『エール』第22週「ふるさとに響く歌」 108回〈11月11日(水) 放送 作:清水友佳子、演出:松園武大、丸山文正〉

『エール』生き別れた弟と再会した鉄男のモデル野村俊夫が手がけたヒット曲「東京だョおっ母さん」とは
イラスト/おうか

「最後はみんなでもっと幸せになる」

母校・福島信夫小学校の校歌のお披露目会で挨拶したことから村野鉄男(中村蒼)は、過去に生き別れた弟・典男(泉澤祐希)と再会する。じつに30年ぶりくらいではなかろうか。

【前話レビュー】モデル野村俊夫とまったく異なる村野鉄男の孤独な歴史を振り返る

息子・明男(竹内一加)が学校で、村野鉄男という人に会ったという話をして、典男はさっそく裕一(窪田正孝)の家を訪ねる。
鉄男はすぐに典男のことがわかる。

朝ドラではたいてい、主人公のきょうだいが不幸な目にあい、主人公が罪悪感にさいなまれる。裕一と浩二(佐久本宝)がまさにそうだった。でも鉄男は主人公ではないからか、逆パターン。弟は家出したあと、いい家族に拾われて、穏やかに暮らしてきた。鉄男のほうが孤独だった。

そんな30年以上の空白が一気に埋まり、典男の家族が裕一の家に集まって、食事会が催される。典男と鉄男の仲良さそうな様子に、思わず、裕一と浩二も仲良いふるまいに。

食事のあとは、縁側で遊び、みんなで『さくらんぼ大将』の歌を歌う。このラジオドラマが大好きで、続きを知りたいとせがむ明男に裕一はもったいぶって教える。

「最後はみんなでもっと幸せになる」

このセリフは魔法のセリフ。それまでにどんなことがあろうと、ハッピーエンドだとすればハッピーエンドなのである。
典男の床屋に浩二が行っていたということも笑って済ませよう。すべてこれは古代ギリシャの劇の“デウス・エクス・マキナ”のようなもの。これは、いろんなことがあって収集がつかなそうになったとき、神様のような絶対的なものが出てきてまとめること。いいか悪いか別として、芸能の世界の歴史的技法である。

108回では、「最後はみんなでもっと幸せになる」がデウス・エクス・マキナだったが、『エール』全体として見ると、それは“歌”であろう。最近の『エール』は歌を歌って話をまとめることが多い。108回も子どもたちの歌う「さくらんぼ大将」は無邪気で楽しく響いた。

21週は音(二階堂ふみ)の「蒼き空へ」、20週は久志(山崎育三郎)の「栄冠は君に輝く」、19週は「長崎の鐘」、18週はみつ(薬師丸ひろ子)の讃美歌。初回から毎週、最後は歌でまとめるパターンを構築しておけば、『てるてる家族』と並ぶ音楽ドラマとして、印象を残したのではないかとすこしだけもったいなかったかなと思う。

『エール』生き別れた弟と再会した鉄男のモデル野村俊夫が手がけたヒット曲「東京だョおっ母さん」とは
写真提供/NHK

「東京だョおっ母さん」とは

失ったと思っていた家族(弟)と再会し、ふたりの甥っ子とも触れ合って、家族愛を知った鉄男は、家族の歌も書けるようになり、「東京だョおっ母さん」というヒット曲も生み出す。

この曲は、人気歌手・島倉千代子によって歌われ、鉄男のモデル・野村俊夫の「湯の町エレジー」を越えるほどの大ヒット曲で発売当初、60万枚の売上を記録した。

野村俊夫の評伝『東京だョおっ母さんー野村俊夫物語―』を書いた斎藤秀隆はその著書で、“歌が誕生するまでの間にはいろいろな背景があり、また作詞家の手を離れた歌が独自の歩みをし、いろいろなエピソードを形成していく、という意味にも理解されよう”と書き、曲の誕生について、野村の妹の証言を載せている。

それによれば、戦争で弟を失った野村は、弟を悼む歌を書き続け、その末に生まれたのが「東京だョ〜」だった。
戦争で息子が死んだのち、東京に暮らしていた娘(野村の妹)を訪ねてやってきた母を東京案内する歌詞になっている。

この歌がシンプルに親孝行の歌ではないのは2番の歌詞でわかる。<あれがあれが九段坂 会ったら泣くでしょ 兄さんも>とあり、亡くなった兄(野村にとっては弟)のことを悼んでいるのである。

野村俊夫の個人的な想いを綴ったものが出発点ではあるが、それは当時、たくさんの家族を失った人たちの心に響いた。斎藤の評伝には島倉千代子の“(ファンの皆さんの手紙によると)この歌を聴くと、死んだ人がよみがえって来るというのです”という発言も載っている。

実際の「東京だョおっ母さん」には、戦争を経験したたくさんの人々の哀しみがこもっている。

『エール』では、鉄男と典男が離れてしまった母のことを思って悔恨していると、まさ(菊池桃子)が母の想いを語り、励ます。ここで鉄男が「おっ母さん」という「母」の歌も書くことになる流れも唐突に感じられないようになっている。まさに “作詞家の手を離れた歌が独自の歩みをし、いろいろなエピソードを形成していく”である。

フィクションとはいえ、実際の歌の歴史をこれほど別の物語にするにあたり、デウス・エクス・マキナを発動すれば済むものか。ここは議論を深めどころである。ただし、この議論は作り手間でやるべきことで、ドラマを楽しんでいる視聴者とは関わりのないことだとは思う。


音、お留守番

裕一がいない東京の家では音が暇そうに寝っころがっておまんじゅうを食べている。おしとやかにふるまっているが、こっちが本質なのかなと想像すると笑える。夫の前では身ぎれいにして、夫を励ましたり、甘えたり。でもひとりのときは、だらっと。これが夫婦円満の秘訣か。
(木俣冬)

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■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■古川琴音(古山華役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村蒼(村野鉄男役)プロフィール・出演作品・ニュース
■菊池桃子(古山まさ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■佐久本宝(古山浩二役)プロフィール・出演作品・ニュース
■泉澤祐希(三上典男役)プロフィール・出演作品・ニュース
■関めぐみ(三上多美子役)プロフィール・出演作品・ニュース

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『エール』生き別れた弟と再会した鉄男のモデル野村俊夫が手がけたヒット曲「東京だョおっ母さん」とは
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 

【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」

制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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