『おちょやん』第15週「うちは幸せになんで」
第72回〈3月16日(火)放送 作:八津弘幸、演出:小谷高義〉

千代、キック!
“朝ドラ史上最低の父”と言われているテルヲ(トータス松本)だが、放蕩がたたって余命あとわずか。【前話レビュー】また現れた“朝ドラ史上最低の父”テルヲ これまでの悪行を振り返る
病気のことは黙っていてほしいと頼まれたシズ(篠原涼子)だが、心のうちに収めておくことができず、千代(杉咲花)に話してしまう。父の秘密を知った千代はどうするか……。
主題歌は<どんな今日も愛したいのにな>だが、ドラマは目下<どんな親でも愛したいのにな>問題に千代の心は揺れている。
朝、千代の家の玄関の戸の立て付けを直しているテルヲを、千代は蹴り出す。小柄だがものすごいパワー。このとき、感じられるのは、一平(成田凌)は家の玄関の戸を直すこともしないこと。芝居と酒と女。それだけの人であることがわかる。戸を直すだけ、テルヲのほうがマシに見えてくる。
その頃、一平は、夜中に帰ってきて鍵もかけずに寝てしまっていた。成田凌の寝顔が美しいから誤魔化されてしまうが、実際、毎晩、酔って帰ってきて、家のことをなにもしない夫だったら、いらっとすることこの上ない。
でもやっぱりテルヲがうざい
テルヲは芝居の稽古場から、福富の喫茶店にまで現れ、千代を見守っている。お金もないし何もできないから見守ることと、「千代のこと、これからもよろしう頼んます」と皆に頼むことしかできない。痛々しい。老いぼれて、乞食になって、臭気を放っている身内がいるなんて、千代に恥をかかせるだけ。稽古場のルリ子(明日海りお)と香里(松本妃代)は、やや臭そうな仕草をしながら気をつかって我慢している。一方、喫茶店では客が一斉にニオイで逃げていく。衣裳とヘアメイクでなんとなく臭そうな雰囲気が出ているからすごい。
みつえ(東野綾香)から、千代は目下、稽古と家事で忙しくて、人並みの家庭の幸せを味わえていないと聞いたテルヲは、一平の行きつけの居酒屋に乗り込む。このときは誰も臭そうにしない。妻の夫と対峙するからちょっと身なりを整えてきたのだろうか。父のプライドとして。

一平としては、千代に、経済的にも、女優としての仕事にも、困らせていない自負はあるだろう。テルヲは一平と飲み比べで勝負して、圧勝する。みんなに囃し立てられながら、飲み比べしている場面の、ブルースハープの音色が哀愁あり過ぎ。低賃金で働きながら、ひととき酒で気分をまぎらわすしかない労働者たちの風景を彩った。
ここでは、嫌われ者同士、千之助(星田英利)と意気投合する。テルヲも華あるし、声大きいし、陽気だし、俳優になったらよかったのに。でもテルヲは、千代には「女優をやめろ」と言う。
「一平、何してんねん」
シズに呼ばれて、千代は、テルヲの余命があとわずかと知る。「悔いだけは残さんようにしなはれな」と言われて、凍てついた心が揺れる千代。家に帰ってくると、テルヲがちょこんと座っている。酔いつぶれた一平を運んで来たのだ。成り行きで飲み比べをしたと聞き、「病気のくせに」「成り行きで早死にしたらええわ」とキツい言葉をポンポン投げつける。
それを受けて「最後にちょっこと親父のマネごとをしてみたかっただけや」と言うテルヲ。続けて「おまん、役者辞め。こねな生活してて幸せなんけ?」「はよ子ども生んで、ええお母ちゃんになり」などと余計な助言をする。これが意外と図星なので千代はカチンとくる。福富でみつえの子どもを見て心から楽しそうに微笑んでいたから、本当は子どもが欲しいと思っているのだろう。
ふいに「気持ち悪い」と立ち上がった一平を「一平、何してんねん……」とまめまめしく介抱する声に一平への情がある。それは、長年暮らした男女の情。杉咲花がほんの一瞬にもかかわらず見せた、このどうしようもない、やりきれなさ。これこそ、杉咲花の真価である。ぐつぐつと感情を煮詰めて深い味にする、高性能の圧力鍋のような才能。
千代の女の情を目の当たりにしたテルヲが、亡き妻の写真を見る。ここが、72回のハイライトだ。千代と一平に、亡き妻と自分を重ねて見たのだろう。と同時に、千代はもう他人の妻なのだと思い知らされる。
この場面を単純に千代と一平の男と女の面を見ることもできるが、俳優同士である面として見ることもできるだろう。一平は、最初、寝たふりをしていた。
千代は千代で、父にあてつけるためにわざと、一平に優しくして見せているとも考えられる。一平と千代が俳優だからこそ、
ふたりの仕草は単純でない。そこが面白い。

お話としては、このような展開はあってもいい。だが、実際千代のような境遇の女性がいると考えた場合、あれだけ忌み嫌っていた父と同じような男性と結婚する不幸が痛ましい。成功体験を積み重ねないまま、同じ失敗を繰り返してしまう不幸。今度はうまくやると考えて同じようなシチュエーションにはまってしまう場合もあるらしい。
宗助、ただの役割だけでなかった
宗助が急に結石になって病院に担ぎ込まれたことで、テルヲの病が発覚するわけだが、入院した宗助の話に気もそぞろのシズに、もしや重病なのでは……と疑うことで、宗助にもオチがついて、よかった。この回は、千代とルリ子と香里の踊りのお稽古場面もひととき華やいでよかった。踊りの先生の教え方もリアルで。この手のシーンがもっとあるといいなあと思う。
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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■いしのようこ(富川菊役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■明日海りお(高峰ルミ子役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■坂口涼太郎(曽我廼家百久利役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami