ネットでの連載が好評を博したことで、『敗北からの芸人論』(新潮社)を上梓した平成ノブシコブシ徳井健太。その愛ある芸人考察は、2020年に吉本芸人への愛を一冊にした東野幸治からも後継者としてお墨付きだ。
千鳥、かまいたちなどの売れっ子芸人から、衝撃を受けた渡辺直美の存在、人気急上昇中のオズワルドなど、徳井が劇場や共演で観て来た、才能ある芸人が絶望から這い上がる姿を、その熱い文章とは裏腹に淡々と語った。(前編後編の後編)

【前編はこちら】芸人考察本が増刷・平成ノブシコブシ徳井が語る「絶望から這い上がった芸人の生き様はカッコいい」

【写真】愛ある芸人考察に定評がある平成ノブシコブシの徳井健太

——『敗北からの芸人論』(新潮社)には、幼少時代や芸人時代に負けを経験した人の挫折や苦悩、覚醒の状況がこれでもかと書かれています。

徳井 負けを経験したことのある人以外は書いていないです。強いて言えばハライチかな。でもハライチもコンビ格差があってからの成功で、ニューヨークも最初は売れてなかった時期もあった。(本に取り上げた)21組のなかでは5GAPがまだ売れていないけど、彼らもここからチャンスの状態になっていますし。人より面白くてエリートなのにどこかでくじけて、くじけたまんま終わらないで立ち上がって、前よりも面白くなっているという人たちを書いているつもりです。

——「沼地で溺れて這い上がり、上へ上へと進もうとしている人」という表現をされています。

徳井 溺れてからのほうが強くなりますからね。溺れずにずっと平穏にいってもそんなに面白くはならないでしょうからね。

——劇場やテレビを観ていて、「今は溺れているけど、絶対に這い上がってきそう」みたいな芸人はやはり目につきますか?

徳井 うーん、生意気な話、「壁が来ちゃったときの対処法」のほうが思いつきます。例えば、ダイタクは売れると思うんですけど、いまはまだ、大阪の劇場で尖っていたときの笑い飯さんぐらい尖っていて可愛げが映りづらい。
だから世話になった後輩が、「こんな風に見えますけど、ダイタクの大はこんなところがダサくて」とか、「拓はこんなところがカッコ悪いんです」と言われることで初めて可愛げが出て、世間から認められていくんだろうな、みたいなね(笑)。単純にネタだけで売れるほど甘くはないので。

——人となりが乗っかるということでしょうか?

徳井 それしかないでしょうね。先輩やスタッフさんは人間性じゃないと笑わないですから。俺らは面白いんだというプライドだけ背負っているのが一番ヤバい。それだったら俺はスベったほうがいいと思う、売れたいならね。余計なおせっかいですけど(笑)。

——本を上梓するにあたり、オズワルドさんを書き下ろしていますが、彼らを選んで書いた理由は?

徳井 オズワルドは初めて漫才を観たときから独特で面白かったのに、「全然仕事がこない」と言っていたので、あんなに面白いオズワルドが売れないのかと思っていたら、2、3年たった今こうやってスターになっていて、自分の見る目があるよねと(笑)。あとは、ちょっとうちらのコンビと似ているような気がしたんです。

——と、いいますと。

徳井 オズワルドはもっと売れて行くコンビで伊藤(俊介)は即戦力だからMCもやっていくと思うけど、畠中(悠)が自分を出し切れないまま、いわゆる「芸能界一周旅行」が終わるかもしれない。畠中がどうしたらいいか分からなくなっていくときに、畠中が褒められた経験とかを書いておきたかった、それが大きかったかな。
(オードリーの)春日(俊彰)も同じタイプだと思いますが、できすぎる人間の横にいると対比するように奇人になるしかないんでね。でも、沈んでからが勝負だと思います、オズワルドも。

ここから4、5年経って雲行きが怪しくなってきたときからのひと踏ん張りを、「あのとき、徳井さんも言っていたもんな」と思ってくれたら嬉しいですね。

——書かれた芸人さんから感想は届いていますか? 

徳井 (相方の)吉村(崇)とはなかなか会わないからなー(笑)、でも連載時に原稿は読んだみたいで、恥ずかしそうにしていました。濱家(隆一)は、「涙が出そうになる、嬉しい」って言ってくれました。かまいたちが一番書きづらかったかもしれないですね。濱家も山内(健司)も若手時代は相当尖っていたんですが、その尖りをかなりマイルドにして東京に来たと思うんです。でもそんな裏話を書いちゃうと、彼らの邪魔になるとも思ったんですけど、かまいたちの凄いところはそこだと僕は思ったので、なんとかうまく書いたつもり。

ネタが面白くてセンス抜群のふたりが東京に乗り込んできたと思われがちですもんね。でも、フジテレビのコント番組で一回コケているからこそ、今の二人がいると思っているんですよ。

——刺さる言葉を皆さんが持っていて、それを徳井さんが文章で伝えてくれた。加藤浩次さんの言葉も刺さりました。


徳井 加藤さんは凄かったですね。加藤さんほどぶっとい人間はなかなかいないですから。小籔(千豊)さんも加藤さんの番組に出たときに、「加藤さん凄いな、MCとしてぶっといなぁ」って。ナインティナインという人の横で、20年間劣等感の元にやってきたというのは伊達じゃないですよね。

——加藤さんの言葉で、「比較論では人は幸せになれない」とあったのが印象的で。

徳井 気付いたんじゃないですか、道中で。実は比較論のくだりは加藤さんが吉村に言った言葉なんです。でも、吉村が人と比較したからこそ、今の吉村がいるとも思うんです。背伸びし続けて本当に身長が大きくなったというね。

——吉村さんへの感謝も本に書かれていますね。

徳井 年取ってからですよね。若いときはお互い殺意しか覚えてなかったですから(笑)。
まぁ、親の葬式で久々に会った兄弟が意外と仲良くなっていた感じで十分かなと思っているので。

——確かに、コンビを「兄弟」に例えられていて。

徳井 姉妹は仲がいいところが多いんでしょうけども、兄弟って微妙な関係も多いですよね。喋らない姉妹ってあまり聞かないじゃないですか (笑) ?

——ちなみに今、勢いがあると思う若手芸人を挙げるなら?

徳井 圧倒的に真空ジェシカじゃないですか? あとはどこまであいつらがテレビにアジャストしてくるかだけだと思います。もう、お笑い能力はたぶん若手では群を抜いている。自分らの尖りを世間に合わせてどれだけマイルドにしてくるかだと思うんですけど、本気でいけば近いうちに『M-1』も優勝するんじゃないですかね。

——『ゴッドタン』の「腐り芸人セラピー」然り、熱い言葉と的確な考察で、芸人に美味しいコーヒーを淹れ続け、今後のコラムも期待しています。

徳井 ありがとうございます、観続けないとね。

取材・文/富田陽美

▽徳井健太
1980年、北海道出身。NSC東京校5期出身の同期であった吉村崇と2000年、お笑いコンビ『コブシトザンギ』を結成、その後コンビ名を『平成ノブシコブシ』とする。2005年には、ピース、ハイキングウォーキングら若手ユニット「ラ・ゴリスターズ」で当時は男前コンビとしても活躍。『ピカルの定理』(フジテレビ系)などのコント番組、数々のバラエティ番組に出演。
芸人愛には定評があり、近年では、『ゴッドタン』(テレビ東京)の「腐り芸人セラピー」で、心に闇を抱え孤独の中で腐ってしまった芸人たちに的確な考察と熱いメッセージで視聴者から大好評を博している。
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