
貧困女性がたどる転落の道……1億円横領へ
手取り14万円。ものすごくタイムリーな数字である。おりしも、現実では、コロナ禍で懸命に働いている東京女子医大の看護師の手取りがわずか14万円であることが物議を醸していた。ただし、ドラマの時代設定は2019年。綾野剛と星野源がMOBILE INVESTIGATIVE UNIT (機動捜査隊)のバディを組む「MIU404」(TBS系 毎週金曜よる10時〜)の第4回「ミリオンダラー・ガール」(7月17日放送)の登場人物・青池透子(三村里江)は14万円という安月給で生活していた。
ガラガラとスーツケースを引きずって走る(「MIU404」は走る描写が多い)青池は何者かに追われ、背中を拳銃で撃たれる。だがそのまま逃げ、街の薬局で応急手当をして姿を消した。
銀座で発砲事件発生と聞いた4機捜のメンバーたち……志摩(星野源)×伊吹(綾野剛)、陣馬(橋本じゅん)×九重(岡田健史)はさっそく初動捜査に出る。すぐに撃たれて逃げている女性は青池であることがわかる。彼女には前科があった。
水商売→裏カジノ→借金、風俗、裏カジノでも働く→逮捕→執行猶予明けにパソコン販売会社に就職→大金をもって逃亡
伊吹は、薬局の監視カメラに映った青池のなにかを訴えるような表情が気になって「話がしたい」と思う。
世の中には自分のことを話す機会、話せる相手のいない人たちがたくさんいる。貧困女性がたどる転落の道。仕事がなかなかみつからず、裏稼業に従事することで暴力団とつながってしまう。最近の暴力団は破壊活動防止法のため逆に姿を変えて潜伏しており、一見そう見えないがじつは暴力団にかかわってしまっていたというケースが増えてたちが悪くなっていた。
青池も逮捕後、なんとか社会復帰できたと思いきや、就職先のパソコン会社は暴力団のもので、マネーロンダリングに手を貸していたことを知り絶望。汚れた金・1億円をこっそり横領しはじめ、それがバレて追われる身になったのだ。
好きで汚れたわけではない。汚れた自分を拭い去りたいと願う青池の切な思い
彼女が乗った空港に向かうバスを追う伊吹と志摩。だが、彼女はあっけなくこと切れていて、スーツケースも空。お金はどこに消えたのか? そして、彼女はお金をどうするつもりだったのか?誰にも何も話せないまま、フォローもフォロワーもいない孤独なSNS(つぶったー)に吐露した青池の想いをたどる4機捜のメンバーたち。
彼女の盗んだ汚れた金の行き先が、なんとも優しく美しく儚い夢のよう。好きで汚れたわけではない。汚れた自分を拭い去りたいという願う気持ちが、1億円の隠し場所に切々と現れている。
男性女性と分ける時代ではないと言いつつも、男主体の事件ものとはすこし違うやわらかい手触り。きっといまの日本にこんなふうにやわらかい心もカラダも痛めている人たちがいるのである。彼女らの瞳は穢(けが)れなく輝いている。
伊吹は、昔、ランドセルを施設に送ったら、ランドセルばかり送られてきてもう要らないと言われたという体験から、志摩とこんな会話を交わす。
志摩「(前略)世の中には こんなにも良いことをしたいヤツがいるんだなって思ったよ」
伊吹「誰だって良いことしたいだろ」
志摩「そうかね。そのわりに世界はよくならない」
志摩は、良いことをするには心の余裕とお金が必要で、でも金持ちは金儲けのために悪いことをすると言う。弱い者、貧しい者のほうが世界をよくしたいと願うが、その力がなく、お金を持った強い者たちに敗れていく。
第3話の高校生たちもそうで、教育を受ける機会がなかっただけだった。4話の青池は、正規な就職をする機会がなかなか得られなかった。彼らは行き場なく悪い場所に誘われていく。そして悪者の金儲けに加担させられる。
3話では、逃げた少年・成川岳(鈴鹿央士)とあやしいドーナツEPを持っていた謎の男(菅田将暉)のことをあんなに思わせぶりに描いたのに、4話ではいっさいそれは描かれていないのだが、テーマとしては地下深くで根っこは4話とつながっているように思える。
3話にちょっとだけ出たハムちゃんこと羽野麦(黒川智花)の謎も青池とつながっていた(すごい因縁)。麦は闇カジノを警察に密告したため、そのオーナーのエトリに追われていて、桔梗(麻生久美子)が家に匿(かくま)っていた。きっとそのうち、これらが東京の道路網のようにびしっとつながった地下茎がばばーんと浮かび上がってくることを期待。
青池が絶望的な人生の最後に見出したのは希望
4話は九重が活躍。青池の一連のつぶやきをプリントアウトしたものを見て、伊吹たちは書き込んだ順番を逆に読んでいたことを指摘。「青池透子は誰を助けたんでしょうか」
彼女は最後に絶望したのではなく希望を見出していた。「私が助ける」と考えた青池の心に気づくのが、心の機微のわからないいまどきの若者と思われている九重であることにも希望がある。
岡田健史は17日、NHK BSで主演ドラマ「大江戸もののけ物語」がはじまり、深夜には配信ドラマ「いとしのニーナ」が地上波放送されて、岡田健史祭りになっていた。今後の活躍に期待。
それにしても14万円。新井順子プロデューサーが今しかできないことを描いているから、コロナ禍でドラマの放送が延期になったとき、このまま中止もしくはかなり先に延期になるかもしれないことに悩んだとインタビューで語っていたが、「あおり運転」の回は法律が施行する前に放送され、今回の「14万円」もちょうど「14万円」が話題になったときに当たった。放送がすこしだけズレたことで逆に時代と合致している面白さ。このドラマ、本当に時代と併走している気がする。
青池の笑顔と、彼女の肉体を乗せたバスと彼女の心を乗せた宅配業者の車が道を分かれていく様を見ながら、誰かの役に立ちたい、良いことしたいなあと思った。

星野源の心が乾ききった虚無の大きさに戦慄
「土壇場でわかるよな。そいつがどんなやつか」人間の本性をわかるのは生死の瞬間だという伊吹。青池は土壇場で負けっぱなしの人生から大勝負に出るという力を見せた。
一方、拳銃を持った男と対峙した志摩は銃口を指で塞ぎ、死なばもろともとばかりに凄む。その様子に伊吹には志摩が死にたがっているように見える。
この場面の星野源の心が乾ききった虚無の大きさに戦慄した。青池と彼女にまつわる瞳の描写は失われない希求に光っているが、星野演じる志摩の瞳は底深く暗い。それはまるで朝ドラ「半分、青い。」の主題歌「アイデア」の後半“おはよう真夜中”以降の歌詞のようだった。
こういう星野源を見せてくれて野木亜紀子さんありがとうという気持ちになった。私が言うことでもなんでもないんだけども。「アンナチュラル」における中堂だなあと思った。志摩の凍った心を、伊吹の無邪気さ、熱血で溶かしてほしい。「雪の女王」のカイとゲルダになってほしい(妄想)。
(木俣冬)
番組情報
TBS 金曜ドラマ『MIU404』毎週金曜よる10:00〜10:54
番組サイト:https://www.tbs.co.jp/MIU404_TBS/