『エール』第21週「夢のつづきに」 104回〈11月5日(木) 放送 作:清水友佳子、演出:橋爪紳一朗、小林直穀〉

『エール』ハツラツとした音はどこへ? ジェンダー問題が問われる今、なぜ音を抑圧して描くのか考察する
イラスト/おうか

音、人生二度目の降板

9月末に発売された『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 エール Part2』(NHK出版)で「5組のカップルそれぞれの機微」というコーナーに筆者は寄稿し、裕一と音、吟と智彦、梅と五郎、藤堂と昌子、保と恵について、ネタバレに配慮したうえでそれぞれのパートナーシップの形について分析した。発売されたときより話も進行したので、本レビューで改めて、裕一と音の関係を見てみよう。

【前話レビュー】またも劇団四季出身者が登場 伊藤(海宝直人)の相手役に音が選ばれたのは「不正」だった悲しみ

裕一(窪田正孝)音(二階堂ふみ)はふたり並んで歩いていく、パワーバランスが対等の夫婦である。
音は17話で「私は男の後ろを歩くつもりはないから。結婚したとしても、私は一緒に歩きたい」と宣言している。

裕一と結婚し、経済面では裕一の稼ぎに支えられているが、家事をやり、裕一を励まし、ときには裕一を引っ張っていくような面もあり、けして、裕一の後ろに下がって支えている印象はない。ちゃんと横並びで支えあっているように見える。

そして、戦後数年して、子育ても落ち着いた音はついに、声楽家として、裕一の曲を歌うという長年の夢を叶えるべく動き出した。……ように見えたが、その道は険しく、音はせっかく射止めた歌劇『ラ・ボエーム』のヒロインを降板する。


なぜなら、著名な作曲家・古山裕一の妻であるから選ばれただけで、彼女の実力はヒロイン足るものではなかったからだ。千鶴子(小南満祐子)に事情を聞いた音は、演出家・駒込(橋本じゅん)に降板を申し出る。

千鶴子は、自分だったら「悔しさをバネになんとしてもいい舞台にしてみせるって覚悟を決めると思う」と言うけれど、音は自分の才能にいいものにできる自信がない。「できると思う? 今の私に」という音の問いに千鶴子は答えない。それがすべてを物語っている。そこが千鶴子と音の違い。


千鶴子と音のなにが違うのか

千鶴子は音大時代からずっとすべてを捨ててレッスンに励んできた。そんな彼女との『椿姫』対決は、安定の千鶴子に対して、音の未知なる可能性にかけて、音に決まった。

客観的に見ると、音と知り合いだった特別審査員の環(柴咲コウ)の身びいきだったようにも思える。今回も、裕一という後ろ盾があったからの合格。つまり、音はずっと情熱と“運”を味方にしてきた。

幼い頃から、父・安隆(光石研)に「やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいい」と言われ、やりたいことをやって来た音。川俣の教会のコーラスに飛び入り参加してセンターで歌い、学校では女子が主役の『竹取物語』を提案、棚ぼた式にヒロインになる。
外国の賞を取った裕一に手紙を書き、駆け落ち同然に結婚、音大で『椿姫』のヒロインになるも、妊娠して降板。ここから、音の情熱と運に守られた人生が急速に弱まっていく。と同時に、しゃべり方まで変わっていく。

それまで、元気ハツラツとしていたのが、すっかり抑制した口調になった音は、専業主婦として家事と育児に専念。戦時中、育児も手離れしたため、家で音楽教室を開いたが、戦争で中断、音楽挺身隊に入ったが、音楽を戦争に利用されることを嫌って熱心になれなかった。

抑圧されていく音。
なぜ、今、女性をこのように描くのか。

『エール』ハツラツとした音はどこへ? ジェンダー問題が問われる今、なぜ音を抑圧して描くのか考察する
写真提供/NHK

ジェンダー問題が問われる今、なぜ、あえて音を抑圧して描くのか

変わってしまった音が、裕一に運を吸い取られたと思うこともできる。音がはからずも夫を支える側に回ったのである。『まんぷく』福子(安藤サクラ)や『マッサン』のエリー(シャーロット・ケイト・フォックス)や『ゲゲゲの女房』の布美枝(松下奈緒)、『ごちそうさん』のめ以子(杏)のように。

朝ドラのヒロインは、彼女たちのような専業主婦も多いが、『あさが来た』のあさ(波瑠)や、『花子とアン』の花子(吉高由里子)、『カーネーション』の糸子(尾野真千子)のように手に職をもって、女性の地位向上に尽力するタイプも少なくないし、視聴者に支持される。音は、前半、波瑠や糸子的で、後半になって福子や布美枝のようになっていく。

「あれがお母さんのやりたいことなのかな」と華(古川琴音)に疑問を抱かせるように、娘に「やりたいことをやればいい」とすすめていた音自身がやりたいことをわかっていない。


自ら降板を申し出たあと、「もういいかな」「どれだけ努力しても根本的に力がない」「おとなになるといろんなことが見えてきてしまう」「わかってしまったんです。私…私はここまでだって」などとすっかりしょげてしまう音。

「くやしいけど、どうにもならん」と裕一に思いを吐露したとき、「どうにもならん」と珍しく方言が口につく。彼女はずっと自分を言葉も含め、律してきたのだろう。

この展開、ジェンダー的な観点から見たら肩を落とす人もいるだろう。女のドラマだった朝ドラで、男の主人公を描き、女性を支える側に描くことは、時代のニーズから逆行している。
そもそも、裕一のモデル古関裕而の妻・金子はもっと自由に妻としても声楽家としても活動していた。初期の古関の音楽活動に、音の交流関係がいい影響をもたらしていたこともあるほどだ。

夫婦はお互いにやりたいことをやりながら、まさに平行して生きていたのである。才能ある夫を己の才覚で支えつつ、文化や経済活動に勤しむ。そういう女性は、今求められているのではないか。

ところが音は、このように子供が生まれて15年という長いブランクを作ってしまった。朝ドラに夢を求める視聴者に、朝ドラに限らず、昨今のドラマに、女性の描き方に配慮を求める時代に、あえて、女が妊娠、出産するとかくも長いブランクができてしまうこともあるというシビアーな現実を突きつけてきた。

夢でなく事実を。現実を知ったときヒロインはどうするか……。と、ここで裕一が妻のために動く。

けっしてプロになれない音のリアリティー

森山直太朗、野田洋次郎にはじまって、山崎育三郎、古川雄大、小南満祐子、吉川光夫、堀内敬子、井上希美、柿澤勇人、海宝直人と、『エール』では歌手やミュージカル俳優が大勢起用され、音楽ドラマのレベルをあげることに寄与している。

そのなかで、音を演じる二階堂ふみは本職の歌手ではないながら、かなり高度が技術を必要とされるオペラの歌唱方法に挑み、プロでないながら健闘をたたえたいほどだ。とはいえ、やっぱり高音に無理が感じられることは否めない。なぜ、ずっと無理をさせ続けるのか……。それが音はプロになれないことのリアリティーだったのかと思うと、これまた制作陣はシビアーだなとひれ伏さざるを得ない。

歌っても歌っても無理があり、どんどん自信を失っていくヒロイン。主人公の戦争責任に向き合うだけでなく、才能の差異からも逃げない『エール』の、ドラマファンよ、これがリアルだと突き付けてくるような厳しさは、これまでの朝ドラで見たことのない味わいがある。近いといえば、悲劇を描き続けた『純と愛』だろうか。

とはいえ「オリンピック・マーチ」という人生すごろくのあがりのようなものが待っていることは1話でわかっている。残り、3週間。どう転がっていくのか目が離せない。
(木俣冬)

【102話レビュー】娘の華を悩ませる音 なぜこういうキャラになったのか、最近の音を考察
【101話レビュー】静かな時代の転調を登場人物の男女の関係性で見せた意欲的な週のはじまり
【100話レビュー】未来をつくろう――久志(山崎育三郎)の歌う「栄冠は君に輝く」がすべての人達をひとつに

■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■古川琴音(古山華役)プロフィール・出演作品・ニュース
■伊藤あさひ(竹中渉役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仲里依紗(梶取恵役)プロフィール・出演作品・ニュース
■野間口徹(梶取保役)プロフィール・出演作品・ニュース
■広岡由里子(ベルトーマス羽生役)プロフィール・出演作品・ニュース
■小南満佑子(夏目千鶴子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■橋本じゅん(駒込英治役)プロフィール・出演作品・ニュース
■海宝直人(伊藤幸造役)プロフィール・出演作品・ニュース


※次回105話のレビューを更新しましたら、以下のツイッターでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね。

【エキレビ!】https://twitter.com/Excite_Review
【エキサイトニュース】https://twitter.com/ExciteJapan

『エール』ハツラツとした音はどこへ? ジェンダー問題が問われる今、なぜ音を抑圧して描くのか考察する
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和