最終章『ARIA』 佐藤総監督「10年先、20年先に『ARIA』が好きになった人にも繋がっていく」
「薔薇の女王」こと藍華・S・グランチェスタと、「真紅の薔薇」こと晃・E・フェラーリ。姫屋の二人のプリマ・ウンディーネを中心とした物語が描かれる『ARIA The BENEDIZIONE』

『ARIA』シリーズ最終章を佐藤順一総監督が語る

12月3日(金)から上映中の『ARIA The BENEDIZIONE』。2005年にテレビアニメとしてスタートした『ARIA』シリーズのフィナーレを告げる作品で、原作漫画でも描かれていなかった新たな物語が美しい音楽や映像とともに紡がれている。前作『ARIA The CREPUSCOLO』に続いて、脚本も務めた佐藤順一総監督のインタビュー後編では、終盤のストーリー展開などネタバレ要素にも触れながら、本作が生まれた過程をより深く語ってもらった。


【インタビュー前編】人気作『ARIA』最終章公開 佐藤総監督「“持たざる者”としての描写が胸に響く」

藍華は自分の評価を掴みきれないままきている

――ここからは、『ARIA The BENEDIZIONE』の内容について、ネタバレも気にせず語っていただければと思います。先ほど(前編で)も少し伺いましたが、天野先生が本作のために描き下ろしたネームはどのような内容で、佐藤総監督が脚本で膨らませたのは、どんな要素だったのでしょうか?

佐藤 原作としていただいたのは、藍華(・S・グランチェスタ)晃(・E・フェラーリ)の出逢いからプリマ・ウンディーネになるまでのお話の中で、これまでに描かれていなかった部分。ミドルスクール時代の話や昇格試験のシーンなどですね。レジェンドゴンドラに関するエピソードなどが脚本で加えたところです。

――レジェンドゴンドラのエピソードは、どのような流れで生まれたのでしょうか?

佐藤 『ARIA』を作るときには、ただお話として考えるのではなく、そこで描かれたものが『ARIA』という作品自体や、制作者、ファンの皆さんにも繋がるような物語になるといいなと思っているんです。今回、老舗の大手水先案内店「姫屋」を継ぐことに悩む藍華のお話を天野さんからいただいたとき、姫屋ができた初期、最初に作られたゴンドラ第1号みたいなものがあったとして、それがレストアを重ねて受け継がれていく中で、部品はどんどん入れ替わっていったとしても、歴史あるゴンドラと言えるのだろうかみたいなテーマを思いつきました。そこからは、わりとスムーズに一本の話が出来上がっていきました。


このテーマって作品全体としても繋がっていると思うんです。最初の『ARIA』(『ARIA The ANIMATION』)を作っていたスタッフやキャストも全員が残っているわけではないですが、今作っているこの作品は『ARIA』と言えるじゃないですか。

――そして、そんなゴンドラを受け継げる立場になったとき、藍華ならどうするかということを考えていったわけですね。

佐藤 素直には受け取らないだろうというのは、最初から確信していました(笑)。藍華は、「会社のみんなは『藍華さん』って言うけれど、自分が姫屋の娘だからそう言うだけで、誰も私のことを評価なんかしていない」と思っているところがあって。自分の評価をずっと掴みきれないままきているんです。
そんな藍華にとって、「姫屋のレジェンドゴンドラだから、あなたが引き継ぎなさい」という空気感で迫られるのは、本当に辛かったと思うんですよね。「私は、それを引き継げるような人間じゃない」と思っているはずなので。

最終章『ARIA』 佐藤総監督「10年先、20年先に『ARIA』が好きになった人にも繋がっていく」
プリマ・ウンディーネに昇格後、姫屋の支店長を任されることになった藍華。支店にはガーデンカフェもあり大忙しだが、直接指導しているあずさをはじめ、多くの従業員たちをまとめている

何かが変わりゆくとき、終わっていくものもある

――藍華の決断を不満に思う後輩のあずさ(・B・マクラーレン)がいろいろ働きかけるという導入の展開を観たとき、最終的に何かのきっかけで藍華の意思が変わり、レジェンドゴンドラを引き継ぐことになるのかなと思いました。しかし、藍華の決意は固く、逆にあずさの方が藍華の真意を知って納得することになりました。この物語の流れも、佐藤総監督の中では早い段階から固まっていたのですか?

佐藤 レジェンドゴンドラが引退して、ミュージアムに展示されるということも含めた流れについては特に迷ったりはしなかったです。何かが変わりゆくとき終わっていくものもあるわけで、そのことを否定したくはない。その先に未来がある、みたいなことは、わりといつも考えていることではあります。


――あずさが、尊敬する藍華にレジェンドゴンドラを受け継いでほしいと思った気持ちもわかる気はします。

佐藤 本人ではなく周りの人間が、「この人にはこうあってほしい」みたいな希望を持つことってよくありますよね。特に物作りとかをしていると、「この人には、こういうものを作ってほしい」とかあるんですよ。「サトジュンの作品で、ダークなお話とか観たくないです」って言われたり。僕は、そういうのも嫌いではないですけどね(笑)。

――水先案内人ミュージアム館長の明日香・R・バッジオというキャラクターは、アニメオリジナルのキャラクターかと思ったのですが、そうではないらしいですね。


佐藤 レジェンドゴンドラに関するエピソードを思いついた後、(『ARIA』の関連書籍の)『月刊ウンディーネ』に、水先案内人ミュージアムという施設のことや館長の明日香さんについて触れられていたので、「これだ!」と思い使わせてもらいました。施設としては、ヴェネツィアにある「海洋史博物館」か、小樽の「北一ヴェネツィア美術館」のどちらかをモデルにさせてもらおうということになり、最終的には小樽の方になりました。ただ、制作中は現地には行けず、送ってもらった写真から設定を起こしています。

最終章『ARIA』 佐藤総監督「10年先、20年先に『ARIA』が好きになった人にも繋がっていく」
12月3日(金)には公開初日舞台挨拶も開催。皆川純子(晃役)、中原麻衣(あずさ役)、葉月絵理乃(灯里役)、広橋涼(アリス役)、佐藤順一総監督、名取孝浩監督が登壇し、本作の見どころなどを語った

晃のお礼の言葉は、素直な気持ちがスッと出た

――本作は、前作(『ARIA The CREPUSCOLO』)と同じく、佐藤総監督が脚本を書き、名取孝浩監督がコンテを描くという形で制作されています。ご自身以外の誰かがコンテを担当する作品で、脚本を書くことは非常に稀だと思うのですが。脚本を執筆する際には、コンテを描くときのように映像でイメージが浮かんでいるのでしょうか?

佐藤 僕がシナリオを書くのが苦手なのは、まさに、その頭に浮かんだものを文字に起こすことがストレスだからなんですよね。絵として浮かんでいるのに、なんでそれを1回、文字で起こさなきゃいけないんだって。
それが苦手なこともあって、基本的には脚本を書かないんです。僕が脚本としてクレジットされている作品の多くは、大まかなプロットを書いたら、その後は絵コンテという形にさせてもらっているんです。

――『CREPUSCOLO』と『BENEDIZIONE』は、レアケースなのですね。

佐藤 コンテを描くのが(ずっと一緒に『ARIA』を作ってきた)名取君だからやろうと思いました。他の人だったら、イメージを伝えるためにどういう言葉を使えばいいのか悩みますけど、名取君だったら「まあ、こう書いとけばわかるよね。皆まで言わなくてもわかってくれるでしょ」という形で書けて、普通のシナリオとは違って、細かな説明とかは、かなり省いているんです。
名取君からは、(『CREPUSCOLO』のときに)「ギャグ顔かどうかくらいは、書いておいてもらえるとありがたいです」というオーダーがありました(笑)。



――佐藤総監督自身が特にお気に入りのシーンなどがあれば教えてください。

佐藤 いくつかあるのですが、もっともアッと思ったのは、藍華の昇格試験のシーン。最後、藍華が「自分が追いかけてきたのは晃さんなんです」と言った後、晃が(モノローグで)「クイーン、この愛すべき娘を私に託してくださったことを感謝します」とお礼を言うんですね。そこがすごく印象的で、あのセリフは、天野先生が描かれた原作にもないですし、シナリオにも書いてないんですよ。コンテをチェックしているとき、あそこのシーンに行ったら、晃さんがフワッと喋った言葉を、そのままコンテに描いたんです。素直な気持ちがスッと出たところが、すごく自分的にはしっくりきて、印象的だなと思っています。

最終章『ARIA』 佐藤総監督「10年先、20年先に『ARIA』が好きになった人にも繋がっていく」
前編でも語られた通り、似た者の師弟の藍華と晃。同世代の天才が親友かつ練習仲間という環境で、自分は特別な才能を持たないことを強く意識しながら、地道な努力で姫屋を代表するプリマ・ウンディーネになった

けっこうな数の『ARIA』好きが参加している

――タイトルの『BENEDIZIONE』は、イタリア後で「祝福」という意味ですが、どのようなイメージからこの言葉を選んだのですか?

佐藤 基本的には最終章として考えているので、いちばん相応しい言葉は何かなと考えていたときに、これかなと思いました。姫屋の話なので、「薔薇」とかもっと他の言葉もあったかもしれませんが、『ARIA』全体を象徴する言葉としては「祝福」なのかなと。『ARIA』を大好きなお客さんが劇場に集まって『ARIA』を観ている。その作品を作った人たちも『ARIA』が大好きという状況がもう「祝福」だと思ったんです。それでイタリア語を調べたら、すごく読みにくい言葉でした(笑)。

――試写でエンディングテロップを観たとき、テレビシリーズ第3期『ARIA THE ORIGINATION』で、非常に印象的なお仕事をされていたアニメーターの井上英紀さんの名前が原画の欄にあり、嬉しくなりました。井上さんも、先ほど(前編で)お話しされていた『ARIA』が好きで久しぶりに集まったスタッフの一人なのでしょうか?

佐藤 実際に誰がどのような形でオファーしたのか、僕は正確にはわからないのですが、たぶん、かつてのシリーズをやっていた制作からオファーがいったのかなと思います。その制作は、今回、名前は出せないんですけど、完全に裏方としてでもいいので『ARIA』をやりたいと言って参加してくれています。アニメーターさんの中にも、名前は出せないけどやりたいと言って、やってくれている人もいるんですよ。だから、明らかになっていないところにも、けっこうな数の『ARIA』好きが参加しているんです。

――そんな風に「最後の『ARIA』だから」と思って参加した人たちも、また『ARIA』の新作が作られることになったら、次も喜んで参加してくれるんでしょうね。

佐藤 きっと「絶対にそうだと思った!」って言いながら、参加してくれるでしょうね(笑)。

――この物語がどういった人に届けばいいと思っていますか?

佐藤 まだ原作が連載中の時に読みながら思っていたのですが、『ARIA』って途中からメッセージ性が強くなっているんですよ。これは僕の想像でしかないですが、漫画を描きたいと思って始めて、辞めていく人もいれば、辛くても続ける人もいる。そういった人たちをたくさん見てきた天野先生が、その人たちに届けられる言葉みたいなものを描いていたりするのかなと思いました。

ただ、そのメッセージは、普通に仕事をしている人や、学生の人にも届く言葉になっていて。だから、この『BENEDIZIONE』の中にある『ARIA』を好きな人に向けての言葉も、10年先、20年先に『ARIA』が好きになった新しい人たちにも繋がっていくのではないでしょうか。自分の考え方を少し変えるだけで、気持ちが楽になったり、生きやすくなったりすることはよくあって、『ARIA』はそういう考え方も提供してくれる作品だと思うんです。

――『ARIA』から学んだことはたくさんあります。

佐藤 でも、そういった言葉を大上段に構えて伝えたいというつもりはなくて。ぼんやりと、「みんなが少しでも、楽になるといいな」くらいの感じです。今回の話も、誰のどこに刺さるかはわからないですが、周りの期待があると、それに応えようとして自分を変えていくってことはあるかもしれない。でも、そうすることだけが正しいわけじゃないんだよ、とわかるだけでも、楽になる人はいるかもしれないですね。
(丸本大輔)

最終章『ARIA』 佐藤総監督「10年先、20年先に『ARIA』が好きになった人にも繋がっていく」
公開2週目(12/10〜12/16)の入場者プレゼント、天野こずえ描き下ろしのミニ色紙は、「藍華とヒメ社長」「晃」「あずさ」の全3種の中からランダムで配布される(数量限定)

作品情報

『ARIA The BENEDIZIONE』
大ヒット公開中

キャスト:斎藤千和 皆川純子 中原麻衣 葉月絵理乃 大原さやか 水橋かおり 西村ちなみ 広橋 涼 佐藤利奈 茅野愛衣 野島裕史 渡辺明乃 平松晶子 島本須美

原作:天野こずえ「ARIA」(ブレイドコミックス/マッグガーデン刊)
総監督・脚本:佐藤順一
監督:名取孝浩
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東葉子
美術監督:氣賀澤佐知子(スタジオユニ)
色彩設計:木村美保
撮影監督:間中秀典

音楽:Choro Club feat. Senoo
OPテーマ:「エスペーロ」牧野由依
EDテーマ:「ウンディーネ ~2021 edizione~」牧野由依
音楽制作:フライングドッグ
音響制作:楽音舎

アニメーション制作:J.C.STAFF
製作:松竹
配給:松竹ODS事業室

公式サイト:https://ariacompany.net/

(C)2021 天野こずえ/マッグガーデン・ARIAカンパニー

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Writer

丸本大輔


フリーライター&編集者。瀬戸内海の因島出身、現在は東京在住。専門ジャンルは、アニメ、漫画などで、インタビューを中心に活動。「たまゆら」「終末のイゼッタ」「銀河英雄伝説DNT」ではオフィシャルライターを担当した。にじさんじ、ホロライブを中心にVTuber(バーチャルYouTuber)の取材実績も多数。

関連サイト
@maru_working