
真犯人に渡った大事なノート
50年前に連載が始まったあの国民的マンガの第1回でも、主人公の少年が、ある日いきなり、22世紀の未来から孫を名乗る同じ年格好の少年の来訪を受け、さんざんなことを言われる。いわく、大学受験に失敗したり、大卒後、就職できなくて自分で会社をつくったはいいがつぶしてしまい、借金を抱えたあげく、そもそもあなたの結婚した相手がよくないので、自分はそれを変えるために来たのだと。もちろん少年は怒り狂うわけだが、その自称・孫の言うことを最終的に信じて受け入れる。相手が、自分の失敗を回避するためにさまざまなひみつ道具を持った猫型ロボットを一緒に連れてきたからだ。22世紀の圧倒的に進んだ技術を前にすれば、たしかに信じざるをえないだろう。
これに対し、31年後の2020年の未来から来たという男に、それまでにさんざん事件に巻き込こまれたあげく、じつはあなたはいずれ殺人犯となり、逮捕後に生まれたあなたの子供である私も含めて家族を奈落の底に突き落とすので、それを回避しようとしたのだが……と唐突に告白されたのが、先週2月2日放送の日曜劇場「テセウスの船」(TBS系、日曜よる9時)第3話での佐野文吾(鈴木亮平)である。
2020年から1989年の宮城県音臼村にタイムスリップしてきた男……主人公の田村心(しん/竹内涼真)には、文吾の子供であることを証明するものは何もない。21世紀の技術の粋であるスマホは持っていたが、そんなものはインターネットのない1989年にあっては無用の長物だ。おまけに持参してきた、文吾が殺人犯になる未来を証明してくれるはずの亡き妻の遺したノートはすでに手元になかった。これより前、女子小学生・三島明音の誘拐事件とその容疑者の長谷川(竜星涼)が青酸カリを飲んで死亡した事件で、心は刑事の金丸(ユースケ・サンタマリア)に逮捕される直前、文吾に迷惑をかけてはいけないと、とっさに免許証と一緒に村外れの崖に捨ててしまったからだ。
だが、これが仇となる。捨てたノートと免許証が、これまでに村で起こった一連の事件、そしてこれから起こるであろう村の小学校での大量無差別殺人事件の真犯人にどうやら拾われてしまったらしいのだ。
このあと、文吾から勤務する駐在所のポストに投げ込まれていたと、免許証が「平成32年」と記されていたところなどが黒く塗りつぶされて、心のもとに戻ってきた。さらに心が臨時教員として勤務する小学校の門に、涙を流す女の子を描いたと思しき不気味な落書きとともに、文吾の娘(心の姉)の鈴(白鳥玉季)が少し前になくしたSの字型のキーホルダーが置かれていた。絵のタッチは、明音の誘拐事件の直前にそれを暗示した落書きとそっくりだ。これは次のターゲットは鈴だという真犯人からのメッセージなのではないか。色めき立った心は文吾にも知らせ、二人で鈴を守ることを誓う。
学校ではその後も不気味なできごとが起こる。無差別殺人事件を引き起こしたのと同じオレンジジュースが教室に置かれ、児童たちがいままさに飲もうとしていたのだ。心はそれに気づくや、大声で制止するのだが、一人の男児だけが飲んでしまう。幸い何も起こらなかったものの、ジュースの入っていた箱には「21」という、殺される生徒たちの人数と同じ数字が書かれていた……。これは、ノートを手に入れた真犯人が、そのことを心に伝え、脅すためにやったに違いない。心はそれに気づくとともに、これから起こることを真犯人に知られてしまった以上、いままでのように自分が動いて事件を回避するのは困難であると悟り、絶望の淵に立たされた。そこでついに文吾に対し、これから起こるすべてのことを打ち明けるにいたったのである。
心は涙を流しながら、文吾の逮捕後、家族のもとには連日マスコミが押しかけ、地元を離れてからも凶悪犯の家族ということで人々から中傷を受け続けたことを伝える。そして、母も姉・兄も逮捕された父が凶悪犯だと疑わず、ほかならぬ自分もあなたが犯人だと思っていたと告白し、土下座して詫びるのだった。そのうえで文吾には事件が起こる前に、家族と一緒に村から逃げてほしいと懇願する。だが、自分が殺人犯になり、家族がひどい目に遭うと言われて、冷静に認められる者などいないだろう。文吾は怒り狂い、それまで温かく接してきた心への態度を一変させ、おまえこそ村を出ろと外へ追い出してしまう。
窮地に立たされても事件回避のため奔走する心
ここでちょっとさかのぼって、おさらいしておくと、金丸刑事に逮捕された心は、それからすぐ金丸が何かに気づいたらしく(このとき金丸が署で調書を読んでいたかと思うと、手のひらを上に向けていたのは何だったのだろう)翌日には釈放されるのだが、村人たちからはすっかり犯人扱いされていた。文吾の家にも、なぜあんな男をかばうのかという電話がひっきりなしにかかってくる。それでも文吾や妻の和子(榮倉奈々)、二人の子供たちは彼のことを信じ、これまでどおり温かく接するのだった。文吾は家庭内が暗くなりそうなところを、アントニオ猪木のモノマネや腹踊りを披露して努めて明るくふるまう。
逆境にもけっしてくじけない鋼のメンタルは、父親譲りなのだろう。心もまた、村人や臨時教員として勤める小学校の同僚から冷たい視線を浴びせられても、村にとどまり、職場に通い続けた。一方で、真犯人探しのため、死んだ長谷川の婚約者で、勤務するメッキ工場から青酸カリを持ち出して彼に渡したと思われる佐々木紀子(芦名星)に説得を試み、文吾に追い出されてからは、敵であるはずの金丸に接触をはかる。自分を逮捕したのに釈放したのは真犯人の手がかりを何かつかんだからではないかと思ってのことだ。
文吾、村に残ると決意。心は再び現代へ…
こうして捜査を続けるなか、心は神社の境内で、青酸カリの空き瓶を見つける。が、それを手にした瞬間、何者かに突き飛ばされて階段から転げ落ち、手にけがを負い、倒れ込む。そこに文吾が駆けつけ、応急処置をしてくれた。文吾は追い出したこと、そして心たち家族を将来さんざんひどい目にあわせたことを謝る。そのうえで「ようやく腹をくくった」と決意を示した。では、村を出てくれるんですねと心が言うと、「それはできねえ」との言葉が返ってきた。その理由を文吾は続けてこのように語る。
「もちろん家族は大事だ。でも俺はこの村を守る警察官だ。
「なんつうか、それが俺の正義ってやつだ。俺はこの村に残って何としてでも事件を阻止する。だから一緒に戦ってくれねえか、心さん」
「正直、心さんが自分の息子だって実感はまだ湧かねえけど、でも、俺の大切な……家族だよ」
心と文吾が再び心(こころ)を通わせ、和解するこのシーンで、主題歌「あなたがいること」が情感たっぷりに流れる。このあと、心は、例の落書きは真犯人が心たちを攪乱するためのダミーで、本当の標的は鈴とは別にいるのではないかと、文吾に伝える。果たしてそのころ、一人で村を捜査していた金丸が、何者かと出会い、崖の上に立ったところを突き落されていた。心を釈放後、何やら怪しい行動をとり、一瞬真犯人かと思わせた金丸だが、あっけなく消されてしまったのだ。
一方、心は文吾と別れると、タイムスリップしたときと同じく吹雪に包まれる。「父さん!」と叫んだあと、気づけば2020年に戻ったようだ。急いでスマホを立ち上げ、日付を確認すると、ネットで事件について調べる。だが、事件は回避されていないどころか、家族が事件後に心中し、母の和子と兄が死んだことを知る。どうやら自分が過去を悪い方向へと変えてしまったらしい。ちなみにこの時点でドラマは原作の展開ともかなり変更されている。
(近藤正高)