『エール』第21週「夢のつづきに」 105回〈11月6日(金) 放送 作:清水友佳子、演出:橋爪紳一朗、小林直穀〉

『エール』朝ドラ名物「最終回かと思った」 だがきっとこれは楽しく音楽と向き合えた音にとっての最終回
イラスト/おうか

これは音にとっての最終回

“朝ドラ名物”のひとつに「最終回かと思った」がある。長丁場の物語なので、中だるみを避けるべく、途中に何回かクライマックスがくる。それが最終回みたいに見える。
105回もそう。『あさイチ』でも最終回? と反応していた。

【前話レビュー】ハツラツとした音はどこへ? ジェンダー問題が問われる今、なぜ音を抑圧して描くのか考察する

教会のドアを開ける画ではじまり、ドアを閉める画で終わる。おそらくこれは音(二階堂ふみ)の物語のクライマックスだ。

慈善音楽会で音が裕一の曲を歌う

歌劇『ラ・ボエーム』を降板して、声楽家の夢を諦めた音を励まそうと、裕一(窪田正孝)は教会で慈善音楽会を開くことにする。裕一は、音のために曲「蒼き空へ」を作り(作詞は鉄男)、それを歌ってほしいと言う。

「これまで生き抜くことで精一杯だった子供たちに、世の中には楽しい文化がたくさんあるんだって伝えられたらなと思って」と裕一。音楽会のために子どもたちに歌やハーモニカを教えるときの裕一の表情がとても明るい。音もピアノを弾いて教える。そのときの表情はやはり明るく、見ていてホッとする。ここのところの音はお気の毒だったから。

父母が音楽会の準備をしているのを見ながら、華(古川琴音)は「よくわかんないんだよね」と吟(松井玲奈)につぶやく。

「やりたいことをやってるお母さんと自分を比べてイライラするし、あきらめようとするお母さんにもイライラするし」

華の言葉は視聴者の代弁のようにも響く。


やりたいことをやって好かれる人、嫌われる人

やりたいことに邁進していた頃の音は「強欲」と言われ、眉をしかめられた。おとなしくなったらなったで、急にしおらしくなって……と思われてしまう。裕一と比べて音は、キャラ設定の塩梅が非常に難しかったであろうと苦労がしのばれる。

たとえば、音のモデルである古関裕而の妻・金子。古関と比べると手に入る資料があまりないが、かなり情熱的な方で、やりたいことを積極的に行っていたようである。音楽もしかり、古関との恋もしかり。

結婚後も専業主婦ではなく、音楽活動を続け、やがてその行動は株の売買にまで及ぶという幅広さ。金子だけに株? なかなかおもしろい。

芸術と経済。どちらも生々しく、本気でやったら深そうなものに身を置いた心情とはなんだったのか。この人を主人公にした朝ドラも観てみたかった。

ただ、こういう人をドラマで描くと、それこそ「強欲」になりそうな危険を孕んでいる。『半分、青い。
鈴愛(永野芽郁)がそれで賛否両論を巻き起こした。彼女の場合、強欲というか、自己愛が強かった。『まれ』まれ(土屋太鳳)は、結婚、育児と、パティシエの道を両立させて「世の中なめすぎ〜」と言われた。『カーネーション』の糸子(尾野真千子)は言葉遣いや行動がやんちゃ過ぎるという指摘もあったらしい。

すべてが人それぞれのものさしで考えていることなので、好き嫌いが出るのは仕方ない。許容できる人もいれば無理な人もいるのだ。

『エール』朝ドラ名物「最終回かと思った」 だがきっとこれは楽しく音楽と向き合えた音にとっての最終回
写真提供/NHK

うまいことバランスをとれた代表例は『あさが来た』あさ(波瑠)である。実在の女性実業家をモデルにした主人公の半生は、近年の朝ドラで大人気を得た。素敵な理解ある旦那さま(玉木宏)のサポートによって事業を拡大していく主人公というスタイルが視聴者のニーズにハマった。

このモデルの人物も、資料を読むと、ドラマのような天然愛されキャラという感じではなく、なかなかたくましい人だったと思う。多くの文献を読み込み、関係者たちを整理し創作し、作家がうまいこと愛されキャラに仕立てたのだ。

音は、好き嫌いが分かれるほうだったと思う(主人公じゃないが)。
音のモデルの金子で筆者が最初にイメージしたのは、野村沙知代だった。自立したうえで、夫(克也)の才能を伸ばすタイプという意味で。強烈な個性をもっていて、なかには苦手に思う人もいるが、夫にとってはなくてはならない存在。他者のことなど気にせずに、自分の思ったとおりに生きていくことが肝要であることを感じさせる人はこの世に少なからずいるもので、音も当初はそういうタイプだったと思う。だが、徐々に自信をなくし、いまに至る。

コロナ禍がなかったら、モデルの金子のように、大きな舞台で裕一の曲で歌う夢を叶えるエピソードがあったかもしれない。

モデルの金子は裕一の歌で大きな舞台に立っていた

モデルの金子は、その息子・古関正裕による『君はるか 古関裕而と金子の恋』を読むと、昭和24、25年にラジオ放送向けの創作オペラ『朱金昭』『トゥランドット』『チガニの星』でプリマドンナを演じたとある。西洋音楽を愛した古関と金子の思いの結実であろう。このエピソードこそ、ドラマのクライマックスにふさわしいように思うが、ドラマでは描かれないのだろうか。

105回で音は、静かに静かに、自分の身の丈を知って、そっと教会の扉を閉める。まるでコロナ禍で元気を失った我々のようである。そう思うと、これはこれで、2020年ならではの物語のように見えてくる。

過去の登場人物大集合

最終回と思った要因は、過去の登場人物がたくさん出てきたこともある。音の音楽学校時代のお友達も、音楽会にやって来た。
千鶴子さん(小南満祐子)も。久志(山崎育三郎)藤丸(井上希美)も夫婦で歌を披露。

裕一が挨拶として音楽の魅力、そして音への感謝を語る。「かけがえのない私の恩人です」と。

ラストは音が、高音をがんばって出して歌う。子供たちのための慈善音楽会で、音がトリをとって、「やっぱり歌はやめられない」と初心を取り戻す。ちょっと良い話しの流れ。だがこれがまた、なんで音が慈善音楽会の主役になるのか……とも思われかねなくて、それでも、最後の最後まで、なんといわれてもやりぬくという作り手の強い意志を感じた。「どこまでも蒼き空へ」という歌詞は、その強い意志の現れのようではないか。

これまでずっと古関裕而の曲を使用してきたが、「蒼き空へ」はオリジナル。そこが『エール』ならではで、最終回にふさわしかった。最終回じゃないけど。


今日の注目ポイント

「大将」と「大将」。
大将といえば鉄男の子供のときのあだ名。でも最近、ラーメン屋になった智彦も池田から「大将」と呼ばれていた。そんなふたりが、105回では仲良くしていて、微笑ましく感じた。

「何食べようか」
音楽会の打ち上げがバンブーであると、帰っていく裕一と華がこんなセリフを。バンブーってそんなにいろんな食べ物出してくれるのか。打ち上げ用のメニューが用意されているにしても……。
(木俣冬)

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■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■古川琴音(古山華役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村蒼(村野鉄男役)プロフィール・出演作品・ニュース
■山崎育三郎(佐藤久志役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井上希美(藤丸役)プロフィール・出演作品・ニュース
■松井玲奈(関内吟役)プロフィール・出演作品・ニュース
■奥野瑛太(関内智彦役)プロフィール・出演作品・ニュース
■伊藤あさひ(竹中渉役)プロフィール・出演作品・ニュース
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『エール』朝ドラ名物「最終回かと思った」 だがきっとこれは楽しく音楽と向き合えた音にとっての最終回
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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