小川哲『嘘と正典』(早川書房)
川越宗一『熱源』(文藝春秋)
呉勝浩『スワン』(KADOKAWA)
誉田哲也『背中の蜘蛛』(双葉社)
湊かなえ『落日』(角川春樹事務所)
純粋な意味での時代小説がなく、現代小説寄りになったのが今回の特徴だ。複数回候補が湊一人になり、新しい顔ぶれが並んでいる。こちらもそれぞれの作品について紹介した上で、最後に自分なりの予想を書く。

小川哲『嘘と正典』(早川書房)
今回初めて直木賞候補となる小川はハヤカワSFコンテストの出身者で、第一長篇の『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞を授与されている。『嘘と正典』に収録された作品群は、その流れがあって期待の新星として注目されていた2018年に発表されたものである。巻頭の「魔術師」はその年を代表する短篇の一つであり、私は日本文藝家協会編のアンソロジー『短編ベストセレクション 現代の小説2019』にも収録した。
以前エキレビにも書いたが、書き下ろしの表題作も含めた全6篇はすべて時間と人の関わりを描くことが主題になっている。「魔術師」はマジシャンがあたかも時間旅行をしてきたとしか思えない奇跡を披露することから始まる話で、合理的な解が示されてミステリーの側にいったんは回収されそうになるのだが、結末で作者はさらに物語を展開させ、読者の胸に消えない余韻を残して幕を下ろす。時間という人間の存在を超えた概念、いかに高度に進んだ文明であろうとも飼いならすことの難しいものの重みを示して見せるのだ。