『おちょやん』第16週「お母ちゃんて呼んでみ」

第79回〈3月25日(木)放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠 〉

朝ドラ『おちょやん』人間不信から悪事を働く寛治 買い物でなくしたお釣りもくすねたんじゃねーの疑惑
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

ひと芝居打つ千代

高城百合子(井川遥)小暮真治(若葉竜也)は警察に追われていた。

【前話レビュー】表現の自由を奪われた時代 小暮と高城百合子はソ連への逃亡を計画していた

千代(杉咲花)の家にも特高警察が捜索に来る。理想を掲げソ連に亡命したい百合子と小暮のエピソードと、居候している寛治(前田旺志郎)のエピソードをうまくまとめて、ありあわせの食材をぱぱっと載せたオープンサンドのような仕上がり。


2階の押入れを開ける特高の荒木(千葉哲也)。中には寛治が隠れていた。千代は寛治を軍のえらい人の隠し子だと言い、えらい人からもらったと階級章を見せる。百合子と小暮は押入れの奥にいて、寛治によって目くらましできた。千代の得意なほげた(口のうまさ)が生かされた。

よく咄嗟に思いついたなと感心する一平(成田凌)、何かと厳しい百合子も千代の堂々とした演劇を褒めた。愛国ものの芝居をやっていたから、衣裳の階級章も使えたのだった。愛国ものも役に立った。最初にごろっと人参を入れることですりおろした人参から気をそらす“カレー戦法”だった。この、二段構えを先にカレーで描いているところは技ありと思う。

カチューシャの唄

朝、一番鶏が鳴く早い時間に、旅立っていく百合子と小暮。そこにかかるのは「カチューシャの唄」のインストゥルメンタルバージョンだ。

「カチューシャの唄」は千代と百合子を結びつけた演劇『人形の家』を上演した演出家・島村抱月が作詞し、演じた女優・松井須磨子が歌ってヒットした唄(大正4年に発表)。
別れのつらさが歌われていて、歌詞には<せめて淡雪とけぬ間と><今宵ひと夜に降る雪の>など雪の描写がある。ふたりがやって来た夜は雪が降って、翌朝もすこし積もっていて、出発の朝もほんのすこし残っていた。情景と曲が見事に合った叙情性を加味したのは演出の力であろう。それと美術スタッフのいい仕事。

ドラマの序盤、百合子が出てきたときは、愛に生きた女優・松井須磨子がモデルではないかと思っていたのだが、ソ連亡命のエピソードは岡田嘉子を参考にしたようだ。岡田は、島村、松井と組んでいた劇作家・中村吉蔵の世話になった経緯がある。

松井にしても岡田にしても俳優としての活動の傍ら、激しい恋愛をして燃えるように生きた記録が残っている。高城百合子は
実在した思うがままに生き抜いた女性の象徴として描かれているのだろう。まさに彼女は太陽で、他者を輝かせる月と言われる千代とは真逆の存在である。

準備金が盗まれた

百合子と小暮が去ったあと、さらに事件が起る。15分で盛りだくさん。今度の事件は、公演の支度金盗難事件。「高城さんらとちゃいますか」と寛治は言うが、千代は否定する。


じつは寛治の仕業だった。人のせいにしてひどいやつだ。寛治はなかなかしたたかで、誤魔化すときにじつに落ち着いたしゃべりをしている。千代が役者に向いていると見込んだだけはある。そのあとすこし泳ぐ目に、嘘をついているのがわかる。前田旺志郎の嘘つきの芝居が明瞭。

朝ドラ『おちょやん』人間不信から悪事を働く寛治 買い物でなくしたお釣りもくすねたんじゃねーの疑惑
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』人間不信から悪事を働く寛治 買い物でなくしたお釣りもくすねたんじゃねーの疑惑
写真提供/NHK

彼の芝居に素直に騙される千代に苛立った寛治は、開き直って自分が盗んだと告白する。

寛治はなぜそんな悪事を働いたのか。人間不信である。

「そうやってええ顔して、きれい事並べているやつほど、ほんまは自分のことしか考えてへん」

父親がそうだったからと言う寛治。子供の頃は優しかったのに、寛治が子役として舞台に立つようになると、雑用ばかりやらせたまま亡くなった。そのせいで傷つきひねくれてしまった胸のうちを吐露する時間、ほぼ2分。
第78回で百合子の思想3分、第79回で寛治のトラウマ2分。凝縮されてるとはいえ、カップが小さく量が少なく、なんだか物足りなく思えるエスプレッソのようである。

優しかった父が芝居には厳しいからって、なんで、千代と一平もしょせん自分のことしか考えてないって話になるのか。なんでお金を盗むのか。寛治の心情と行動が無理やり過ぎだと思うけれど、それを寛治に指摘してもこじれるばかり。傷ついて人間不信になっている寛治には、誰もが敵に見えてしまうのだ。

それがわかっている千代は寛治の言うことをじっと傾聴する。ここにまた千代の良さが出ている。人の苦しみや悲しみをただただ受け止め包みながら、問題解決を考える千代。寛治の嘘も本当はすこしわかって芝居を仕返していたのかもしれない。

寛治のお父さんが最初は優しかったのに次第に厳しくなったのは、一平のお父さんと似ている気がする。お父さんの行動には寛治がわからない目的があったのではないか。
金曜日にはまたきれいに解決するだろうか。

支度金を盗んだ寛治。買い物に行ってお釣りをなくしたのもくすねたのではないか疑惑が沸いてくるが、そこには触れなかった。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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