『エール』第17週「歌の力」 84回〈10月8日(木) 放送 作・吉田照幸 演出:橋爪紳一朗、鹿島悠〉

『エール』窪田正孝だからできる戦時下に絶え間なく逡巡が湧きながら歩き続ける難役
イラスト/おうか

裕一、怒鳴る

苦労して作った映画『決戦の大空へ』の主題歌「若鷲の歌」は大ヒット、裕一(窪田正孝)はその後も戦時歌謡を作り続ける。

【前話レビュー】一貫して裕一の優しさを演じる窪田正孝の演技の妙

「戦争になってから、すっかり売れっ子作曲家ねえ」と恵(仲里依紗)が言う。「裕一さんの曲は人の心を沸き立たせる力があるから今求められるのかなって」とも。


恵の言葉に引っかかりを覚えながらも裕一は、やっぱり自分にできることをやるしかないと自分に言い聞かせているようだ。近所の幼い少年たちもすっかり裕一の曲に心酔している。彼らは軍国少年になっている。言葉遣いもやたらと丁寧だ。

誰もが裕一を慮(おもんぱか)り何も言えないでいるなか、はっきり物申したのは五郎(岡部大)だった。馬具製作の試験に合格し、梅(森七菜)と結婚することになった五郎は、「先生には戦争に協力するような歌を作ってほしくありません。先生には人を幸せにする曲を作ってほしいんです」と訴える。

「戦いがなければいいのです。戦わなければいいのです」とさらに言う五郎。戦いが続けば「無駄に死ぬ人が増えるだけです」とまで言う五郎に裕一は思わず叫ぶ。

「命を無駄と言うな」

ずっと優しくふわっとした言動をしていた裕一がついに爆発した。

戦争しなければ人は死なない、いまのままでは「無駄死に」だという正論を、お国が勝つための死(犠牲)は無駄ではなく尊いものだという正論にすり替えてしまう裕一。
それが罪悪感からだということを、音(二階堂ふみ)は気づいていた。

五郎の役割

五郎は単に梅の結婚相手としてほのぼの要員かと思ったら、戦争反対要員であった。
主人公が現時点で、戦争に協力しているため、別視点が必要になる。妻の音にその役割を託すことが最適と思いきや、二人は二人三脚なので対立させるのも難しいのだろう。

そこに五郎である。作曲家の道をあきらめ、馬具職人になった。もしかしたら、裕一もそうだったかもしれない。そのもうひとつの道筋を五郎が担っている。

軍に卸す馬具を作ることにすら罪悪感を覚える五郎に、「馬具は人を殺すためのものではない、人の命を守るためにあるもの」と諭す裕一。これはかつて、裕一が音と話したことである。

“最初、馬具の工房で音が仕事をしているのを見て、それから実際、その馬具を使った馬に乗っている軍人を見て、裕一は馬具がカッコいいと言う。すると音は、自分の作っている馬具が間接的に戦争(人を殺めるために)と関わっていることを気に病む。が、裕一は「軍人さんの生命を守っているのも馬具ですよ」と音を励ます(20話より)。


思えば、昔から裕一は物事をいいふうに考える性分なのだなあと思う。お人好しとも言える。そこを利用されないといいけれどと木枯(野田洋次郎)は心配していた。

心配する音と梅

裕一が五郎を怒鳴りつけている声を聞いた音と梅は心配顔。音は、裕一が何もできない罪悪感から歌を応援や救いにしようとしている状況を肯定も否定もできずにいる。

「みんな闘っとるのに自分はなんもしとらんって。後ろめたい気持ちがどんどんどんどん戦意高揚の歌に傾かせとる。怖いの」

全体重をかけて瓶搗き精米をしている音の姿が、彼女の苦悩を表しているように見える。梅は、五郎がキリスト教に入信したことが不安。真っ直ぐ過ぎて、キリストの教えにのめりこんで見えているのだ。

裕一も五郎も思い込んだら一直線。それをどうしたものか……と困る音と梅。音も梅もはっきり物事を言うタイプのはずなのだが、好きな男性に対しては物申さない。
理解し、受け止めようという広い心、それが愛というものだと、二人の態度から学ぶこともできるだろう。

愛する人を持った二人は忍耐する。昔はすぐにぶつかりあっていた姉妹が、いまはその愛の忍耐において連帯し慰め合う。

口調や視点が現代的なところがあるわりに女性の描き方だけ前時代的に感じるのは、男性主人公のドラマだからだろうか。ここはすこしもったない気がする。

弘哉が予科練へ

五郎から聖書を渡されたという裕一。「難しいね……いろいろ」とまた物事をあやふやなままにふたをしてしまう。

だが、状況は進行し、裕一の曲で身近な人までが戦争に行くことになる。音の音楽教室の生徒だった弘哉(山時聡真)が、予科練に入ると母・トキコ(徳永えり)と挨拶に来た。

最後のひと粒の入った、「火垂るの墓」に出てきたようなドロップ缶を華に手渡す弘哉。彼が去っていくところに「若鷲の歌」がかぶる。

「悪より遠ざかりて善をおこなひ、平和を求めて之を追ふべし」

裕一が読んだ聖書の一節は印象的だ。キリストという絶対的な基準において、悪を規定するのはたやすい。
だが何が悪で何が善か決めることは難しい。

身近な人が戦争の犠牲になっていない間は、死に対する想像力の範囲が狭いこと、「自分はなんもしていないという後ろめたい気持ちが戦意高揚の歌に傾かせる」ことなどこの時代に限らず誰もが陥る可能性がある。そこにするりと魔が差すもので。小さな魔が次第に大きくなってしまう怖さもある。この立ち位置を引き受けている窪田正孝はいい人にも悪い人にも寄せて演じられないから、相当悩ましいだろう。

この時代、生きる道は細い不安定。でも引き返すことはできず、ただただ前に進むしかない。ほんの数ミリ踏み外せば崖に落ちる。そこにあるのは死か、悪か。緊張が途切れないくらいなら落ちたほうが楽かもしれない。絶え間なく逡巡が湧きながら歩き続ける。こんなキツイ役、窪田だからこそやれているのだと思う。

(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。

関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』窪田正孝だからできる戦時下に絶え間なく逡巡が湧きながら歩き続ける難役
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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