『エール』第18週「戦場の歌」 90回〈10月16日(金) 放送 作・演出:吉田照幸〉

『エール』焼け野原に響く光子の賛美歌 焦土の復活を歌で祈る発想は薬師丸ひろ子によるもの
イラスト/おうか

「音楽が憎い」

「戦争を逃げずに描く」という意気込みで、裕一(窪田正孝)が慰問先・インパールで経験した悲劇を、戦場の場面を交えることで肉体的な衝撃の実感が伴うように描いた18週。SNSなどを見ると、視聴者の反応も大きい。戦争について初めて認識する人、改めて考える人、様々いたようだ。


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怒涛の展開で、一気に、昭和20年の終戦へ――。

勝つためにあんなに頑張っていたけれど、「日本は敗戦しました」(ナレーション)。なんだったんだ、あの悲惨な戦いは……という気持ちでいっぱいになる。音(二階堂ふみ)の音楽学校の生徒で、「若鷲の歌」を聞いて予科練を目指した弘哉くんも亡くなってしまった。これは悲し過ぎる……。

裕一のモデルの古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』によると、古関はインパールに行ったあと、終戦近くになって召集令状が届く。それはそれで一大事だったようで、とにかくグワングワン状況に振り回されて終戦を迎える。

自伝の76ページに「(日華事変の)四年後、太平洋戦争が起こり、」とあり、終戦の記述は161ページ。300ページほどの本のうち、90ページほど太平洋戦争に関して書いてある。これをほぼ2週間(15分×10話)で描くのはなかなか大変なことだったろう。

『エール』では太平洋戦争期の様々な衝撃ならびに悲劇を、藤堂先生(森山直太朗)一点に集約し、彼の死を裕一のすべての喪失感として描きだした。

音楽に導いてくれた藤堂が戦場で亡くなり、裕一は茫然自失なまま、家の廊下に座り込んで「音楽が憎い」とまで言い出す。
うなだれた裕一の場面はなんとも言えない虚無を感じさせた。いままでずっとやたら広い家だなと思えたのに、そのものすごく狭いところにしゃがんでいることにも裕一の絶望を感じさせる。音楽がーーと言ってしまっているけれど、音楽の力に翻弄された自分が許せないんじゃないだろうか。

豊橋では、歌が響く

すっかり曲が作れなくなってしまった裕一だったが、空襲で焼け野原になってしまった豊橋で、光子(薬師丸ひろ子)が賛美歌「うるわしの白百合」を歌っていた。梅(森七菜)岩城(吉原光夫)も負傷した。とりわけ岩城の傷は深い。歌を歌いながら、かけがえのない家族の思い出が回想されていく。

この場面、当初は光子が焼け跡で「戦争の、こんちくしょう!」と地面を叩くことになっていたそうで、台本を読んだ薬師丸ひろ子が、歌――それも賛美歌を歌いたいと曲まで指定して提案したそうだ。

すごいぞ、薬師丸ひろ子。

白百合が「復活」を象徴する花であることから、イースター(復活祭)などで歌われる賛美歌496番「うるわしの白百合」。戦争に対しての悔しさを大地にぶつけるのではなく、焦土が今一度復活することを祈る歌を歌う。この発想はすばらしい。

これまでは、キリスト教を信仰していることが光子に何をもたらしているかいまひとつわからなかったが、最悪な状況で賛美歌(祈り)に救いを求めることによって、長年彼女の身についたことであると感じさせるではないか。


『エール』焼け野原に響く光子の賛美歌 焦土の復活を歌で祈る発想は薬師丸ひろ子によるもの
写真提供/NHK

豊橋では、歌が響く

怒りをもってものごとに向かっていくのではない、光子の復活を信じる気持ちが、その後の、池田二郎(北村有起哉)の登場の架け橋になる。

90話の終盤、池田は終戦後に風を吹かせるように、明るく強く前向きに登場した。彼とNHKのやりとりは面白い。「NHKは嘘つかない」と言って彼を適当に丸め込もうとしたり、そう言うNHKもGHQの部局のひとつCIEの「いいなり」であると自虐したりするNHK局員たちの言動にくすりとなる。

池田は大作家・菊田一夫をモデルにした人物で、終戦後、裕一と組んで、多くの作品を生み出していく。連続ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」や、ラジオドラマから始まり映画やドラマにもなった「君の名は」(アニメの「君の名は。」とは無関係)などである。

朝ドラ名物・闇市にたむろう戦災孤児の物語を書くと意気揚々とする池田に、光子の歌の光が彼に注いでいるように見える。いきなり、主役交代か、と思えるほど輝いている池田。この人物に引っ張られて裕一が変わっていくことを期待して、19週へーー。

ちなみに、古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』によると、古関と菊田は、戦争前から出会っている。「露営の歌」が出た昭和12年にはすでに出会って一緒に仕事をしていた。

「戦場の歌」とは……

18週のサブタイトルは「戦場の歌」だった。戦場で藤堂先生が歌った歌のことと思ったが、光子の賛美歌の登場で、ふたつになった(正確には藤堂が2曲歌ったので3曲だが)。当初の台本上では藤堂の歌のことだったのが、結果的に、光子が「戦場の歌」のトリになってしまった感じ。
でも戦場でも明るく戦時歌謡を歌った藤堂先生もさすがであった。

ネットで「うるわしの白百合」を検索すると、藤堂先生を演じた森山直太朗の母・森山良子が歌っているものを見かける。「うるわしの白百合」が薬師丸ひろ子と森山直太朗をうっすらリンクさせたように感じておもしろい。

薬師丸ひろ子が出演する『みをつくし料理帖』ではどうだったのか

薬師丸ひろ子は、自ら、この歌を歌いたいと提案するような積極的なタイプなのかと思って、10月16日(金)に公開になる映画『みをつくし料理帖』ではどうだったか、宣伝担当の野村敏哉さんに聞いてみた。

「撮影は1日でしたが、夫役を演じた藤井隆さんが、“マジの薬師丸ファン”だったこともあり、現場での夫婦の掛け合いはひろ子さんがリードしている感じでしたね。あとは、とにかく監督の角川春樹さんの意図――コミカルな味付けをメインで考えてほしいとかーーを忠実に聞いて、芝居に落とし込む、という姿勢が、衣装合わせから現場まで一貫していたように見えました」

映画『みをつくし料理帖』で恩師・角川春樹監督の考えることを忠実に聞いて体現していた薬師丸。おそらく、台本を読み込み、監督の意図を聞き、最適な表現を探ることのできる俳優なのであろう。『エール』ではそのために歌が必要だったに違いない。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。
モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。
モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。

村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』焼け野原に響く光子の賛美歌 焦土の復活を歌で祈る発想は薬師丸ひろ子によるもの
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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