刺さった。ヒーローがいると民衆は、心が奮い立たされるものだ。
一期は「肉食動物は草食動物を殺せる」「草食動物はいつ死ぬかわからない生活を送っている」という部分がフォーカスされていた。
しかしジュノがこのスピーチをして以降、社会における肉食動物・草食動物の相互関係がもっとマクロな視点で描かれるようになってくる。
共存するためどのように協力する社会を作るのがベターなのか、より具体的な手探りが始まる。
暴力団シシ組と接触したレゴシとルイは、身の回りの小競り合いで一喜一憂する段階をはるかに飛び越えてしまった。彼らは今後、友人を食殺した犯人探しを進めると同時に、大人社会の目線で理不尽な問題に向き合わなければいけなくなった。
レゴシ、ルイ、ハル。大人に守られていた子供の時間は、一期目で終わった。
ニワトリの自己実現
12話でアニメオリジナルとして入っていたのが、ニワトリのレゴムのシーン。友人と一緒にランニングをしているワンカットに、アニメスタッフの想いが見られた。
この世界では肉食はだめだけれども玉子はセーフらしく、ニワトリの学生たちは自分たちの産んだ玉子(無精卵)を売店に売るアルバイトをしている。
レゴムは自らが産む玉子の味に非常にこだわっており、美味しいと思われることに誇りをいだいていた。そのためにトレーニングを欠かさず、体調をしっかり管理している。
本能的行動ではない。あくまでも、やりがいとプライドで行っていることだ。
自らの身体的特徴と本能を受け入れ、自信を持ち、高みを目指す。何気ないワンシーンながらも、レゴムが理性的な生き方で自らを鍛錬する様子は、今後レゴシをはじめ他の様々な動物たちに問われていく部分を象徴するかのようだ。
レゴシの青年期の恋愛を一期で一旦整理されているため、12話を見終わった感覚は非常に心地が良い。特に12話ラスト、友人のジャックと歩いている時のレゴシの晴れ晴れとした微笑みは、まるで憑き物が落ちたかのよう。1話のうつろな顔のレゴシからはとても考えられない。
二期はレゴシの若々しい感情と、生命倫理を考える理性の成長の複雑な絡み合いと悟りが軸になりそう。
ぶっちゃけ原作で本格的に熱くなっていくのはここからだ。一期目のファンタジーと社会風刺を繊細にまとめたシナリオと映像のクオリティを見てしまったら、数多くのアクションを含む名シーン続きになりそうなアニメ二期には期待しかない。
(たまごまご)