社長として新グループをプロデュース プー・ルイの“アイドル研究”は終わらない

社長として新グループをプロデュース  プー・ルイの“アイドル研究”は終わらない

アイドルグループBiSをリーダーとして率い、アイドル界の風雲児と言われたプー・ルイ。2014年にBiSが横浜アリーナ公演をもって解散した後も、バンド活動、第2期BiS、YouTuber、BILLIE IDLE参加と精力的に活動していた彼女が2020年、また新しいことを始めると発表した。今度は自ら新会社を立ち上げ、自身もメンバーとなる新グループ「アイドル研究所(仮)」をプロデュースするというのだ。

ソロアーティスト、グループアイドル、バンドシンガー、YouTuberと経験してきた中でプー・ルイは、自分が本当にやりたいことが何なのか見えたのだという。それはアイドル研究所(仮)の定義である「萌よりエモなアイドル」に表れている。果たしてアイドル研究所(仮)はBiSの続きなのか? プー・ルイの目には何が見えているのか? これまで経験した中で最も“エモかった”瞬間とは? メンバーオーディションを目前に控えた1月某日、プー・ルイに話を聞いた。

取材・文/大木信景(HEW)

破天荒アイドルが解散するまで


社長として新グループをプロデュース  プー・ルイの“アイドル研究”は終わらない

――デビューしてから10年が経ちました。プー・ルイさんを語る上でまず振り返らなくてはいけないのが、現WACK(BiSやBiSH、GANG PARADE、豆柴の大群らが所属する音楽プロダクション)社長の渡辺淳之介さんとの関係です。

最初にソロのアーティストでデビューしたときのマネージャーが渡辺さんでした。高校生のときから歌手になりたくて、100社くらい芸能事務所に応募したんですけどことごとく落ちて、やっと受かったのがつばさレコードでした。そのオーディションの面接官が渡辺さんだったんです。私がアーティストで渡辺さんが担当マネージャー兼プロデューサー兼ディレクターで、そこに松隈ケンタさんが曲を書いてくれてという形でソロが始まりました。

1年くらいやったんですが、私もまだ10代だし、渡辺さんにとっても初めてプロデュースを担当するアーティスト。お互いにどうしていいのかわからなかったんだと思います。子供の私がどう言ったら言うこと聞くのかわからなかっただろうし、当然渡辺さんにも実績がなかったから、私も「言うこと聞けば本当に売れるのかな?」という感じがあって。そんなときに、OTOTOY(オトトイ)という音楽サイトの連載を渡辺さんが取ってきてくれたんですね。その連載の打ち合わせで、何をやりたいか聞かれてもなにも答えられなかった私が、唯一話したのがモーニング娘。さんについてでした。ちょうどその頃、“プラチナ期”モーニング娘。にハマってて、好きなことなら饒舌になる私を見たOTOTOYの編集長が「そんなに好きならアイドルグループやれば?」って言ってくれたんです。アイドルグループを、という話になったときに、渡辺さんが明らかに困った顔をしたんですよね。ソロで売ろうとしてるし、かっこいいアーティストで売ろうとしてるのに、なんか違う話になってるって。私はそれを見て「渡辺さんが困ってる、嬉しい」って思った(笑)。アイドルが好きだったのもあるんですけど、渡辺さんを困らせたい一心で「やります」って返事をしたのがBiSの始まりです。
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――モー娘。以外に興味は?

AKBさんとかにはあまり興味はなかったな。プラチナ期のモーニング娘。さんが、歌も生歌で、ダンスもバリバリ踊って、みんなかわいいのにかっこよくて、「こんなことになってるんだ最近のモー娘。は!」ってなったんです。「これやりたい!」って。それでやったのが、名もなきBiSでした。

最初は渡辺さんも松隈さんも私も知名度がなかったんで、BiSのオーディションには30人くらいしか集まりませんでした。メンバーは決まっても、見事に全員かわいくないし、歌も下手、ダンスも下手。じゃあどうやって売ろうってなったときに、曲だけはとっても良かったんです。だから、とにかく聞いてもらおう、そのためにアイドルらしくないことをやって目立っていこうということになりました。全裸PVとか過激なライブパフォーマンスとか、いわゆる破天荒アイドルというものが徐々にできていったんです。

そこから3年半、いろんなことやってビューンて話題になって、目標だった日本武道館での解散は実現できなかったけど、横浜アリーナ公演をやって解散しました。その後私はLUI FRONTiC 赤羽JAPANというバンドで活動するんですけど、鳴かず飛ばずのまま。お客さんが入らなくてどうしようもないって状況に陥っちゃった。

――あれだけBiSでハネても?

逆に、BiSというものが特殊すぎて、ハードルが上がりまくっちゃってたんです。BiSに関わったすべてのメンバーに対して。次何やるんだろうって目で見られても、全裸PVより破天荒なことってあんまりないじゃないですか。元BiSのみんな難しかったと思います。渡辺さんが「BiSをもう一度始めます」って言ったのが一番おもしろかった。それがBiSHなんですけど。

私の方は、相変わらずLUI FRONTiC 赤羽JAPANがどうにもならない状態で、どうしよう…というのが続いていました。そんなときにまた渡辺さんと松隈さんが、「BiS再結成しない?」って声をかけてくれて始まったのが2期BiSです。

BiSHと新BiS


――そのときすでに渡辺さんはBiSHを始動していたんですよね。そんなBiSHに対してはどんな思いでしたか?

当時はヤキモチ妬いてましたよ。私と渡辺さんと松隈さんで始めたのがBiSだったから。それが私抜きで始められて、バンドからも渡辺さんと松隈さんがいなくなっちゃったから、BiSHはすごく嫌いでした。まあ今も好きじゃないですけど(笑)。よく誤解されるんですけど、メンバーが嫌いとかじゃないですよ。私抜きで始められたものだから、おもしろくない。基本的にめちゃめちゃ女なんで、「昔の彼氏を取られた」くらいの嫌いさです。まあ、あえてヒールの立ち位置を取りたいっていうのもあるんですけど。
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――そんななか始まった2期BiSでしたが、うまく歯車が噛み合わなかったんでしょうか。

私以外は新しいメンバーで2期が始まったけど、周りとの温度差がありました。渡辺さんと松隈さんに「BiSの2期をやろう」って言われたときに、もう一度初期BiSみたいなものが始まるんだって思ったんですよ。でも、すでにBiSHは人気だったし、WACKも大きくなっていたり、昔と状況は違った。その違いに、私があまりおもしろいって思えなくなっちゃってたんです。大好きだった初期BiSが横アリで解散したときに、私が終われなかったんだと思うんですよね、気持ち的に。その気持のまま始まった2期だったんですけど、他の子はBiSHになりたかったんだと思います。すでに売れてる状態のBiSに入るというのはそういうこと。それは間違ってない。正解だとは思うんですけど、私はあまり入り込めなかった。

――はっきり悟ったのはいつの段階ですか?

辞めるという決定的なことでいうと、ダイエット企画で炎上したときのみんなの反応ですね。失敗したら活動休止という条件でやらせてもらったダイエットで、本来だったら失敗した私が悪いのに、渡辺さんがめちゃくちゃ叩かれた。普通に、もう“逆境”じゃないというか、世間の目が変わったというか、私が知らない間にBiSがもうちょっと大きいところに行ってたんですね。
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――新BiSに対してずっと違和感はあった?

なんか頑張れないな、楽しくないなというのはずっと感じてました。でも辞めるという選択肢はなかったんですよ。だってBiSだから。ずっとそこに苦しみながら活動していたんですが、ダイエット騒動で休んだときに、初めて「辞めたほうがいいかも」と思いました。こんな思いのまま続けるのは、BiSに対しても自分にとっても良くないなって。休んだときに自分を見つめ直して、整理したらしっくりきちゃったんです。好きだったBiSは2014年の7月に解散してたんだなって。

「好きなチームを作っちゃえば、そこでならやれるよ」


――その後、NIGOプロデュースのグループBILLIE IDLEに加入します。BILLIE IDLEでは楽しくできていたように見えていました。

ちょっと言い方は悪いけど“余生”というか、肩の力を抜いて楽しんでました。死ぬ気で何かをやるというグループでもないから。でも自分は働きたい人間だから、空いた時間どうしようかなって考えたときにYouTubeに出会ったんです。性格的に、なにか動いてないと死んじゃうんで(笑)。それでYouTuberとしての活動も始めました。今でもYouTubeは大好きだし、会いたい人もアイドルとかじゃなくてYouTuberだったりします。

――そんなBILLIE IDLEが先日解散しました。そこから、今回の会社設立に至った経緯を教えて下さい。

2019年の夏にNIGOさんから解散すると聞かされて、正直「まじか」ってなるじゃないですか。私が加入して1年くらいだったし。それでも、全力で「じゃあ何をしよう」って考えました。そのとき、まず浮かんだのがバンドをやろうということなんです。自分が何をやりたいのか考えたときに、一人で何かをやりたいわけではないというのだけははっきりしていました。チームで何かを作って上を目指すことが基本的に好きなんだなと。そこで、昔からの知り合いで曲も作れる子と話をしたら、意気投合して、バンド組もうということになったんです。でも、2~3ヶ月間ほぼ毎日会って方向性などを話し合っていたんですけど、だんだんお互い噛み合わない部分がでてきて、結局その話がなくなった。

実はバンドをやろうという話の前に、BILLIE IDLE解散の話を受けた直後、渡辺さんから電話をもらっていたんです。「お前どうすんの、まあご飯でも行こうよ」って。そこでいろいろ話をしたり、3月にリリースする10年ぶりのソロアルバムの話が出たりするんですが、バンドの話がなくなって途方に暮れたときもやっぱり渡辺さんに人生相談するんですよね。バンドなくなっちゃいましたって報告したら、それでまた「どうすんの?」って言われて(笑)。その後も何回かご飯行ったり、話を聞いてもらったりしてる中で、みんなで何かをやりたい、チームを作って同じ目標に進みたいという話をしたら、「WACKじゃできないから自分で作ってやれば?」って言ってくれたんですよ。2期BiSを自分の理由で辞めてるので、いまさらWACKのグループに入ることはできないじゃないですか。さすがにWACKで渡辺さんのもとでもう一度というのは、自分でも勝手だということはわかるので、外でやってみれば?と提案してもらったのは逆にありがたかったですね。「お前が好きなチーム作れば、そこでならやれるよ」と言ってもらって、それで始まったんです。
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――2月2日にアイドル研究所(仮)のオーディションがありますが、今はもうメンバー以外のアウトラインは固まったんですか?

はい。曲もほぼ決まってます。

「めっちゃいいから、信じて頑張れよ」


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――社長兼プロデューサーとなると、渡辺さんと同じ立場になりますよね。何かアドバイスはありましたか?

大まかには話を聞きましたが、そんなに口は出さないんですよね。だから企画書も自分で書いてるし、年間スケジュールも自分で書いてるし、大変なんですよ! やったことないから全部手探り。でも楽しいです。

渡辺さんもすごいとは思うんですけど、それより今、松隈さんの偉大さを改めて感じてます(笑)。曲を作れる人がなかなか見つからずに苦労したので。最終的に、すごくセンスがいい子がみつかったから良かったんですけど。実は最初、その子に「松隈さんぽく」ってお願いしちゃったんですよ。「松隈ケンタっぽい、キャッチーででもかっこいいバンドサウンド」ってお願いしたら、その子の得意ジャンルじゃなかったから、悪くないんだけど松隈さんと比べるとそりゃ松隈さんがそこのトップだから超えられない。そのときに、彼の昔の曲を聞く機会があって、それがすごく良かったんですよ。だからうちはそっちをやろうという話になったんですね。そしたら、すごくかっこ良くなって。松隈さんにも曲を聞いてもらったら、「ヤバいね!めっちゃいいやん!」って爆笑してくれました。松隈さんって結構本音言う人なんですよね。渡辺さんにも聞かせてるんですけど、あるとき酔っ払った渡辺さんから深夜にLINEが来て、「俺今酔っ払ってるから言うけど、あいつさ、めっちゃいいから、信じて頑張れよ」って言ってくれたんです。そういう意味で、アドバイスはあんまりもらってないですけど、私が迷ってるなって思ったときの2人は、「大丈夫だよ、いい人見つけたよお前は」みたいに背中を押してくれる感じはあります。

――プー・ルイさんが作るアイドルグループという以上、どうしてもBiSっぽいものを想像したり、期待する人もいると思います。BiSとはまったく違う感じになるんでしょうか?

わっかんないですよね。正直、同じものはねえんだよ! とは思います。実際自分が2回BiSやったって同じじゃなかった。でも、今まで自分がやってきて楽しかったことは、積極的に全部やろうとは思ってます。BiSの施策ももちろんパクるし。なんてったって研究所ですから。

期待されるのは嬉しいから、期待してもらってもいいんですけど、ただ単に昔みたいなものにはならないですよ。

――みんなで目指す“上”ってどこなんでしょう? 具体的な目標やアイドル像はありますか?

海外進出です! ホントはこのグループ、中国で始めたかったんですよ。というのも、最初にグループのプロデュースやってみなよって言われたときに、3週間くらい考えても何もやりたいことが思い浮かばなかったんです。2期の失敗が自分の中に植え付けられちゃってて、頑張れないんじゃないかという不安の方が大きくて。そうなったときに、これはもう、知らない土地に行って、知らない場所で変なグループを始めるのがいいんじゃないかと思いました。だから本当に何も言わずに中国に行ってグループ作るみたいな案もあったんですけど、冷静に考えて無理ですよね。中国厳しいから。だから日本で地盤を固めて、それを世界に持っていくというのをやりたいです。日本のアイドルというとAKBみたいにカワイイが主流と思われてるじゃないですか。そこを、そうじゃなくてこんな変なグループが流行ってるんだよというのを持っていきたい。そのためのコンセプトとして、「萌よりエモなアイドル」を世界に発信していくというのを掲げました。
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――プー・ルイさんのなかで、エモってなんなのでしょうか。

事あるごとに思うんですけど、旧BiSのとき、『nerve』(BiSの代表曲)をお客さん3人の前でやったことあるんですよ。メンバーの数のほうが多いっていう(笑)。その曲をTIF(TOKYO IDOL FESTIVAL。日本最大級のアイドルイベント)のフィナーレでやったときは、エモいなって思いましたね。あんなに「アイドルじゃない」とか叩かれてたド地下アイドルが、いわゆる東京のトップアイドルフェスのグランドフィナーレで、他の出演アイドルたちも一緒になって『nerve』を踊る。エモかったですね。そういう、一緒に夢を見るというのをまたやりたい。横アリでやれるくらい力つけたいですよね。

――そこは横アリなんですね(笑)。

武道館もいいけど、正直そんなに思い入れないんですよね……。まあ、でも、ね、武道館かな。武道館です。武道館って言うとね、みんな喜ぶから。ふふ。


YouTuberが出てきて、アイドルも変わる


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――この10年でアイドル業界も変わってきてると思いますが、今のアイドル業界を見て何か感じることや思うことはありますか?

縮小してるなとは思います。それこそ、2010~12年くらいなんて、毎日新しいグループが生まれてるんじゃないかってくらい、ポンポン新しいアイドルグループができてたじゃないですか。結構みんなおもしろかったんですよ、いろんな人がいて。でも軒並みなくなっちゃった。運もあると思うんですよ。タイミングだったりもあると思うし。でも、全力でやらない人が増えましたよね。バイト感覚というか、とりあえず今はアイドルというバイトやってます的な人が増えたのも良くなかったのかな。2010年代の最初のほうまでは、本気の人が多くて、事務所の大小かかわらずみんな会うと熱量が高かった。それがなぜか、「誰でもできる」にいつの間にか変わってきて、なんかようわからん人が増えた。

――プー・ルイさんとBiSは、アイドル界を変えたと言える存在だと思います。そのプー・ルイが新しいアイドルグループを始めるということで、また何か新しい風が吹くかもしれませんね。

メンバー兼プロデューサーみたいな人は増えると思いますよ。時代的に、事務所に入るメリットってあまりないですよね。YouTuberが流行ってるのもそうです。だから、今くすぶってるアイドルの子たちが、事務所を辞めてアイドル同士で結託して、私達で作る、みたいなことも増えるんじゃないかな。わかんないけど、なんとなくそう思います。まだゴキ帝(劇場版ゴキゲン帝国)とかりなはむ(苺りなはむ)くらいしかいないけど、そこから大きな流れになっていったら楽しいですよね。

――どんな人にオーディションに来てほしいですか?

多少応募要項とずれてても、ちゃんと時間に来ればみんな受けられるんで、やる気がある人は来てください。どんな人に来てほしいかって……まあ狂ってる人ですかね。ちょっとネジが、頑張るネジが外れちゃってる人とか。渡辺さんがよく言うんですけど、素振り毎日10回やれって言ったら100回やっちゃうような子とかすごいいいなって思います。

自分も昔オーディション受けまくってたんでわかるんですけど、オーディションに落ちると自分を否定されたような気持ちになりますよね。でも全然違うんです。所詮、そのグループや事務所と合わなかっただけ。だから、他のオーディションに落ちた子とかにも来てほしい。私も自分の審査基準はわからないですが、フィーリングで変な人を好いちゃうところがあるんで、誰にでもチャンスはあると思います!
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▼新グループメンバーオーディション全員面接詳細
https://2952053.amebaownd.com/posts/7528991

Profile
プー・ルイ

2009年デビュー。アイドルグループBiSの第1期オリジナルメンバー、音楽グループLUI FRONTiC 赤羽JAPAN(2017年解散)の元ボーカル、BILLIE IDLE(2019年末解散)元メンバー、YouTuber、フェルト作家。2020年1月6日、「このたび(株)WACKの渡辺社長出資のもと会社を立ち上げ、わたしが社長兼プロデューサー兼メンバーという形で新グループを結成することとなりました」と発表。グループ名は「アイドル研究所(仮)」。

関連サイト@pour_lui


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