『ARIA』佐藤総監督×名取監督「またやれたらという予感や気持ちはあった」<前編>
『ARIA』シリーズ最新作『ARIA The CREPUSCOLO』。前作『ARIA The AVVENIRE』まで監督を務めた佐藤順一が総監督。テレビシリーズで各話演出やコンテを担当し、前作で助監督だった名取孝浩が監督を務めている

『ARIA』最新作はオレンジぷらねっとが中心の物語

水の惑星アクアの観光都市ネオ・ヴェネツィアを舞台にした人気ヒーリングアニメ『ARIA』シリーズの最新作『ARIA The CREPUSCOLO』が3月5日(金)から劇場公開中。新たなキャストや、アニメオリジナルの新キャラクターを迎えて、全12巻で完結した天野こずえの原作漫画では描かれていない物語も展開していく。

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水の都でゴンドラを漕ぎながら観光案内を行うウンディーネ(観光水先案内人)の少女たちの夢と成長を追いながら、同じ志を持った仲間との友情や、先輩から後輩へと受け継がけていく思いなどを描いてきた『ARIA』。
作中には、ARIAカンパニー、姫屋、オレンジぷらねっとという3つの人気水先案内店が登場するが、本作は、オレンジぷらねっとに所属するアリス・キャロル(CV:広橋涼)、アテナ・グローリィ(CV:佐藤利奈)、アーニャ・ドストエフスカヤ(CV:茅野愛衣)を中心とした物語となっている。

エキレビ!では、先日公開したメインキャスト座談会に続いて、佐藤順一総監督名取孝浩監督の対談を実施。この前編では、『ARIA The CREPUSCOLO』誕生の経緯など制作時のエピソードをネタバレなしで語ってもらった。

また続編をやれたらいいなという気持ちや予感はあった

──劇場上映もされた『ARIA The AVVENIRE』以来、約5年ぶりの新作である本作が制作されることになった経緯などを教えてください。

佐藤 原作の完結に合わせて(2008年に)テレビシリーズが終わったとき、プロデューサーさんから、「この後も続編とか何らかの展開をしたい」と相談はされたのですが、天野先生が漫画で続編を始めるとか、原作サイドからお話の元になるものが提案されなければ、アニメ独自で始めるのは難しいですよね、という話はしていて。『AVVENIRE』のときは、天野先生の方から描いたまま発表せずに眠っていたというネタが出てきたので、「じゃあ、やりましょう」という感じになったんです。

その『AVVENIRE』は、(主人公の水無)灯里がARIAカンパニーに来てプリマに昇格するまでを描いた本編の中で語られなかった話という方向性の作品だったんですね。
であれば、姫屋とオレンジぷらねっとに関してもそういう話があるかもしれないし、天野先生からそういったお話のネタが出てくるのであれば、またやれたらいいなという気持ちや予感はありました。そうしたら、やはり天野先生から「こういったアイデアがあります」というネタが出てきたので、「また、やりましょう!」ということになったんです。

──名取監督は、企画参加の打診があったとき、どのようなお気持ちでしたか?

名取 『AVVENIRE』では、アーニャやあずさ(・B・マクラーレン)という新しいキャラクターが登場したものの彼女たちのドラマはあまり描けてはいなかったので。せっかく新しいキャラクターがいるのだから、(愛野)アイちゃんを含めた練習仲間3人組のドラマとかも作れたら楽しいなという思いはあったんです。自分の場合は、だいたい企画が固まってから話が下りてくることが多いのですが、お話をいただいた時には、楽しみだなと思いました。

──名取監督は、『ARIA』のTVシリーズで演出家デビューをされています。
やはり、『ARIA』という作品に対して特別な思い入れなどはあるのでしょうか?

名取 僕が初めて参加したのは2005年に放送された第1期(『ARIA The ANIMATION』)なのですが、それから15年間ずっと関わり続けているわけではなくて。「『ARIA』のアニメをまたやるよ」という時に声をかけてもらってやっている形なので、その間の期間は当然、別の仕事をやっているんですね。そうやってふと戻ってきた時に、「演出の仕事って、最初の頃はこんな風にやってたな」と思い出させてくれる作品というか。例えば、田舎から東京に出てきて仕事をしている人が、お正月とかは実家へ帰ったりするじゃないですか。あれに近い感覚があります(笑)。

『ARIA』佐藤総監督×名取監督「またやれたらという予感や気持ちはあった」<前編>
ARIAカンパニーの水無灯里は、テレビシリーズ第3期「ARIA The ORIGINATION」で、一人前のウンディーネ(プリマウンディーネ)に昇格。現在は、新米ウンディーネの愛野アイを優しく指導している

今まで作ってきた『ARIA』から外れないことは意識

──『AVVENIRE』では、佐藤さんが「監督」、名取さんが「助監督」でしたが、本作では、「総監督」と「監督」という役職に変わっています。名取監督は『ARIA』では初めて監督を務められたわけですが、作品作りに臨む際の心境などに変化はありましたか?

名取 僕が監督を務めるとしても、映画館に来てくれる人が何を観たいのかを考えると、まったく新しい名取流の『ARIA』が観たいわけではない。
今まで作ってきた『ARIA』から外れないことの方が求められているだろうということは意識していました。

──お二人の役割分担に変化はあったのでしょうか?

名取 音響周りのことは、これまでと同じく佐藤さんがやられていますし、僕は(絵作りの)現場の方を見るということも変わりません。では、何が変わったのかというと、これまでの場合、少し判断に迷ったときや、本当に重要なカット……1本につき10カットくらいは、佐藤さんに回してチェックしてもらっていたんです。でも、今回はそういうことを一切やっていなくて。絵的なことは全部自分のところで判断して、現場の人に対しても「ここはこうです」と言いきるようにしました。これまでよりも、現場監督的な責任を自分の方で取るようになった感じです。


あとは、コンテに関しても、これまでは佐藤さんと分担して描いていたのですが、今回はまるっと全部、自分の方でやっています。その上に佐藤さんの修正も入っていたりはするのですが。

佐藤 今回、僕にとって変化が一番大きかったのは、脚本をライターさんに発注しておらず、自分で書いたというところですね。

──なぜ、自分で書くことにしたのですか?

佐藤 天野先生の描かれた元ネタがあって、それをこういう方向で膨らませようというアイデアもあったので、それを急にポンと渡されて「こんな感じにしてください」と言われても、ライターさんも難しいかなと。継続して参加してもらっている作品ならともかく、数年ぶりに作る作品ということもあるので。それに、最終的な落とし所はコンテの段階で調整するしかない部分もたくさんある作品なので、こちらでやった方がいいのかなと。
シナリオを書くことは得意ではないから基本的にはやらないのですが、今回は頑張って書きました。

──コンテ担当が勝手知ったる名取監督だから、という気持ちもありましたか?

佐藤 それもありましたね。名取くんから断られたら、どうしようかと思っていました(笑)。例えば、『ARIA』の最初の頃や『たまゆら』でも、一応、「脚本」でクレジットされている回はありますが、あれって実はシナリオは書いていなくて。プロットまで書いたら、あとは(自分で)コンテで仕上げるというやり方をしていて。シナリオの形でまとめるのは、僕としてはけっこう大変なんです。
だから、名取くんみたいに、「ここまで書いたから、後は空気を読んでやってね」というやり方が通じる相手じゃないと、辛かったでしょうね(笑)。

──天野先生の元ネタは、どのような形式のものだったのでしょうか?

佐藤 たしか、最初はテキストベースのプロットようなものも見せてもらった気はするのですが。その後、天野先生と編集さんがディスカッションもして、いわゆる漫画のネームとして、ある程度、形になったものを見せてもらったんです。それを見て、「そういう角度の内容なのか」ということをつかみ、こちらも作業を始めました。

いちばん大事なのは、この独特の世界観を好きな人ということ

──川上とも子さんが演じていたアテナ・グローリィ役を、佐藤利奈さんが引き継いだことも本作の注目ポイントだと思います。アテナ役の新キャストを迎えることは、企画のスタート時から考えていたことなのでしょうか?

『ARIA』佐藤総監督×名取監督「またやれたらという予感や気持ちはあった」<前編>
オレンジぷらねっと所属のウンディーネで、現在はオペラ歌手としても活動しているアテナ。テレビシリーズ第1期から第3期までCVを務めていた川上とも子さんは2011年に逝去。本作から佐藤利奈が引き継ぐことになった

佐藤 今回のお話がどういう物語になるとしても、アテナさんを避けて『ARIA』を作ることはもうできないとは思っていたので、どなたかをキャスティングすることについては、ある意味、覚悟ができていました。

──どのような役者さんにアテナ役をお願いしたいと思っていたのでしょうか?

佐藤 まず声質的に(川上さんと)近い方で、できればドジっ子だといいなと思っていました。オーディションなどは行っていなくて、僕の中で「もしアテナ役をお願いするとしたら、この人かな」という候補が2、3人いた中から絞り込んでいき、最終的にサトリナ(佐藤利奈)さんにお願いした形です。演じる方の身になってみれば難しい話ですから、「できない」と言われることもあるとは思っていて。実際にサトリナさんも最初はちょっと躊躇されている感じではありましたが、こちらの思いなどを丁寧に説明をすることで、「やってみようかな」と思っていただけました。

──佐藤利奈さんは、ドジっ子なのですか?

佐藤 サトリナさんにお願いするにあたって少しだけ迷ったのは、ドジっ子ではないということなんですよね(笑)。しっかりしていて頼りになる役者さんなんですよ。でも、そういうところは、演技でカバーしてもらえると思ったんです。それ以上にいちばん大事だと思っていたのは、『ARIA』が持つ独特の世界観を好きそうな人ということ。もっと刺激のある作品が好きで、『ARIA』の世界観は生理的にピンと来ない人もいるじゃないですか。そういう人にお仕事としてやってもらうのは嫌で、演じた時点から「この世界、大好き!」となってくれる人であってほしいんです。

あとは、『ARIA』のキャストの中に入ったとき、その瞬間からずっと仲良しだったような空気のある人。ずっとそこにいた感じがして違和感のない人ということも、大きなポイントの一つでした。それに当てはまる人は、そんなに大勢はいないんですよね。

──それで候補が2、3人だったのですね。

佐藤 はい。サトリナさんはしっかりしているので、もちろん、強くて頼りがいのあるキャラクターもできるのですが、僕の大好きな『よんでますよ、アザゼルさん。』では、佐隈(りん子)さんという、ちょいダメ女のキャラクターもやっているんですね。おそらくサトリナさんの成分ではない「ダメ女」をしっかり演じられているのだから、たぶん、サトリナさん自身とは違う、ドジっ子でしっかりしていない先輩であるアテナさんのことも理解して演じてくれるはず。そういう幅は絶対に持っていると思ってサトリナさんにお願いしました。

──名取監督は、佐藤利奈さんの演じるアテナに対して、どのような印象を受けましたか?

名取 この業界で声優さんの演技を見ていると、当然、うまい方はいっぱいいらっしゃるんです。ただ、今回の佐藤さんの場合は、しっかりと役を引き継いでいて、しかもモノマネではないところに、うまさを越えた、いわゆる職人の技を感じました。声のスペシャリストというのは、こういうこともできるんだ、こんな技もあるんだと思って。ただただ感心していました。

『ARIA』佐藤総監督×名取監督「またやれたらという予感や気持ちはあった」<前編>
3月5日に「『ARIA The CREPUSCOLO』初日舞台挨拶」を実施。佐藤順一総監督、名取孝浩監督と、広橋涼(アリス役)、佐藤利奈(アテナ役)、茅野愛衣(アーニャ役)、葉月絵理乃(灯里役)が登壇した

伊東さんのやりたいように、やってもらおうという感覚

──本作は制作スタジオが「J.C.STAFF」に変わり、ある意味、同じ天野こずえさん原作の『あまんちゅ!』のアニメを制作しているチームが『ARIA』を作っているという捉え方もできると思うのですが。全体的な演出や作画の方針などについては、『ARIA』と『あまんちゅ!』はやはり重なるところは多いのでしょうか? それとも、大きく異なるところもありますか?

佐藤 『あまんちゅ!』と『ARIA』を比べて、何かが大きく異なることはありません。『ARIA』の制作体制が変わったことの中でいちばん大きいのは、(キャラクターデザイン&総作画監督の)伊東葉子さんの存在ですね。伊東さんは、天野先生の描かれる世界やキャラクターが大好きで、絵を描くことも大好き。『あまんちゅ!』も、伊東さんに寄りかかって作った感じはありましたが、今回もそれに重なる感じがありました(笑)。

名取 たしかに(笑)。

佐藤 仕事の合間に、『あまんちゅ!』や『ARIA』の絵を描くくらいお好きなんですよ(笑)。

名取 いろいろなアニメを作っていると、その現場を引っぱっていく人、「この作品を象徴するのはこの人だよね」というスター的な存在のいる現場もあるんです。今回は、完全に伊東さんがそうでした。僕が佐藤さんと一緒にやるとき、他の作品の現場では(絵作りに関しては)自分が「こういう感じで」とか指示を出すんです。例えば、総作監打ちとか作監打ちとかをやるときも、普通はコンテを見ながら、「ここは、こういう感じでお願いします」と総作画監督や作画監督に説明するんですね。

でも、今回の伊東さんとの打ち合わせの場合、「コンテを読んでいただけましたか?」「はい」、「何か疑問とかありますか?」「いえ、問題ないです」って、5分くらいで終わって。「あとはよろしく」という感じだったんですよ。逆に言うと、細かい指示を入れなくても大丈夫という確信があるくらい、お任せできる人。伊東さんのさらにすごいところは、キャラクターだけではなくて、作中に出てくる食器とかケーキまで指定がくるんですよ(笑)。

佐藤 食べ物へのこだわりもすごいんです。料理アニメ(『食戟のソーマ』料理設定などを担当)もやっていて、美味しそうな食べ物を描くスキルも持ってますからね。

名取 コンテを描く前に「こんなケーキが出たらいいなあ」と言いながら、美味しそうな絵が来るので、出さないわけにもいかないですよね(笑)。そういうところも含めて、絵に関して総合的にお任せできちゃう。それは、今まで作ってきた『ARIA』とは違うところですね。

『ARIA』佐藤総監督×名取監督「またやれたらという予感や気持ちはあった」<前編>
オレンジぷらねっと所属の新米ウンディーネであるアーニャが幼なじみのアレッタとカフェでお茶をするシーンには可愛くて美味しそうなケーキが登場。伊東総作画監督のこだわりは、細部にまで及んでいる

──技術と作品愛と情熱を兼ね備えている方なのですね。

名取 だから、佐藤さんには申し訳ないけれど、自分的には「もう伊東さんのやりたいように、やってもらおう」という感覚でした。

佐藤 それでいいと思います(笑)。

名取 絵的なことを言えば、レイアウトなどは自分も見ていますが、伊東さんの比重はすごく大きくて。例えば、この作品における責任を三等分するとしたら、音響関係は佐藤さん、レイアウトとか撮影とかの細々したことを見るのは自分で、絵に関わる部分については伊東さんが「監督」と言ってもいいくらいだと思います。

佐藤 正しい意味での「作画監督」ですよ。

【インタビュー後編】『ARIA』佐藤総監督×名取監督「強いアテナさんの姿が出てきたこともいちばんの驚き」

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作品情報

『ARIA The CREPUSCOLO』
全国公開中

【CAST】
アリス・キャロル:広橋涼
アテナ・グローリィ:佐藤利奈
アーニャ・ドストエフスカヤ:茅野愛衣
まぁ:渡辺明乃
水無灯里:葉月絵理乃
アリシア・フローレンス:大原さやか
愛野アイ:水橋かおり
アリア:西村ちなみ
藍華・S・グランチェスタ:斎藤千和
晃・E・フェラーリ:皆川純子
あずさ・B・マクラーレン:中原麻衣

原作:天野こずえ「ARIA」(ブレイドコミックス/マッグガーデン刊)
総監督・脚本:佐藤順一
監督:名取孝浩
キャラクターデザイン・総作画監督:伊東葉子
美術監督:氣賀澤佐知子(スタジオユニ)
色彩設計:木村美保
撮影監督:間中秀典
音楽:Choro Club feat. Senoo 
OPテーマ:「フェリチータ」安野希世乃
EDテーマ:「echoes」安野希世乃
音楽制作:フライングドッグ
音響制作:楽音舎
アニメーション制作:J.C.STAFF

製作:松竹
配給:松竹ODS事業室
(C)2020 天野こずえ/マッグガーデン・ARIAカンパニー

【公式サイト】
https://ariacompany.net/
【公式Twitter】
@ARIA_SENDEN

Writer

丸本大輔


フリーライター&編集者。瀬戸内海の因島出身、現在は東京在住。専門ジャンルは、アニメ、漫画などで、インタビューを中心に活動。「たまゆら」「終末のイゼッタ」「銀河英雄伝説DNT」ではオフィシャルライターを担当した。にじさんじ、ホロライブを中心にVTuber(バーチャルYouTuber)の取材実績も多数。

関連サイト
@maru_working