
大切な人への思いを綴ったノンフィクション『逝ってしまった君へ』
声優としても文筆家としても活躍中のあさのますみ(声優としての名義は浅野真澄)が、大切な友人の突然の「自死」によって体験した出来事や感じたことを亡くなった「君」への手紙として綴ったノンフィクション【インタビュー前編】亡き友人への手紙を綴りSNSで大きな話題を集めた作家あさのますみの随筆『逝ってしまった君へ』が書籍化
亡くなるまでの心の動きを追体験するような感じ
──より長く詳しく「君」のことを書いていく作業の中で、改めて感じたことや気づいたことはありましたか?あさの 登場する人たちに文章に書く許可をもらわなくてはいけないので、まずは、一人一人に連絡をしました。その中の一人にクワっていう友達がいるんですけれど。
──友人の中で最初に「君」が亡くなったことを知り、他の仲間に連絡を回した方ですね。
あさの はい。「君」に関することをいちばん取りまとめてくれていたのがクワだったし、亡くなったときの第一発見者でもあったので、クワとは直接会って、どんなことがあったのかを細かく聞かせてもらって、ノートにまとめました。それに、お姉さまにも直接会ってお話を聞かせていただいたら、伺いたいと思ってた以上に詳細に教えてくださったんです。
私は「君」が亡くなったときに、すごく深く彼の「死」に関わったつもりでいたんですけど、第一発見者だったクワやお姉様は、捉え方も私とは違う部分があって。やっぱり、一人の人がそういう形で亡くなるのはとても大きなことだし、忘れられないような場面がそれぞれにあるんだということを感じました。
──「君」と深い縁のあった方、それぞれの立場での思いがあったのですね。
あさの それに、より深く思い返したことで、当時は辛すぎて直視していなかった自分の感情もより深く理解できました。遺書や、彼が書き残したメモなどの文章も手元に保管してあるんですけど、何回も読み直すうちに、すごく丁寧に書いてある日や、短く箇条書きになっている日などがあることに気づいて。
──最初は、筆跡の変化にも気づけないような心境だった?
あさの 最初に読んだときは、文字情報としてしか捉えられてなかったんです。でも、「この日は調子が良かったんだな」とか、「この時はすごく辛かったんだろうな」といったことを改めて感じて。亡くなるまでの心の動きを追体験するような感じがありました。
そうやって考えることで、見えてくるものもあるというか……。ずっと心の中でこんがらがっていたものが、ちょっとずつほぐれていって、あくまで私の想像の範囲を出ないんですけれど、「こういうことだったのかな」とか「こういうふうに考えたらいいのかな」って、思える部分が見つかったりもしました。長い時間をかけて徐々に整理がついていった感じです。
──真実の答えはご本人にしかわからないことですが、あさのさんにとって受け止めるすべが少し見えてきたわけですね。
あさの はい。あと、「君」はうつ病だと診断されていたんですけれど、うつ病に関する理解も私の中ではすごく浅くて。この本の中にも少し書いたのですが、人によっては心だけじゃなく体にも症状が出る病気で、動けなくなったり頭が痛くなったりなどということがあるらしいのですが、そういうことも全然知らなかったんです。
「君」が亡くなって以降、うつ病に関する本をたくさん読みましたし、同じ病気で苦しんだ経験のある人が話を聞かせてくれたこともありました。まだnoteの文章を書く前だったのですが、お茶をしながら、どういう感じなのかを聞かせてくれて、「自分のことを責めないほうがいい」などと言ってくださいました。
──それまでは、自分を責めてしまうことも?
あさの どうしても「私にできることは何かなかったのか」と考えてしまうし、「なんで、何も言ってくれなかったんだろう」とも考えてしまって。でも、その人が「うつ真っただ中のときは、こういう感じなんです」と、すごく細かく教えてくれて。ちょっとずつ理解が深まっていった感じでした。
文章として形にしようと思わなければ、辛さに負けて、そこまで知ろうとしなかったかもしれません。文章にしてよかったなと思っています。

価値観の似ている「君」とは、心の強度も同じだと思っていた
──本書の中であさのさんは、「君」が遺した文章を読んだり、いろいろな人の話を聞いていく中で、自分の知らなかった「君」の一面を知ったり、気づいたりしていきます。個人的な経験とも重なってすごく印象的だったのは、「君」から突然、別れを切り出されたときを回想している章での「君と私はきっと、心の形や強度がちがっていた。そしてそのことを、私はわかっていなかった」という文章でした。あさの 10代や20代の最初の頃は、傷つきやすいとか、人から言われたことを気にしやすいとか、そういう人がいるという発想自体がなかったというか。全員、自分と同じ心の強度だと思っていたんです。価値観が違うことはあると思っていたんですけど、強度的には均一だと思っていました。だから、価値観の似ている「君」とは、心の形も同じだと思っていたんです。
でも、声優を目指していろいろな人と会う中で、例えば、ダメ出しされたことをずっと引きずったり、スタジオで泣き出したりする人もいて。私はそういうことが全然なかったから、「あさのさんは、本当に打たれ強いよね」と言われたりして、「そうなの?」と思ったりしていました。
そういうことが重なって、ちょっとずつ人によって感じ方が違うんだなって思うようになったんです。でも、「君」と別れたときは、19歳だったので、彼自身のことを強いとか弱いといった目ではまったく見ていませんでした。
──強い弱いといった発想自体がないから、気づけなかった?
あさの そうかもしれません。だから「君」が亡くなった後、「どうして私はなにも感じ取れなかったんだろう」と、自分に対して不信感を抱きましたし、「私って、すごく鈍い人間なのかな」と思ったりもしました。
でも、知り合いの方から「自分が付き合っている女性に、自分の弱いところをそんなに見せたりはしないんじゃないかな」って言われたことがあって。それが真実かどうかはともかく、ほんの少しだけ気持ちが楽になりました。
アンカーのように私をつなぎとめてくれている存在でした
──「君」とは恋人関係ではなくなった後も、約20年の間、連絡を取り合い、時には会って話す関係だったそうですが、「君」から「声優・浅野真澄」や「文筆家・あさのますみ」としての活動について、感想などを聞く機会もあったのでしょうか?あさの 声優業や文筆業のことより、いつも会うと、真っ先に聞かれるのは「ご両親とは大丈夫なの?」ということでした。そのことをずっと気にしてくれていましたね。
──あさのさんは以前からラジオなどで、大学の奨学金を親に使い込まれたことなど学生時代の経済的な苦労についてもよくお話しされていて。僕らリスナーは不幸ネタの一つとして聞いていたのですが、本書の中で、実は当時の状況はもっとシリアスだったことも書かれていて驚きました。
あさの 深くは言ったことがないし、この本で初めて書いたから、読んだみんながどう思うんだろうってことは、少し気になっているんですけど(笑)。
「君」はそういう両親との関係や、キャバクラで夜のアルバイトをしたりなど苦しんでいたことも知っているので、「声優になれてよかった」とかよりも、「好きな仕事に就けて、お金の苦しみからも解放されてよかった」と喜んでくれている感じでした。たぶん、私が全然違う仕事に就いていても、それが私の好きな仕事だったら同じように「よかったね」と言ってくれていたと思います。
──そういった、人にはあまり明かしてこなかった悩みも共有できる友人としても、大切な存在だったのですね。
あさの 大学生の時も、夜に働いていることは周りの誰も知らなかったんです。
──バイトの日に夜の予定を聞かれたら、ごまかしたり。
あさの そうです。だから、当時、私は世界中に嘘をついているみたいな気持ちでした。でも、「君」がいてくれたので、この人にだけは本当のことを言っていれば、自分のことを見失わないで済むなと思っていました。
目標(金額)があって、そこの目標まで溜まったら辞めると決めていたんですけれど、「君」がいてくれたから、その目標を見失わないでいられた。船でいえば、アンカーのように私をつなぎとめてくれている存在でした。
苦しい気持ちが、少しでも明るい方に向かうといいな
──本書を執筆するにあたって、「こういう本にしたい」、あるいは「こういう本にはならないようにしよう」など、特に強く意識していたことはありますか。あさの 読み終わったとき、「明るい」というほどの気持ちにはならないまでも、鬱々とした気持ちのまま読み終わるんじゃなくて、ちょっとでも光が見えるような内容にしたいなと思いました。
あとは、本編にも書きましたが、「君」が亡くなったことに変な解釈を加えないというか。彼が遺した言葉を美化しすぎるのでも、雑に扱うのでもなく、大事に書きたいなという気持ちはありました。「cakes」で掲載できないと言われた後、小学館の編集者さんが声をかけてくださって、その時点で書いていたところまでを読んでいただいたのですが、「この文章には、あさのさんの祈りがこもってる」と言ってくれたんですよね。そのときに、たしかに、私のこの気持ちは「祈り」って言葉に近いかもしれないと思ったんです。
とはいえ、それをはっきりと文章の中に書くのではなく、読み終わったとき、いろいろな人の心にそういう気持ちが芽生えてくれたらいいなと思います。それぞれの心に、小さな明かりが灯るような一冊になっていたら嬉しいです。
──あさのさんの辿り着いた答えを押しつけるのではなく、何かの一助になればという感覚ですね。
あさの 「君」が亡くなった後、「じつは自分もこういうことで苦しんでいたんだ」といった告白をされることがすごく多かったんです。「あのとき、病院に行ったら、うつ病って診断されていたと思う」みたいな話をしてくれる人が大勢いて、辛い思いを抱える人の多さに驚きました。私と同じような立場に立たされた人も、おそらく、たくさんいるのだろうと思いました。
そういった人たちの苦しい気持ちが、少しでも和らぐといいなと思うし、そのきっかけになるような本になっていたらと思います。
──この本を書き終えて、以前の「頭の中の70%をずっと占めている」ような状況に変化はありましたか?
あさの さすがに、70%ということはなくなっていて。
例えば、「君」は、今の新型コロナが広まっている状況とかを知らないわけじゃないですか。それって変な感覚なんですよ。だって、ずっと並走するみたいに一緒に生きてきた人だから。「なんで、みんなマスクしてると思う?」って「君」にクイズを出したらなんて言うかな、と想像することも。想像した後は、必ず少し寂しくなりますけどね。
私はここから先、彼が生きなかった未知の未来を生きていくわけです。この先にあるものをしっかり見届けたい。「こんな世界だったよ」っていつか「君」に報告したい。そんな気持ちで日々を暮らしています。
──最後に少し変な質問になりますが、「君」はシャイな一面もある方だったそうですね。今回、学生時代のことなど、いろいろなエピソードが書かれた本が出版されるわけですが。もし、ご本人がそのことを知ったら、どんな反応をされたと思いますか?
あさの ある意味、保護者のように、私の人生が明るい方に向かっていくことを常に望んでくれていた人なので、この本が売れたら「よかったね」と喜んでくれる……のかなあ……? 売れなかったら、「俺、いろいろなことを書かれて、恥ずかしい思いをしただけじゃん!」って言われるかもしれないけど(笑)。何も言わずに読んで、そっと本棚のすみに並べてくれる……。そうだったらいいな、って思いますね。
※インタビュー前編はこちら
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丸本大輔
フリーライター&編集者。瀬戸内海の因島出身、現在は東京在住。専門ジャンルは、アニメ、漫画などで、インタビューを中心に活動。「たまゆら」「終末のイゼッタ」「銀河英雄伝説DNT」ではオフィシャルライターを担当した。にじさんじ、ホロライブを中心にVTuber(バーチャルYouTuber)の取材実績も多数。
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