『エール』第19週「鐘よ響け」 93回〈10月21日(水) 放送 作・演出:吉田照幸〉

『エール』「戦場に向かう若者に興奮していました」裕一の衝撃的な告白 一方、言葉が人も救った93話
イラスト/おうか

裕一、復活

『おはようニッポン』の高瀬アナが『エール』でバンブー夫妻(野間口徹、仲里依紗)がやっていたポーズに合わせて「おはようニッポン!」と嬉しそうに言っていた。このポーズ、漫画『こまわりくん』の「死刑!」に似ている気がするのだが、パロディなんだろうか。

【前話レビュー】占い師になった“ミュージックティーチャー”こと御手洗清太郎が裕一に希望をもたらす

高瀬アナたちも笑顔で、ここのところ暗雲たれこめていた『エール』にも明るさが戻って来た。

ついに裕一が立ち上がり、名曲「とんがり帽子」(『鐘の鳴る丘』主題歌)を作りあげる。

放送後の『あさイチ』では、お腹から声を出して歌うとセロトニンが出て心が安定するということを紹介していて、すかさず華丸が、『エール』の「とんがり帽子」でセロトニンが出たと言っていた。

『おはようニッポン』『エール』『あさイチ』と良い連携がとれていた。

「戦場に向かう若者に興奮していました」

終戦後、すっかり塞いで、曲を書かなくなった裕一(窪田正孝)のもとに、劇作家・池田二郎(北村有起哉)が曲の依頼にやって来る。裕一が断っても諦めずに再訪してくる池田。

「戦争の責任をすべて背負うおつもりか」「仕方のないことだってある」と励ます池田への裕一の回答は衝撃的だった。

「自分の歌に勇気づけられて戦場に向かう若者に興奮していました」

古山裕一は、古関裕而そのものではなく、あくまでモデルにした創作の人物だ。
脚本を書いた吉田照幸は戦争に関する裕一の心情を古関の資料を読み込んで想像して書いたと語っている。吉田を取材したとき、「これが古関裕而さんの真実かどうかはわからないですが、僕はそう思った。ですからこうやらなきゃいけないと思いました」と言っていた。

自分の曲を聞いて「戦場に向かう若者に興奮していました」という心情の吐露はなかなかに辛辣だと思う。でもこういうことがないこともない。人間誰しもどこか魔が差すことがある。
だからこそ、才能は光のあるほうに使わないといけない。

「痛みを知ったからこそ表現できるものがあると俺は信じています」と池田。彼は裕一の苦しみがわからないという。池田のモデル・菊田一夫は戦意高揚の演劇を書いて、戦犯になるのではと心配しつつも、自分の責任を文章に残しているのだけれど、ここで、僕も同じですとやったら話が長くなってしまうので、池田は励ます役割になっている。むしろ池田のモデルのほうが責任を自覚して戦後に立ち向かっているのだが、『エール』では裕一にすべてが集約される。

『エール』「戦場に向かう若者に興奮していました」裕一の衝撃的な告白 一方、言葉が人も救った93話
写真提供/NHK

「もう自分を許してあげて」

池田が残していった歌詞「とんがり帽子」を読んで、なにか心が動かされたらしき裕一は、音(二階堂ふみ)に歌詞を読ませる。

音「情景が浮かぶし、力強い」
裕一「だよね」

歌詞を読んで「メロディが鳴ったんだ」と少しやる気になった裕一に、音は「すごいーー」「うれしーー」と全身で喜びを表現。
裕一を押し倒す(へんな意味ではない)。

だが、ことは簡単ではない。なかなか書けない。書き始めると戦争の悲劇を思い出してしまう。苦しむ裕一。

音「もう自分を許してあげて」
裕一「いいのかな」

音は裕一を抱擁する。


翌朝 空は少しグレーの入った雲まじりではあるが、裕一のしごと部屋に白い光が差し込む。レンズフレアの光を受けながら音は出来上がった曲を歌ってみる。

最初に歌うのが音であることで、裕一と彼女の強い関係性が強調される。そうはいっても、池田の強い歌詞が裕一を闇から引き上げたのだと思う。ここで裕一と池田と音の三角関係が勃発しかねない。

冗談はさておき、言葉もこの時代、多くの作家を戦争責任をとらざるを得ない状況に陥らせたが、言葉はこうして人を救うこともできる。
言葉も音楽も科学技術も、何もかも心持ち次第。

青少年の不良化防止のラジオドラマ

音の歌のあと、鐘が高らかに鳴り、子どもたちの明るく清らかな合唱で、ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』がはじまった。

昭和22年7月5日、『鐘の鳴る丘』がNHKで放送開始。日本の文化を監視するアメリカの組織CIEの要望を取り入れた“青少年の不良化防止の問題に取材した”ドラマで、主人公は「世の中に悪い少年はいないと信じている」復員兵。彼が戦争孤児の居場所を作る話は日本中で大人気となって、最初は土日の15分だったのが、月〜金の週5、15分に増えた。これが、連続テレビ小説――朝ドラの元になった。

アメリカの主婦向けのドラマの15分スタイルが日本人の生活にも浸透した。
池田が企画提案した戦災孤児の話を、NHKは最初のうち渋っていたが、CIEの青少年の不良化防止政策にちょうどハマったので採用されることになった。15分じゃ短いと思っていた池田だが、そこは飲み込んだことで成功につながった。やってみることの大事さを感じるエピソードである。

もうひとつ印象に残るのは、ドラマの主人公が「世の中に悪い少年はいないと信じている」こと。場を与え善の方向に導くことができれば不良化しないという考え。

裕一は大人だけれどどこかさまよえる少年のようであった。彼の天才的な作曲能力は、子供たちを救いたいという池田の願いのこもった歌詞によって、光射す方向へと生かされていく。これまでも人との出会いで曲を作ってきた裕一。池田という人物、彼の純粋な歌詞に触れて、良い方向に向かったのである。

すっかり明るくなった裕一は大きな鯛で音を驚かす。音はギャグ漫画のように驚く。

「やってやる」

もうひとり、苦悩の沼にハマっていた智彦(奥野瑛太)は、天野弘(山中崇)の元で、ついに軍服を脱ぎ、「やってやる」とラーメン修業をはじめる。やっぱり『まんぷく』の道へ? 妻・吟役の松井玲奈は『まんぷく』の主人公・福子(安藤サクラ)の友人役で出ていた。

不良化しそうだった戦災孤児のケン(浅川大治)も智彦との出会いで変化が……。すべてが良い方向へと向かいはじめているようで、久しぶりに、良い朝だった。
(木俣冬)

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『エール』「戦場に向かう若者に興奮していました」裕一の衝撃的な告白 一方、言葉が人も救った93話
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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