【写真】『ドライブ・マイ・カー』がカンヌ4冠・西島秀俊×鬼才監督・濱口竜介
――村上春樹さんの淡々とした語り口の短編集が原作で、上映時間は実に2時間59分。そう聞くと、観る側にもそれなりの気合が必要と言うか、商業映画としてはなかなかにチャレンジングな作品だな、というのが第一印象でした。
濱口 そうですよね。昔に比べて集中して映画を観られなくなっているというのは、僕自身の実感としてもあるので、上映時間に思わずひるんでしまう、という気持ちはすごくよくわかります。ただ、映画館で映画を観るという体験においては、この約3時間という尺が長すぎるかと言ったら、必ずしもそうじゃない。(クエンティン・)タランティーノの作品あたりもそうですけど、実際に観てみたら、長さを感じない濃密な時間というのは、やっぱりあるし、そういうものを目指しています。
――確かに、作品を拝見するとまさに“濃密”という言葉がしっくり来ました。巷では“ファスト映画”なども社会問題となっていますが、あらためて、映画体験って本来こういうものだな、と。
濱口 実作業をするこちらとしても、出来上がったものが3時間になったときは「なんてことだ!」と、やっぱり青ざめるわけですよ。でもこの作品に関しては、プロデューサーの定井(勇二)さんが「これ以上、切る必要はない」と腹をくくってくれた。いちばんリスクを負っている人から、確信をもって「この映画はこの時間で、商品としても勝負できる」と判断してもらえたというのは、僕としてもすごく自信にはなりました。
西島 濱口監督の作品は、最初の『PASSION』はもちろん、『寝ても覚めても』も本当に衝撃的で。
――撮影現場では、劇中劇の稽古シーンにも描かれている、独特な“本読み”も実際に行われていたとか。西島さんのおっしゃる“ケタ違い”というのは、そういったあたりからも?
西島 一般的な本読みというものは、それぞれの役者さんがお互いの距離感を測ったり、確かめあったりするためにやるものですが、濱口組のそれはまったく違う。理屈としては、感情を込めずにひたすら読み続けることで、相手のセリフも含めたぜんぶが自然と頭に入るようになる。本番でそこに感情がこもると、それまでにはなかった新鮮な驚きや発見が得られる……ってことだと思うんですが、なんて言うか、それ以上に不思議な感動があるんです。よく知っているはずの人からまったく違う一面を急に見せられるような、隠されたものが目の前で明らかになるような、あれはもう、ちょっとした“魔法”でしたね。
濱口 その感覚は役者さん同士で最も強く感じるものと思いますけど、役者さんから、その人自身とはまた別の“得体の知れない何か”が現れるというのが、演技というものの面白さでもある。そういう意味でも、家福という役柄を西島さんに演じてもらえたのは、本当によかったと思っています。僕のなかでの西島さんは、“たたずむ力”のある人。
――ところで、劇中でもある意味、主役級の存在感を放っているのが、家福の愛車である、真っ赤な『SAAB 900』。とりわけ、エンジン音の小気味よさはすごく印象的でした。
濱口 それは『寝ても覚めても』でも整音を担当してくださっている野村(みき)さんというミキサーの方のおかげです。もちろん、現場の録音が素晴らしかったというのもありますが、セリフや音楽と、その他のノイズとのバランスは、彼女の手によるところが大きい。なかでも車はいちばんの中心にあるもの。僕としても、すごく心地よい音にしていただいたなと思っています。
──『SAAB 900』と言えば、すでに生産が中止されている80年代のヴィンテージモデル。公道を実際に走らせての撮影には大小の困難もあったのでは? と想像しますが。
濱口 これは正直、ありましたね。コロナの影響で、劇中では2年前にあたる前半部分でいったん撮影を中断するタイミングで、西島さんのお芝居部分を撮り終えて、「ちょっと車の実景を撮りましょうか」となったタイミングで、血を吐くように赤いオイルが車から漏れだして。
西島 あれは確かにちょっと感動しましたよね。
濱口 北海道での撮影時にもチョロチョロと漏れていて、本当に満身創痍で(笑)。なんとか限界まで頑張ってくれましたけどね。
──ちなみに、お二人は車に対して、家福のような特別なこだわりはありますか?
西島 僕もめちゃめちゃ詳しいってわけじゃないですけど、「この車はたぶんこういう思想をもって作られてるんだろうな」っていうことを感じさせてくれる車は面白いなと感じます。乗っていてワクワクする車もあれば、なかなか思いどおりに操縦させてくれない車もある。それぞれによさがあるし、個人的には乗ればどんな車でも楽しいと思っちゃうタイプではありますね。
濱口 実際、撮影でもたくさん運転していただきましたが、西島さんの運転は本当に見事なものでしたよ。僕自身は、免許を持っているだけでほとんど自分では乗らないので、車に関しては何もわかっちゃいないんですが(笑)。
――ついつい脱線してしまいましたが、では最後に西島さんから、これから作品を観る読者に向けてひと言メッセージをお願いします。
西島 冒頭の“尺”の話に戻ってしまいますが、ある程度の密度と質量を持った作品なら、それがどんなに大長編であっても、さほど時間は気にならない。『ゲーム・オブ・スローンズ』や『ウォーキング・デッド』のような人気の海外ドラマシリーズも、一気にぜんぶ観るとなると膨大な時間になりますよね。
(取材・文/鈴木長月)
ヘアメイク:亀田 雅・スタイリスト:カワサキ タカフミ(西島秀俊)
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