『エール』第19週「鐘よ響け」 91回〈10月19日(月) 放送 作・演出:吉田照幸〉

『エール』裕一に曲作りを持ちかける池田二郎のモデルは堂本光一の受賞でも知られる、あの日本演劇界の巨匠
イラスト/おうか

「愛国の花」は南方でも歌われた

90回で戦争が終結し、日本は敗けた。多くの命が失われた。恩師・藤堂(森山直太朗)音(二階堂ふみ)の教え子・弘哉も亡くなった。


【前話レビュー】焼け野原に響く光子の賛美歌 焦土の復活を歌で祈る発想は薬師丸ひろ子によるもの

戦争中、無自覚に音楽で若者を戦場に送る手助けをしていた裕一(窪田正孝)は、自分のしたことを激しく後悔し、曲作りを止めてしまう。

終戦から3カ月、作家・池田二郎(北村有起哉)が古山家に訪ねて来て、自作に曲をつけてほしいと頼む。池田が好きだったという裕一の「愛国の花」とはどういう歌だったか。裕一のモデル古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』によると、昭和13年の曲で、NHKが制作した国民歌謡の一作だった。

当時、退廃的で軟弱な歌が氾濫していたことに対して、もっと健全な歌をという要望に応えた企画で、「銃後を守る婦人たち対象の歌」として依頼されて作った。反響はあまりなかったものの、太平洋戦争が苛烈になった昭和18,19年頃には南方の住民に浸透していた。
そういう曲を池田が好んでいたというのは興味深い。

池田二郎のモデル菊田一夫は日本演劇界の巨匠

91話の終わり、家の外で裕一の影口をたたいている人たちがいる。家は焼けずに残り、作詞家・西條八十は戦犯扱いになったにもかかわらず古山裕一は免れているというような話をしている。なぜ、モデルの古関裕而は戦犯にされることを免れたのだろう。この謎を誰か問いてくれまいか。

池田二郎のモデルは、ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」、人気ドラマや映画になった「君の名は」(アニメの「君の名は。」とは無関係)、森光子のでんぐり返しでおなじみの舞台「放浪記」などを書いた昭和を代表する劇作家。演劇界には“菊田一夫賞”という権威ある賞もある。
2019年は、堂本光一が演劇大賞、高橋一生などが演劇賞を受賞している。

その巨匠・菊田一夫もまた、多くの文学者と並んで戦犯として名前があがったひとりだが、結果的に免れている。古関裕而に関しては、戦時(軍事?)歌謡を多く作った件の贖罪として「長崎の鐘」などを作ったことが自伝や評伝で綴られていて、『エール』でもそこを中心に描く狙いがすでに作り手から語られている。

『評伝 菊田一夫』(小幡欣治著)を読むと、菊田一夫と戦争についてたっぷり書かれている。戦犯として戦争責任をつきつけられることを免れた理由はやっぱり謎のままだが、当時の彼の揺れたり揺るぎなかったり様々な考えが言葉として残っているのは、菊田が言葉の仕事である作家だからだろう。古関裕而は言葉の人ではなく音楽の人だから。


菊田一夫の評伝には、戦争中、東宝株式会社に所属し、数多くの敵愾心昂揚脚本を書いたため、「私は日本人に勝ってほしかったから誰に強要されたのでもなく、それらの脚本を書いたのです」とGHQ民間教育情報部演劇課の担当将校キースに自ら名乗り出て、戦時中の仕事を告白したのは菊田だけだったという伝説などが記されていて興味深い。

『エール』裕一に曲作りを持ちかける池田二郎のモデルは堂本光一の受賞でも知られる、あの日本演劇界の巨匠
写真提供/NHK

鉄男の「湯の町エレジー」は戦後の大ヒット曲

裕一は曲を書かなくなって、時計の修理に励む。

「ここに宇宙がある」

作詞家の鉄男(中村蒼)が彼の気持ちを理解しないでどうする。

そんな鉄男はまた詞を書き始めた。新聞記者、おでん屋、作詞家と節操がないと自虐する彼に、喫茶バンブーの保と恵(野間口徹と仲里依紗)は「しなやかで倒れない」竹のようだとその生き方を称賛する。梶取夫婦にとって「竹」とはそういう意味だったのか。彼らもまさにしなやかで倒れていない。
笑顔になった鉄男は原稿用紙に「湯の町エレジー」と題名を記す。

鉄男のモデル・野村俊夫が昭和23年に発表し、映画化もされた、戦後最大のヒット曲と言われる曲である。この曲は野村俊夫の作詞家の二十年の半生のなかで第三期にあたるものとされる。作曲は、あの飄々とした木枯(野田洋次郎)のモデルの古賀政男。この古賀の曲合わせで三度歌詞を書き直すことになるのだとか。伊豆の湯の町を舞台に書いた詞は実際、伊豆に足を運んで誕生した(『東京だョ おっ母さん 野村俊夫物語』斎藤秀隆著 より)。


『エール』の鉄男は、モデルの野村俊夫と比べると、家族もなく天涯孤独でまだ何者にもなっていないが、時代に合わせてしなやかに生き残るたくましい野性的な人物として描かれている。

岩城が死んでしまった

空襲の被害にあった豊橋・関内家。音は、鉄男に裕一を託し、故郷へ戻る。子供の頃から、父・安隆(光石研)の右腕として働いてきた岩城(吉原光夫)は空襲から梅(森七菜)を守って負傷、心臓が弱っていたこともあって、亡くなる。

おそらくこの場面はコロナ禍による撮影休止が再開された後に撮ったのではないかと思うのだが(光子が焼け跡で歌うシーンは7月に撮ったらしいことから)、この撮影のあと、岩城役の吉原は9月にミュージカル『VIOLET』に出演したのだと想像する。このミュージカルは4月にコロナ禍で中止になったものを、9月に3日間だけ上演することが可能になったもので、岩城の死は、演じている吉原の舞台スケジュールの関係と思いたい。そうでも思わないと、あっけなく死んでしまって悲しすぎるから。


藤堂、岸本(萩原利久)、弘哉、岩城……とドラマのオリジナルキャラばかり死んでいく。ドラマに必要不可欠な主人公の喪失を彼らの死で描くという作劇の大義はわかる。が、あまりにもオリジナルキャラばかり亡くなって、古山家と関内家はみんな無事なのがやりきれない。

梅の婚約者・五郎(岡部大)は、戦後、革を使って野球のグローブを作ることを思いつき、吟(松井玲奈)の夫・智彦(奥野瑛太)が戦場から帰ってきた。

戦後、軍人の輝かしい経歴は無価値になってしまい、ラーメン作れるのか、なんて言われてしまった智彦。まさか『まんぷく』の道を歩むのか。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』裕一に曲作りを持ちかける池田二郎のモデルは堂本光一の受賞でも知られる、あの日本演劇界の巨匠
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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