広末涼子のものまねで人気を博し“かわいすぎる女芸人”として活躍した、おかもとまり。先日ABEMAの恋愛バラエティ番組に出演し、今も変わらず“かわいすぎる”姿を見せ、話題を呼んだ。
彼女は2018年にものまねタレント活動を実質上引退し、現在は映像制作を軸とした様々な活動を展開中だ。華々しいデビューの裏側から、結婚・出産、大切な人との別れ、そして現在の仕事を始めるに至った経緯について、真摯に語ってもらった。

【写真】元“かわいすぎる女芸人”、おかもとまりの撮りおろしカット【12点】

「『自分が生きていく道は、1つじゃないんだ』と、強く思う出来事があったんです」

2013年、おかもとはある経験を通じて、想いを強く抱くことになる。自分が求められることに100%で応えたいと気を張り続けるも、思うようにうまくいかない。バラエティでのある行動が炎上に繋がり、ネットでの心無い言葉を見かけるようになる。そうした日々の積み重ねに心が引き裂かれそうになったある日、ロケ先で訪れた北海道のある居酒屋の女将さんに「何かあればここで働きなさいよ」という言葉をもらう。
何気ない一言が自分の心を軽くした。

「そうか、その生き方もありかも……と考えたとたん、ふと『なんで“こうじゃなきゃいけない”と縛られていたんだろう……今いる世界がすべてじゃないんだ』と、目の前が晴れたんです」

そしてもう1つ、自ら命を絶ってしまった大切な友人への想いだった。

「本当に優しく真面目な子でした。でも私はあの子の痛みに気づけなかったんです。私が気づいた“生きる道は1つではない”ということを友人に伝えられたなら、もしかしたら今もあの子は生きていたのかな?って、すごく考えてしまったんです」

友人への後悔は、今を生きる誰かにこの想いを届けたいという形へと変わった。では、どうすれば届けられるか?色々と考える中で、たどり着いたのは映画にして届けるという答えだった。


「ステキな俳優さんたち、ステキな脚本、それを全部1つにまとめて形にすれば、より多くの方に届いて、つらい想いをする人の助けになるんじゃないかなって。幸い制作について間近で学べる環境にいる。少しでもこの恵まれた今を最大限に活かすことが、今の私にとって一番大切だと思ったんです」

そう気づいてからは早かった。自らの手で、映画の企画書を書いて制作会社へ持ち込む日々が始まる。おかもとのメッセージに共感した制作会社とともに、その想いは『青の帰り道』という作品として形となった。2018年末に公開された本作は、2022年には台湾でも上映される。
おかもとの願い通り、彼女のメッセージは海を渡り、広く多くに届けられることになる。

少しずつタレント外での仕事を広げるなど、新たな一歩を進み続ける2015年ころに、知人を通じて知り合った男性と結婚、子どもも授かった。「温かい家庭を持ちたい」という、子どもの頃からの夢が叶った。

「この頃はタレントでいる自分が、普段の自分でしたので、家庭を持つことの方が遠い世界になっていたんですよ。まさか自分がママになれるとは、当時思いませんでした(笑)」

映画製作を進めつつ、コスメのプロデュースや写真展など、本来やりたかった活動へと気持ちが向かうと同時に、タレントとしての自分への違和が次第に強くなっていった。漠然と「30代を前に独立したい」という想いが芽生え、2016年には長年世話になった太田プロを退所、自ら会社を立ち上げ個人活動へとシフトしていく。


タレントとしてはまさに旬ともいえるだろう年齢での新たな門出、不安はなかったのだろうか?

「全くありませんでした」とニコリと笑みを浮かべ答えた。

いわゆる「ママタレ」へのシフトという選択肢もあったはずだが、おかもとは「ママタレは自分には絶対にムリだと、独り言のようにつぶやいていました」と、さわやかに否定した。

「なぜって、辻希美さんに勝てる要素が1つもない(笑)。辻さんほど完成された方に並ばなければ、仮に少しだけ成功したとしても長続きはしないでしょうし、無理がたたるだろうなと思いました」

夢であった幸せな家庭を持ち、自らのやりたかった仕事へ従事、映画製作も着々と進む、まさに充実の日々……のはずだった。

「良い母親でいなくちゃ!仕事も頑張らなくちゃ!と、自分の脳と心と体に素直になりすぎて、ちゃんと休めていなかったんです」

日々の疲れの積み重ねが岡本の心を蝕んでいった。2018年、精神疲労の限界を迎え精神病棟への措置入院が決まる。


「実は入院翌日に仕事が入っていたのですが、勝手に『もう引退します』とSNSで発信してしまって。そうした判断がまともにできないぐらいピンチな状態でした」

おおよそ3ヶ月にわたる入院は過酷そのものだった。入院中に離婚が成立し、仕事に着手できず愛する息子たちにも会えない孤独な状態で、自分を見つめなおす日々を過ごす。

「入院生活中に本当に全てがなくなりました、本当にゼロとしか言えなくて」

だが、つらいばかりではなかった。全てを失ったからこそ、気づけたこともあったという。

「息子の存在、息子への愛1つに救われたんです。
その時に、『愛とは“捧げるもの”なんだな』と強く思ったんです。これまで『人に良いように見られたい』と欲や期待をもって生活してきました。けど、そうした見返りを求める生き方って、何も返ってこないとつらくなるだけ。けど、息子は常に自然と私に笑顔をくれる。その息子のためだけに私は愛を送り続けよう。それ以外はもういらないと考えたとたんスッと心が軽くなって、人にも自分にも優しくなれるんだと気づきました。この気づきを私の息子にちゃんと伝えたい。そして、“愛すること”に悩む子ども・大人に伝えたいなと思ったんです」

まるで生まれ変わったような気分になった。「愛とは“捧げるもの”」をテーマにした作品の企画を練った。そうして生まれたものが、YouTubeで公開中のアニメ『ウシガエルは、もうカエル。』だ。大切な家族のために無償の愛を捧げるウシガエルの物語は、まさにおかもとの想いが見事込められていた。

現在も次なる作品についての案を巡らせているという。題材・テーマは変われど、“誰かの生きる力になれる作品”を作りたいという想いは通底している。

「私が過去に痛い経験をしたのは、誰かを救うための経験だったんだろうなって。それならば、その経験を活かすほかありません。もう、自分が何かをすれば助けられたかもしれない、と後悔したくない。私の作品は誰かの命に携わるものだと思っているんです。私自身、周りの方々にすごく助けられている身。少しでも皆様へと、私ができることを全力でやり続けたい」

華やかだった時代をうらやむことはない、今という時間の全てを慈しむ。“誰か”への想いは、これからも映画制作や動画制作、講演活動へと昇華され、形になり届けられていくだろう。

「この仕事・活動はゴールがないので、大変ではあります(笑)。たまにわけがわからなくなるんですよ、これは正解なの?これで誰かの支えになっているの?って。ただ、仮にこの活動が届かなくとも、私は愛を送り続けるだけ。私が何かの形で動くことで、誰かの明日につながってくれたのなら、それだけで幸せです。

もし悩んだとしても、誰かに届いてそれが助けになっているかもと考えると、乗り越えられます。何より、明日地球が爆発したらすべてなかったことになるわけで(笑)。後悔せず前に進むだけです」

(取材・文/田口俊輔)
▽おかもとまり
1989年12月13日生まれ、群馬県出身。“広末涼子似のかわいすぎる女芸人”として一世を風靡、現在は講演会講師のほか、映像制作、映画/アニメの原作・原案を中心に、公演活動など幅広く展開中。
Twitter:@okamotomari1989
Instagram:okamotomari1213