「蒼のカーテンコール最終章」は姫屋の物語

人気漫画家・天野こずえの描く優しく温かな世界を忠実に描いたアニメ『ARIA』シリーズ。2008年の春、原作の連載と綺麗に歩みを揃える形で完結したが、2015年にテレビアニメスタート10年目を記念した「蒼のカーテンコール」プロジェクトの一環として、新作『ARIA The AVVENIRE』(以降、『AVVENIRE』)が公開。多くのファンを歓喜させた。


人気作『ARIA』最終章公開 佐藤総監督「“持たざる者”としての描写が胸に響く」
12月3日(金)に公開される『ARIA The BENEDIZIONE』のキービジュアル。本作で物語の中心となる姫屋のウンディーネだけでなく、『ARIA』シリーズのメインキャラクターが勢揃いしている

さらに、6年後の今年3月、「蒼のカーテンコール」第2章として『ARIA The CREPUSCOLO』(以降、『CREPUSCOLO』)が劇場上映。本日12月3日(金)に「蒼のカーテンコール」最終章の『ARIA The BENEDIZIONE』(以降、『BENEDIZIONE』)が劇場で公開された。

水の惑星アクアの観光都市ネオ・ヴェネツィアを舞台に、ゴンドラを優雅に操る水先案内人「ウンディーネ」たちの物語を描いてきた『ARIA』。この最終章は、老舗の大手水先案内店「姫屋」の跡取り娘、藍華・S・グランチェスタと、業界トップのウンディーネで藍華を一人前(プリマ・ウンディーネ)に育てた師匠でもある晃・E・フェラーリ、そして、藍華が直接指導している半人前(シングル)のウンディーネ、あずさ・B・マクラーレンらを中心とした物語となっている。

姫屋の創業当時から存在し、歴代のトップ・ウンディーネに受け継がれてきたレジェンドゴンドラ。周囲の人々は、晃の次は、藍華が引き継ぐことを期待していたが、藍華には、その意志がない。
それを知ったあずさが理由を尋ねに行くと、藍華は「あれは呪いのゴンドラなのよ」と答えて……。

原作者による書き下ろしの新作ストーリーをベースに制作された本作について、脚本も担当した佐藤順一総監督にインタビュー。前編では、この作品が生まれるまでの経緯や、物語の中心となる藍華と晃について語ってもらった。

「藍華の昇格試験をちゃんとやるの?」と驚きました

――前作『CREPUSCOLO』と本作は天野先生の原作ネームを元に佐藤総監督が脚本を執筆する形で制作されているそうですが、本作の脚本作業は、前作の制作作業が終わったあとにスタートしたのでしょうか?

佐藤 『CREPUSCOLO』の脚本を完成させて、絵コンテの作業をしている頃に『BENEDIZIONE』の脚本も書きはじめたと思います。天野先生が描かれたネームが来てからの作業になるので、それが届いてから動き出した形でした。

――『CREPUSCOLO』の脚本作業が始まる前に、天野先生のネームが2本とも出来上がっていたわけではないのですね。ネームが届くまで、どんな内容になるのかは、まったくわからなかったのですか?

佐藤 その前の『AVVENIRE』が、漫画では描かれなかった先輩視点のARIAカンパニーの話だったので、漠然と「今度は、オレンジぷらねっとと姫屋を描くだろうな」とは思っていました。
でも、具体的なことは全然わからなかったので、『CREPUSCOLO』のネームが届いたときには「あれ? なんか、みんなで歌ってる?」と驚きましたし、今回も「藍華の昇格試験をちゃんとやるのかな」と驚きました(笑)。

――連載された原作の中では、主軸の3人、ARIAカンパニーの(水無)灯里、オレンジぷらねっとのアリス(・キャロル)、姫屋の藍華のうち、藍華だけは一人前のウンディーネ(プリマ・ウンディーネ)への昇格試験を受ける姿が描かれてはいませんでした。

佐藤 原作では描かれていなかったので、アニメ(『ARIA The ORIGINATION』第12話)ではオリジナルのシーンとして、藍華がスタンダードな内容の昇格試験を受けている様子をオープニングバックで流しました。今回、天野先生の描かれたお話は、まさにそのシーンをもっと濃くした内容になっていて、アニメでやった試験のシーンも活かす形で、描かれていましたね。

人気作『ARIA』最終章公開 佐藤総監督「“持たざる者”としての描写が胸に響く」
これまでに語られたことのない藍華と晃の過去のエピソードも描かれる本作。公開されている本予告も、晃の「さあ、姫屋の未来を占うプリマ昇格試験の始まりといこうか」というセリフから始まる

晃と藍華の「持たざる者」としての描写が胸に響く

――佐藤総監督は、本作の主人公とも言える藍華をどのような人物として捉えていますか? 親友の灯里やアリス、先輩、後輩たちとの比較も含めて教えてください。 

佐藤 藍華はいちばんニュートラルというか、視聴者にいちばん近い存在だと思っています。天野先生がよく話されますが、オレンジぷらねっとの二人(アリスと先輩のアテナ・グローリィ)は、どちらも天才なんですよ。


――ゴンドラの操舵技術の天才と、舟謳(カンツォーネ)の天才ですね。

佐藤 ARIAカンパニーの二人(灯里と先輩のアリシア・フローレンス)もある種の天才というか、「幸せの達人」みたいな人たちで、藍華や晃がどれだけ頑張っても手に入れられないものを持っている人たちなんですよね。だから、姫屋の二人は、折に触れて「私たちは何も持たされていない」と言っていて。実際、才能はあると思いますが、「持たざる者」としての描写がけっこう胸に響くことが多いんです。



原作にあって、テレビアニメ(『ARIA The NATURAL』第18話)でも描いたお話で、「アリシアのようになりたい」と言う藍華に向かって、晃が「お前はアリシアにはなれない。お前は、お前のままで良いんだ」といったことを言うんですね。
そのセリフのように、普通の人だからこそ響く言葉が姫屋のお話ではよく語られています。

――私も藍華や晃の物語にいちばん自分を投影してきたし、いちばん惹かれるのですが、佐藤総監督も「持たざる者」な藍華たちに自分を重ねることがあるのですか?

佐藤 僕らの世界にも、例えば、庵野秀明さんたちのような「あんな風にはなれないな」と思う天才がいるわけで(笑)。どちらかといえば、自分のことは凡人の括りに入れていることが多いです。そういう立場から見ていると、藍華の物語では、凡人だからこそわかるし、ずっと印象に残るようなセリフも多いですよね。

藍華も晃もしっかり者だけど、完璧超人ではない

――晃に関しては、どのように捉えていますか? 藍華とは似たところが多い印象もありますが。

佐藤 似た者同士の二人だと思います。『BENEDIZIONE』でも描かれていますが、晃は、藍華を引っ張り指導する立場で、藍華にとって晃はなくてはならない存在なんです。
でも実は、いつの間にか、晃にとっても藍華はなくてはならない存在になっていて。その関係が面白いなと思うんですよね。この二人は「そこまで一緒なの?」って(笑)。だから、この二人の関係性を見ていると、ちょっとあずさは入りにくそうですよね。

――藍華と晃の関係性を描くとき、特に意識しているポイントはありますか?

佐藤 二人ともしっかり者だけど、完璧超人ではないところです。晃って、カッコいいときにはめちゃくちゃカッコよくて、そういう場面では思いっきりスーパーな人として描くんですが、それを描いたら、ちゃんとプラスマイナスでイーブンになるように駄目なところも描くようにしています。
藍華も同じで、灯里やアリスに対して厳しかったり、「こうでなければいけない」みたいな自分の基準をしっかり持っている中で、緩いときはとことん緩いところもある。その振り幅がポイントになるのかなと思います。

――本作では、原作でもアニメでも描かれていない、ミドルスクール時代の藍華が描かれています。公式サイトなどで公開されている本予告にも登場していますが、現在の藍華とはかなり印象が違いますね。

佐藤 今の藍華とも違うし、もっと幼い頃の藍華の印象とも違うんですよね。テレビシリーズでも描いた話ですが、いろいろなものに対して目がキラキラと輝いていて、(『ARIA The ORIGINATION』第5話で)晃さんにクローバーの話をした頃の藍華と、今の藍華との間に、今回初めて描かれた闇に沈んだ目をした藍華がいるんです。

――そんな時期もあったのかと驚きました。藍華にそんな時代があったというのは、天野先生の描かれたネームに描かれていた内容なのですか?

佐藤 そのあたりの話がまさに今回、天野先生が新たに描かれたところです。

人気作『ARIA』最終章公開 佐藤総監督「“持たざる者”としての描写が胸に響く」
ミドルスクール在学中に姫屋へ入社した藍華は、自身の境遇や才能について悩み、笑顔を見せなくなっていく。そんな娘を心配した母の愛麗は、プリマ・ウンディーネに昇格したばかりの晃に娘のことを託した

キャラがレジェンドなので、キャストもレジェンドに

――今作では、姫屋のクイーン(総支配人)でもある愛麗・S・グランチェスタ役として、平松晶子さん。姫屋の伝説的ウンディーネで、現在は水先案内人ミュージアムの館長を務めている明日香・R・バッジオ役として、島本須美さんが出演されています。お二人をキャスティングしたポイントやアフレコスタジオでの印象などを教えてください。

佐藤 二人ともオーディションではなく、僕の方からリクエストしてオファーしてもらいました。藍華役の斎藤千和さんは、『ケロロ軍曹』で(日向)夏美というキャラクターを演じているのですが、その夏美のお母さん(日向秋)を平松さんが演じてくれていて。そのときの親子感がすごく良い感じだったんですよね。

人気作『ARIA』最終章公開 佐藤総監督「“持たざる者”としての描写が胸に響く」
後輩である晃、藍華と話す明日香。姫屋の歴史に名を残す伝説の元ウンディーネで、現在は水先案内人ミュージアムの館長を務めている。現役時代には、レジェンドゴンドラとともに活動していた

――『ケロロ軍曹』繋がりだったとは気づきませんでした。

佐藤 平松さんは柔らかいお芝居をされている印象があり、『ケロロ軍曹』のときもチャキチャキしたお母さんの中に柔らかさがあると感じていました。天野先生の描かれた藍華のお母さんは、毅然としていて少し厳しい人という印象があったので、平松さんがあの柔らかい感じで毅然とした演技をしてもらえたら、ちょうど良い感じかなと思ったんです。

ただ、実際にアフレコに来てもらったとき、僕が「毅然とお願いします」と伝えたら、無理に厳しくしてる人みたいに聞こえてしまって。「やっぱり、自然にお願いします」と伝えたら、印象通りのお母さんになりました。僕が間違えていましたね(笑)。明日香さん役が島本さんなのは、(ARIAカンパニー創始者の)グランマ役松尾(佳子)さんと同じ理由なのですが、キャラクターがレジェンドなので、キャストもレジェンドの方にお願いしたいなと(笑)。

――紛うことなきレジェンドです。



佐藤 明日香さんも厳しい人という印象があったのですが、島本さんに自然に演じてもらったら、グランマのような若者たちに優しい目線を持っているキャラクターになり、この明日香さんも良い感じだなと思いました。

たぶん、みんな「きっと次もあるよね」と思っている

――シリーズの延長戦とも言える「蒼のカーテンコール」も本作が最終章です。最後のアフレコということで、特別な雰囲気などがあったのでしょうか?

佐藤 コロナ対策の中での収録になったので、以前のように、みんなで一斉にスタジオに入ることができず、バラバラでの収録でした。いつもだったら、スタジオの中に『ARIA』の音楽を流して、みんなが集まったら紅茶を一杯いただいて、という感じで雰囲気作りをしていましたが、そういったことはできませんでしたね。

また、これまでは本番前のテストでは、決めのシーンでBGMを流していました。そこで(晃役の)皆川(純子)さんや、(アリア社長役の西村)ちなみさんは、泣いたりしていたんです。でも、それは時間がかかってしまうので、今回は行いませんでした。収録が終わった後、皆川さんが僕のところに来て、「監督、泣きませんでした!」と言われたのが、ちょっと悔しかったですね(笑)。

――いつもだったら絶対に泣いているわけですね(笑)。

佐藤 今回は音楽が無くても泣くかなと思っていたんですけど。音楽を流せば良かった(笑)。

――いよいよ、12月3日(金)に公開される『ARIA The BENEDIZIONE』を楽しみにしているファンの皆さんに向けてメッセージをお願いします。

佐藤 今回、描かれているのは、藍華たちのドラマではありますが、ネオ・ヴェネツィアのいつもの空気も変わらずにありますので、またネオ・ヴェネツィアに遊びに行くような気持ちで観ていただければと思います。原点回帰という意味も含めて、総決算のつもりで作り上げたので、何度も観ていただいて、その空気を感じていただけると嬉しいです。そうしていただけると、次につながることがあるかもしれませんし。

『ARIA』は、第1シーズンのときから毎回、「これで終わり」とか、「いよいよ次で最後」と言いながらも、ここまで続いてきましたので、今回もあまり最後感はないです(笑)。それも観てくれる皆さんがいるからこそですので、ぜひたくさんの方に観ていただけると嬉しいなと思っています。

人気作『ARIA』最終章公開 佐藤総監督「“持たざる者”としての描写が胸に響く」
公開1週目(12/3〜12/9)の入場者プレゼントは、原作者天野こずえ描き下ろしのミニ色紙。「灯里とアリア社長」「アリシア」「アイ」の全3種の中からランダムで配布される(数量限定)

――監督としては、次やりましょうと言われたら、「ぜひ」という感じですか?

佐藤 そうですね。ただ、我々で広げられる物語は限られているので、天野先生にお話を描いていただかないと、それもできないですけどね。天野先生が描いていただければ、また『ARIA』を作りたいって人たちが集まって来ると思います。今回の『BENEDIZIONE』に関して言えば、以前、『ARIA』を一緒に作っていた制作やアニメーターさんの中で、「やりたいんです」と言ってくれる人がすごくたくさんいたんですよ。『CREPUSCOLO』が公開されたときに、「え!『ARIA』の新作があるならやりたかった」と言ってくださって、その後『BENEDIZIONE』が制作中という話を聞いて、「ぜひ参加したいです」と手を挙げてくれた人もいましたからね(笑)。

――先ほど、アフレコの話をお伺いしましたが、キャストの皆さんからもまだ終わりではないような空気を感じましたか?

佐藤 はい。最後だとは思っていないでしょうね(笑)。皆さん「また会いましょう」みたいな空気感で帰っていきました。実際には舞台挨拶など、『BENEDIZIONE』のお仕事でまた会えるかもしれないのもありますが、たぶん、みんな「きっと次もあるよね」と思っているはずです。
(丸本大輔)

※インタビュー後編はこちら

作品情報

『ARIA The BENEDIZIONE』
2021年12月3日(金)公開

キャスト:斎藤千和 皆川純子 中原麻衣 葉月絵理乃 大原さやか 水橋かおり 西村ちなみ 広橋 涼 佐藤利奈 茅野愛衣 野島裕史 渡辺明乃 平松晶子 島本須美

原作:天野こずえ「ARIA」(ブレイドコミックス/マッグガーデン刊)
総監督・脚本:佐藤順一
監督:名取孝浩
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東葉子
美術監督:氣賀澤佐知子(スタジオユニ)
色彩設計:木村美保
撮影監督:間中秀典

音楽:Choro Club feat. Senoo
OPテーマ:「エスペーロ」牧野由依
EDテーマ:「ウンディーネ ~2021 edizione~」牧野由依
音楽制作:フライングドッグ
音響制作:楽音舎

アニメーション制作:J.C.STAFF
製作:松竹
配給:松竹ODS事業室

公式サイト:https://ariacompany.net/

(C)2021 天野こずえ/マッグガーデン・ARIAカンパニー

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Writer

丸本大輔


フリーライター&編集者。瀬戸内海の因島出身、現在は東京在住。専門ジャンルは、アニメ、漫画などで、インタビューを中心に活動。「たまゆら」「終末のイゼッタ」「銀河英雄伝説DNT」ではオフィシャルライターを担当した。にじさんじ、ホロライブを中心にVTuber(バーチャルYouTuber)の取材実績も多数。

関連サイト
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