『おちょやん』第2週「道頓堀、ええとこや〜」

第9回〈12月10日 (木) 放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

『おちょやん』板尾創路と星田英利が好演、確執ありそうなふたりの喜劇役者の登場に展開が楽しみに
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

橋の上で泣く、千代と一平が絵になった

優しくしてくれた人気俳優・初代・天海天海(茂山宗彦)が目の前で突然死(享年33歳)したり、捨ててきた父・テルヲ(トータス松本)が夜逃げしたと知ったり、なかなか図太いはずの千代(毎田暖乃)の心も揺れる。

【前話レビュー】千代が勉強をはじめるきっかけになった、井川遥が演じていた『人形の家』を解説

天海の息子・一平(中須翔真)は唯一の身よりである父を亡くしても、清々したというような口をきく。好き勝手して自分を顧みなかったことに不満があったのだ。


天海にテルヲと似たところを見出した千代は、強がりを言う一平が気にかかる。橋の上で大きな石を持って立っている一平を見つけ、父のあとを追って死ぬのかと思って声をかける。

父の思い出を語る一平に、父の想いを感じ取る千代。「ほんまはあんたのこと気ぃもんでたで」と天海の真意を伝えると――。「なんで悲しいねん」と一平は胸に溜めていたものを吐き出す。お父さんは亡くなったが、絆のあった天海親子に、千代は「うち あんたが羨ましい……」と泣く。

環境はまったく違うが、酒飲みで放蕩な父の犠牲になって、学校にも行けず本意でなく働かせ続けたふたりの心が共鳴した。橋の上でしゃがみこんでおいおい泣く幼いふたり。すこし離れて、別々の方向を見ているふたりのミザンス(立ち位置)がちょっと演劇ふう。できれば、ここは、シンメトリーで撮ってほしかった。

『おちょやん』板尾創路と星田英利が好演、確執ありそうなふたりの喜劇役者の登場に展開が楽しみに
写真提供/NHK

いい話になってきたと思ったら、千代がクビに

父が借金でクビが回らなくなって夜逃げしたと聞いた千代は、自分が家を出たことが無駄になったと思って絶望する。

そんな折、一平に会って時間を潰してしまったため、ご寮人さんのシズ(篠原涼子)に頼まれたおつかいが大幅に遅れてしまった。とても大事な品が間に合わなかったとシズから叱られて、千代は期限の1カ月を待たずしての解雇を言い渡された。
実家にはもう誰もいない。生き場所のない千代に、雨が容赦なく降って来た。

第1週から千代は転んで、傷を負ってばかり。それでも、どっこい生きてくのが彼女の人生なのだろう。9回まで見て、千代のこともだいぶ好きになれた。2週間の出番ということは、残りあと1回ではないか。どうなる、子千代。

喜劇の帝王を板尾創路が好演

「ほんに人の世は、笑えん喜劇と笑える悲劇のよじれあいや」
名台詞、出て来た――。

発したのは関西喜劇界の雄・須賀廼家万太郎(板尾創路)。天海の劇場葬が行われ、仕切っている鶴亀株式会社社長・大山鶴蔵(中村雁治郎)と共に登場した万太郎は棺の前で、帽子を取ると卵が乗っかっていて、それを抑えると花吹雪が舞う。たぶん、下方で誰かが介添えしているのだろう。板尾創路の動じない態度が、この笑えるのか笑えないのか微妙なシチュエーションを立派に成立させる。

天海一座の須賀廼家千太郎(星田英利)は、万太郎一座出身。
一座を離れて天海一座でやっている。何やら確執ありそうな千太郎と万太郎。

鶴亀社長からは一平を二代目天海にするようお達しされるが一平は渋り、一座が風前の灯。それでも千太郎は天海のやっていた役ともともとの自分の役とどっちもやって、なんとか芝居を続けると意地を見せる。その決意を語る、顔つきというか、体つきが、からだひとつで修羅を生き抜いてきた人物に見えてくる。

板尾と星田、ふだん、面白いことを言ったりやったりして見せてくれる人たちの、本気の強さが昔の芸人を演じる姿から立ち上ってきて、朝ドラらしからぬ濃さだった。

『おちょやん』板尾創路と星田英利が好演、確執ありそうなふたりの喜劇役者の登場に展開が楽しみに
写真提供/NHK

鶴亀株式会社は松竹がモデルであろう。そして板尾が演じる須賀廼家万太郎と星田演じる千太郎は、史実では「曽我廼家喜劇」の曾我廼家五郎と十郎と思われる。

ふたりが「曽我兄弟」の物語にちなんで曽我廼家五郎と十郎という名で活動をはじめたのは、明治37年、浪花座。看板には「愉快の親玉、滑稽の生粋、新喜劇」と書かれていた。ちょうど、日露戦争のはじまる2月11日に開いた芝居で、3日目から時局に合わせて演目を急遽差し替え、「無筆の号外」は笑いをとった。

“洋食屋の開店のビラを、字の読めない男が日露戦争の号外とまちがえ、ライスカレー、メンチボール、ハムエッグスなどを、これは敵の将軍の名前、それは敵の軍艦の名前と知ったかぶりのあげく、長屋一同がその洋食屋へ乗り込んで、出された料理の皿を片っ端からぶつけて割ってしまう――”という内容であった(『わが喜劇』より)。


十郎を師と仰ぐ渋谷天外(一平のモデル)は、五郎と十郎のはじめたそこからが“喜劇の誕生”と著書『わが喜劇』で書いている。

この「無筆の号外」伝説が喜劇史に残っていて、天外の本にも書かれているのだが、大阪出身の作家・三田純市の著書『上方喜劇 鶴家団十郎から藤山寛美まで』では五郎と十郎の見解の相違を記している。伝説にしたのは五郎で、十郎は、上演当初は評価されず、3年後に朝日座で上演したときに評価されたと語っていたという、その談話を三田が俎上に載せ、“五郎という人は、はなしをおもしろく、あるいは劇的にするため、ときに誇張して語る癖があった。サービス精神といってもいいだろう”と書いている。

どちらが真実か今となってはわからないが、芸風も、こってりした五郎と、飄々とした十郎という違いがあったふたりの性格の違いが感じられて興味深い。

そんな彼らが、喜劇観の相違から、十郎一座と五郎一座に分裂、別々に活動していく。『おちょやん』ではすでに万太郎一座と天海一座に分かれているが、これからどういう展開が待っているのか、板尾創路と星田英利の対決はあるのか。

ちなみに、千太郎は十郎の弟子の曽我廼家十吾もモデルになっていそう。というのは、婆さん役が当たり役だったから。7話で千太郎がお婆さん役をやっていたことからそう考えることもできるだろう。

【関連記事】『おちょやん』篠原涼子といしのようこが怖い そして見応えのあるドラマになる可能性を見た第7回
【関連記事】『おちょやん』6回 シズ(篠原涼子)からの大目玉で始まった千代の道頓堀での奉公生活
【関連記事】『おちょやん』5回 妊娠した後妻に要らないと言われ奉公に出される千代 悲しい別れの理由を考察する

Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami

■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田 凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■トータス松本(竹井テルヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■篠原涼子(岡田シズ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■宮田圭子(岡田ハナ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板尾創路(須賀廼家万太郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村鴈治郎(大山鶴蔵役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■楠見薫(かめ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■土居志央梨(富士子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仁村紗和(節子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■沢暉蓮(ぼたん役)プロフィール・出演作品・ニュース
■烏川耕一(小林辰夫役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース


※次回第10回のレビューを更新しましたら、以下のツイッターでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね。

【エキレビ!】https://twitter.com/Excite_Review
【エキサイトニュース】https://twitter.com/ExciteJapan

番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

【放送予定】
2020年11月30日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥

主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
編集部おすすめ