赤楚衛二×町田啓太『チェリまほ』が教えてくれたもの
Blu-ray BOXが2021年3月24日(水)に発売

国内のみならず世界各地で話題沸騰“チェリまほ”こと『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』

去るクリスマスイブに最終回を迎えたテレビ東京【木ドラ25】『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』。深夜の放送だったにもかかわらず、Twitterでは毎週トレンド入りするほどの盛り上がりを見せた今作。ファンの間では“チェリまほ”の愛称で親しまれ、その人気は国内だけではなく、タイや韓国、ベトナムといった海外へも伝播した。


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原作は、pixivで連載中の豊田悠氏による同名コミック。童貞のまま30歳を迎えたことによって、“触れた人の心が読める魔法”を手に入れた地味で冴えないサラリーマン・安達清(赤楚衛二)が、社内随一のイケメンで営業部エースの同期・黒沢優一(町田啓太)に触れ、自分への恋心を知ったことから巻き起こるラブコメディだ。
 
まず、このドラマで特筆すべきは、安達を演じる赤楚、黒沢を演じる町田が、それぞれ素晴らしく“その人”であったこと。営業事務として働く安達は、気弱で心優しく、会社でも仕事を押し付けられがち。髪にはいつも寝癖がついていて、社会人8年目でありながらどこかスーツに着られているような感じで、たしかに目立たないのだけれど放っておけないタイプである。その安達の“子犬感”を、赤楚は見事に体現していた。

対する黒沢は、ルックスも仕事ぶりも人格も、まったく非の打ちどころがないパーフェクトガイ。にもかかわらず、浮世離れしていないというか、「こういう人、いそう」と思わせる説得力を持って画面の中に存在しており、黒沢みたいな人がもし身近にいたら絶対に好きになってしまうと思った。

そんな黒沢からの思いもよらぬ好意に、最初は激しく動揺していた安達。魔法の力によって黒沢の心の声を聞くうちに少しずつ変化していくのだが、なかなか自分の気持ちに気付くことができないでいた。

結論から言えば、物語の中盤、第7話で安達と黒沢は付き合うことになるのだが、そこまでの「キュン」の多さたるや……! そもそも自己肯定感の低い安達。黒沢の想いが伝われば伝わるほど、「自分なんて」と萎縮してしまう。
さらに恋愛偏差値が低いことも災いし、黒沢の善意による言葉や行動にすら「これって、どういうこと……?」と考え過ぎてしまう(その狼狽っぷりがまたかわいかったりもするのだが)。

ハタから見れば「安達さん、それはもう恋ですよ」と言いたくなるような気持ちの変化も垣間見られるものの、そこですぐに「僕も黒沢が好き!」とならず、気持ちが確信に変わるまでじっくりと(ときには自分の気持ちや黒沢から逃げつつも)向き合う姿には好感しかない。

一方の黒沢はというと、安達への想いがダダ漏れ。「安達に会いたい。声が聞きたい。できれば笑っていてほしい」と願う黒沢。安達からご飯に誘われれば「昇天しそう」になるほど喜び、安達からちょっと避けられていそうな気配(実際は避けられていない。安達はどう接していいかわからないだけ)を察すると「ウザかったかな」と後悔する。

クールでポーカーフェイス、何なら欲しいものはすべて手に入りそうな黒沢が、その裏でこんなことを思っていたとは……恋という魔物の前では誰もが平等。安達の言動に一喜一憂する姿は、共感しかない。

さらに第7話では黒沢の過去も明かされ、なぜ黒沢がパーフェクトガイになったのか、なぜ安達を好きになったのかなど、黒沢がそれまで1人で抱えてきた苦悩を知り、黒沢に対する切なさと愛しさが爆発! あ〜、もう、好き!!(2回目)

そんな黒沢の内面に触れ、さらに自分の黒沢への気持ちが確信に変わったことを知った安達は人生初の告白をし、晴れて2人は恋人同士に。もちろん安達にとって黒沢は初めての恋人。
付き合う前に黒沢が言った、「安達と付き合うヤツは幸せだな。デートしたり、手を繋いだり、全部初めてってことだろ? すっげぇうれしいと思うよ。俺だったらめちゃくちゃうれしい」(第6話)という台詞を体現するかのような2人のデートシーンは、見ている側も思わず頬が緩んでしまうくらいの幸せオーラが漂っていた。

柘植の「キュン」も発動

ここまで安達と黒沢を中心に語ってきたが、もちろん登場人物は2人だけではない。安達と黒沢の後輩・六角祐太(草川拓弥 / 超特急)や、安達と黒沢の同僚・藤崎希(佐藤玲)は、絶妙なタイミングで物語にエッセンスを加える。

さらに注目すべきは、安達の親友で、数々の恋愛小説を執筆する小説家の柘植将人(浅香航大)。恋愛マスターのような雰囲気を醸し出し、安達の恋愛相談にも乗ってきた柘植だが、実は童貞。30歳の誕生日に、彼もまた安達同様“魔法”を手に入れたのだ。

赤楚衛二×町田啓太『チェリまほ』が教えてくれたもの
Twitterもフォロワー数10.7万人を超える人気ぶり

そんな柘植が恋に落ちた相手は、自宅に来る宅配業者の綿矢湊(ゆうたろう)。金髪で一見チャラそうな見た目だが、柘植の飼い猫である「うどん」と戯れる様子や、「うどん」に語りかける言葉を魔法で読み取り、実は心優しい青年であることを知ったのがきっかけで、柘植の「キュン」が発動。

湊に会いたいあまり、ネットショップで大量に買い物をする(そして配達の時間を1時間起きに指定する)、配達に来ない日が続くと営業所まで様子を見に行くなど、行き過ぎとも思える行動を取る柘植に「どんだけ不器用なんだよ!」とツッコミを入れつつ、気持ちは痛いほどよくわかる。だって、いつも来ていた人が来ないと心配だし、それ以上に、好きな人には会いたいに決まってるから。

それでも、しばらくの間は自分の気持ちを理解しようと1人で奮闘する柘植。
しかし、ついに抱えきれなくなり、安達のもとへ。そこで“魔法”を使い、表向きは無言で会話する2人のシーンはシュールなのと同時に、安達と柘植の堅い友情を改めて実感できるのでぜひ観てほしい(第8話)。

単なるラブコメにあらず、しっかりと“人間ドラマ”

さて、恋人同士となった安達と黒沢だが、そう簡単にうまくはいかない。黒沢と出会ったことによって「自分が変われたのは黒沢のおかげ。今ならちょっと頑張れる気がする」と、それまでなら「自分なんて」と諦めていた社内コンペにも挑戦する(そして、ここでの黒沢の応援が素晴らしい!)など、前向きな変化が表れる一方、徐々に「魔法で人の心を読むこと」に罪悪感を感じ始める安達。

そして、ついに、自分に魔法があることを黒沢に涙ながらに告白する(第11話)。それは、黒沢に対する申し訳なさと、魔法の力がないと黒沢との関係がうまくいかないんじゃないかと考える自分自身への憤りの涙。苦悶の表情を浮かべる安達を見て、黒沢は言う。「俺たち、もうここでやめておこうか」と。

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好きな人と想いが通じ合ったのも束の間、2人の関係を「どうしたらいいのかわからない」と目の前で泣かれるなんて、まさに天国から地獄。絶対に黒沢のほうが辛いはずなのに、それをおくびにも出さず、優しい笑顔で「安達が苦しくない選択をしてほしい」「安達には笑っててほしい」と語りかける黒沢……やっぱり好き(3回目)。

でも、安達の気持ちも理解できる。
何だって「初めて」は怖いもの。安達にとって恋愛はもちろん、“魔法”を手にしたことも初めてなのだ。そして、黒沢のことが好きだからこそ、「初めて」に対してうまく対応できない自分をふがいなく思う気持ちが伝わってくる。

最終回直前にして、相手を思いやるがゆえの別れを選んだ安達と黒沢。どのような結末を迎えるかは、これから観る人がいることも考慮してここでは明記しないが、キーパーソンとなるのは安達の親友・柘植だ。

湊に恋心を抱いた後、いろいろありながらもその想いがめでたく成就し、“魔法”も手放した彼は、過去にも「(童貞は)喪失などと言われるが、何も失われない。大丈夫」など、安達の背中を押す台詞を数々口にしてきた(さすが小説家!)。そんな彼が最終回で安達に伝えた言葉のなかでも、特に印象的だったのが「自分の心にもちゃんと触れてみろ」。

そう、安達は人の心(の声)に触れ、それを(彼の優しさゆえに)気にするあまり、自分の心に触れることを疎かにしてしまっていたのかもしれない。そして、「結局、自分がどうしたかだ」という柘植の言葉を聞いた安達は――。気になる結末は、ぜひご自身の目で確かめてもらいたい(ラスト1秒まで見逃さないように!)。

ドラマのスタート当初、“触れた人の心が読める魔法”というファンタジーから展開するラブコメディと思っていたが、そうではなかった。
安達や黒沢をはじめとする登場人物から伝わってくるのは、それぞれがいろいろなものを抱えながらも、みんな一生懸命生きていること。そして、想いは直接口で伝えなければ伝わらないということ。伝えることで傷付くこともあるけど、伝えなければ始まらないと教えてくれる今作は、まさに人間ドラマ。図らずも自分の生き方を改めて(いい意味で)考えさせられる作品だった。


Writer

片貝久美子


ライター(ときどき編集)。アーティストや俳優をはじめとするエンタメ系のほか、コーポレートサイトなどでインタビューを中心に活動中。最近は金継ぎや文楽といった伝統芸能にハマってます。

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