朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第2週「1939-1941」
第10回〈11月12日(金)放送 作:藤本有紀、演出:安達もじり〉

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「今年が最後の夏なんじゃ」
「わし、あんこのことが好きなんじゃ」と勇(村上虹郎)が稔(松村北斗)とキャッチボールをしながら告白。あんこは安子(上白石萌音)のことに決まっているが、もしかして、「餡こ(甘いもの)が好きなんじゃ」という冗談で済ませるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。勇は本気で稔に宣戦布告していた。【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜10回掲載中)
勇は彼なりに、自分が唯一兄に勝てるキャッチボールをしながら兄を挑発する。本能的なのか作戦なのかわからないが、せいいっぱいの勇の強がりがいじらしい。
勇は次男だから何も期待されていないので安子との結婚も反対されないが、稔は長男で家を継がないといけないから安子との結婚はうまくいくわけがないと踏んでいた。ところが兄は受け取りそびれた弟の球を拾って、安子の家に挨拶に行ったと言い、今後も誠意を尽くして許しをもらう決意を語る。穏やかだが安子は譲れないという強い意思が見える。
ふたりのキャッチボールは続く。ボールがミットに当たる音が胸にずしりと響く。とはいえ、それで引く勇ではない。
「わし、今年が最後の夏なんじゃ。あきらめん。甲子園も。あんこも」
いささか悲しい話だが、兄弟がひとりの女性を巡ってある種の対立をすることと、国と国が覇権を巡って争う戦争が並行して描かれることはなんて皮肉なことだろう。
1941年、6月22日、ソビエトとドイツが開戦、12月12日になると日本とアメリカが開戦した(太平洋戦争)。その情報を安子たちが知るのはラジオを通して。時にあたたかく、時に知性的に世界を広げてくれていたラジオが不穏な淡々とした情報を発する。そして、太平洋戦争がはじまると共に、英語基礎講座が終わる。
第1回から第9回まで平和な世界が描かれてきた。「甘うておいしいお菓子を怖え顔して食べる人はおらんでしょう。怒りおってもくたびれとっても悩みょうおっても自然と明るい顔になる。それが嬉しいんです」(第5回。安子の言葉より)のように、無害なものに笑顔でいられた時がどれだけ幸福だったか思い知らされる。
今は、暗く寂しい世界が広がっている。
「最後の夏は終わったんじゃ」
思いは止められない。勇は、自分にとって唯一無二の武器である野球――甲子園に出て勝ったら安子に告白しようと思っていたが、戦争で甲子園大会が中止になった。勇が出ることのできる最後の大会が奪われた。監督(要冷蔵)からその報を受けた時の勇の表情。千々に乱れるというような心の震え。勇の顔が夏の陽炎で揺れる。その後、神社の柱にもたれかかった時の空虚な表情も迫真だった。しっかり鍛えられた肩が急にすぼんでしまったように見える。村上虹郎、ものすごく心を感じる良い演技をする。
何も知らない安子は、神社で、様々な祈り(すべて他者の幸福を祈るもの)をする中に「勇ちゃんが甲子園にいけますように」も含んでいたが、「最後の夏は終わったんじゃ」と聞いて動揺する。
ここで一度、勇は安子を抱きしめる。驚いてすぐに離れる安子。稔さんにもまだこんなふうに直接的に抱きしめられたことないのに!(第5回、自転車で転んで抱きとめられただけですよね) 勇のせいいっぱいの意地であり、弱さの発露であろう。強がりと弱さが入り混じり、衝動となって安子に向かう。吊り橋が何かの拍子にぐらりと大きく揺れてそのまま余韻が続くようにかすかに揺れる2人の心。稔に唯一勝てる野球を奪われてどうしようもない勇。未練を振り切るように神社を走って出ていく(この下から撮ったアングルがいい)。
それにしても安子、神社にお参りを欠かさないところが健気。神様はいるのかいないのかわからないけれど、良い方向へ(日向のほうへ)いくように祈り続ける心が大事だと思う。祈りとは誰かにお任せすることではなく、自分の意思を確認すること。どんなことがあっても希望を失わないこと。

ラジオ体操は……
吉兵衛(堀部圭亮)がラジオ体操は「日本全国津々浦々、この時間この放送に合わせて、規律正しゅう 国民総動員で挙国一致の精神を鍛えるんです!」と言っている。朝ドラも同じく? でも「国民総動員で挙国一致の精神を鍛える」のは感心しないかも。吉右衛門(石坂大志)がいつの間にか成長していた! これもまた人生の中で急激な変化があることの一例である。戦争もまたゆっくりひたひたと近寄ってきて、一気に転げ落ちるように戦況が悪化していく。100年間を見つめる『カムカム』は“時”について考えるきっかけになるドラマになりそうだ。
(木俣冬)
【前回の朝ドラ】『おかえりモネ』の全レビューを見る
番組情報
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
2021年11月1日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami