──最近のハロプロについて感じていることはありますか?
劔 僕はアイドルが好きであると同時に、アイドルファンも好きなんですよ。つまりファンのオタクであると言えます。そういう角度からウォッチングしていると、一つの流れとして、最近のハロプロファンは保守化が目立つような気がするんですよね。
──保守化、ですか?
劔 それはもちろんファンの皆さんの政治的な思想のことではないです(笑)。 “つんく♂楽曲至上主義”が強くなっているように感じるんです。
──でも、つんく♂さん自身は保守的というより、相当アバンギャルドなクリエイターですよね?
劔 もちろんその通りです。ただ、大きなファンの動きだけに目を向けると、「やっぱりつんく♂の曲じゃないとダメだ」という声が強くなったと思います。
──なるほど。ハロプロ総合プロデューサーの座を降りて、ますます存在感が増しているということでしょうか。
劔 昔からハロプロを見てきた人は分かると思うんですけど、つんく♂さんの膨大な楽曲はいつもファンから手放しで支持されてきたわけじゃなかったと思うんです。
──長い歴史の中で賛否両論あったことは間違いないでしょうね。
劔 そんなつんく♂さんですけど、総合プロデューサーという重責から解放されたためか、より自由に“攻め”の曲作りを強めているように感じるんです。たとえばモーニング娘。’19でいえば、最新シングルの『人生Blues』なんて相当難解なことをやっていると思います。今、日本の音楽シーンにおいて、オリコン1位を目指すとか、Mステで披露するとかいうところで、これを理解してもらおうとするのは難しいのでは無いかと思うくらい……。
──アイドルというジャンルに限らず、すべてのクリエイターは「ポピュラリティ」と「クリエイティビティ」の狭間でもがいているんじゃないでしょうか。
劔 そう。その2つの要素が凄まじいバランスで噛み合っていたのが、『One・Two・Three』がリリースされた2012年以降で、一聴しただけで震えるような楽曲がいくつもあります。それが、『人生Blues』とか、『Are You Happy?』とかは、冷静に考えたら相当アバンギャルドで。ところが、今のハロプロファンにはつんく♂さん作というだけでもう最高という人も多いんじゃないかと。
──クリエイティビティを優先しすぎ?
劔 むしろ、つんく♂さん自身は世界の音楽シーンというか、もっと高度なところを向かれているのかもしれません。それは素晴らしいことだと思うし、僕は日本のポピュラーな音楽がそういう方向へ向かうのは賛成です。先ほど、つんく♂さんの曲というだけで手放しで絶賛するファンの状況をハロプロの保守化としました。意外とこの傾向は、昔からハロプロを見てきた古参ではなく、9期加入以降にハマった若い世代に多いのかもしれない。つんく♂さんが総合プロデューサーでなくなったことで、みんながその作品の偉大さに気づいた。それは間違いないことだと僕も思います。でも、それが過剰になると危険な気もするんですよね。他のクリエイターを受け入れなかったり、懐古的になり過ぎて、新しいものを排除しようとする方向に向かってしまうかもしれない。
──今の話はモーニング娘。’19には当てはまると思うんですけど、比較的つんく♂色が薄いアンジュルムやこぶしファクトリーの場合は?
劔 たとえばハロプロ全体を好きな層からは、「モーニング娘。’19以外のグループにも、もっとつんく♂楽曲をあげてほしい」という声が聞こえてくるんです。
──なるほど。構造的には同じですね。
劔 むしろメンバーはそれでいいとは思いますが。つんく♂さんがプロデューサーとして、メンバー1人ひとりに親身に接して来たこと、それは本当に尊敬されるべき素晴らしいことだと思うので。ただ、楽曲に関しては、いつまでもつんく♂さんに頼るわけにいかないじゃないですか。つんく♂さん自身も今はいろんなジャンルで活躍されていて、ご家族との時間を大切にしていて、ハロプロに付きっきりというフェーズではなくなっていますし。
──今は歴史の転換期だと思うんです。つんく♂さんの薫陶を受けたハロプロエッグ1期生の和田彩花さんが卒業したことで、つんく♂イズムが薄れるのではないかと心配する声もあります。
劔 その点に関しては、僕はあまり心配していないんですよね。
──つんく♂流フェミニズムですね。
劔 そういうことです。でも、こういった女性観は世界的には当たり前になっていて、日本でもますます重要になっていくことは間違いない。そうなるとハロプロがやって来た女性観はもっと世の中で大事になっていくだろうし、もっと支持されていくはずなんですよ。さらにここからがポイントなんですけど、その女性観を今は児玉雨子さんや山崎あおいさんが引き継いでいるんです。彼女たちはリアルに若い女性だし、歌詞の当事者に近いわけじゃないですか。女性当事者による表現はハロプロにとっても、すごく大きな強みになると思うんです。
──つんく♂イズムを受け継ぎつつも、アップデートしているということですか。
劔 僕はハロプロが100年続いてほしいと考えている人間なんですよ。そういう面でいうと、つんく♂さんだけに頼っているようじゃ100年は続かない。アップフロントのスタッフさんだっていつかは変わっていくわけですしね。そんな中、若い山崎あおいさんが書いたJuice=Juiceの『「ひとりで生きられそう」って それってねぇ、褒めているの?』が世間で話題になった。それはこの曲で描かれている女性の生き様が、女性に支持されているからだと思うんです。おそらくこの歌詞は、当事者だからできたものだと思うのです。まあ、50代の男性であるつんく♂さんが今まで中学生女子の感覚でそれをやって来たのがすごいとも言えますが(笑)。
──ハロプロ20周年ということで2018年は盛り上がりましたけど、考えてみたらこの21年で女性の社会的な立ち位置も大きく変わりましたからね。
劔 そう、確実に変わった。20年前に当たり前だった女性観だと、共感を集めないどころか総バッシングを浴びるでしょうね。
──サウンド的な面でいうと、つんく♂さんが総合プロデューサーから離れた後、何がどう変化したんでしょうか?
劔 僕が考えるつんく♂さんのすごみの1つは、唐突に誰も思いつかないようなことをされるところなんです。ところが2016年に『糸島Distance』(アンジュルム)が発表されると、僕は逆の意味で衝撃を受けたんですね。「逆」というのは「この曲、つんく♂作じゃないんだ!」という意味です(※作詞:Mari-Joe、作曲:星部ショウ)。「この時代にラテン歌謡!? しかも、それを博多弁でやっちゃうの!?」という突飛さに、僕は心の中でガッツポーズしました。「よし、つんく♂イズムは生き続けている!」って。
──今だったら、『幸せきょうりゅう音頭』(おどる▽11)みたいに珍妙な曲もつんく♂さんに頼らず作れるんじゃないかと。 ※▽の正式表記はハート
劔 そうそう(笑)。「和田彩花卒業ソングが『恋はアッチャアッチャ』(アンジュルム)!? なんでインドなの!?」といういい意味で空気を読まない感じが最高。そういったことも踏まえると、総じて制作陣はちゃんと同じ方向を向いていると思いますよ。
──ただ、これだけ制作陣が充実してきているのに、リリースのスパンが空くようになってきていますよね。Berryz工房や℃-uteが活躍していたときは、毎年アルバムを出して全国ツアーをやるというのがルーティーンになっていましたが。
劔 あっ、そこは別の問題じゃないかな……。それはアイドルだけじゃなく、音楽業界全体が抱えている問題の方の。CDが売れない時代に入り、「じゃあ、どうする?」っていう話になった。トップアーティストですらシングルを配信だけに絞ったりしている中、まだ誰も現時点では明確な答えが見つけられていないんです。このビジネスモデルの構造上の問題は、何か強烈なイノベーションが起こらない限りは変わらないんじゃないかな。アイドルに絞っていうと、特典として握手券をつけ、リリイベを行いながら丁寧にシングルを売るというのが、とりあえず今のところは正解だとされている。しかも、ハロプロ内でこれだけ多くなったグループのリリースタイミングはズラさなくてはいけないですからね。そうすると、なかなかシングルを連発するというわけにはいかないのかもしれない。
──今年に入ってから、Juice=Juiceの宮崎由加さんとアンジュルムの和田彩花さんという2人のリーダーが卒業しました。アンジュルムは勝田里奈さんの卒業も控えています(※取材は8月)。一方で6人の新人が矢継ぎ早にモーニング娘。’19、アンジュルム、Juice=Juiceに加入。変化が激しくなっていますが、今後はどうなると思いますか?
劔 特にアンジュルムは大きく変わらざるを得ないでしょうね。道重さゆみさんが卒業したあと、モーニング娘。’14が大きく変わったように。あの時点で(次期リーダーに就任した)譜久村聖さんが抱えたプレッシャーって相当すごかったと思うんです。そして’15になるとステージ内容は過剰に詰め込むような感じで、どんどんハードさを増していった。1人の強烈なカリスマを失ったことで、フィジカルな部分で勝負するしかないという判断に至ったのかもしれない。言ってみれば全体野球ですよね。「とにかく練習量を増やすしかない!」という感覚。今後のアンジュルムも、何かしら強みとなる部分が研ぎ澄まされていくんじゃないかと予想しています。
──道重さゆみさん、嗣永桃子さん、和田彩花さん……TVで活躍したり、スポーツ新聞の一面を飾ったりして、ハロプロの理念をきちんと語れるスポークスマンを誰が受け継ぐのかという議論もあります。
劔 う~ん……面白キャラならたくさんいるんだけどなぁ。佐藤優樹さん(モーニング娘。’19)とか。でも、まーちゃんは誰がどう見ても面白いけど、スポークスマンではないかもしれません(笑)。確かにそこは今のハロプロが抱えた課題かもしれませんね。ただ逆に、ここから新しく誕生する可能性もありますよ。ひょっとしたら、それは小田さくらさん(モーニング娘。’19)あたりかもしれないし。
──今、ハロプロのエースって誰になるんですかね?
劔 僕は宮本佳林さん(Juice=Juice)になってほしいと思っているんですけどね。アイドルとして王道だし、才能があって、意識も高くて、ビジュアルも華がある。ああいう人が売れない世の中はおかしいですよ。それでもあえて欲を言えば、もっとはっちゃけてほしいなという気持ちもあるんです。そっちの方が世の中に届くこともありますから。宮崎さんの卒業公演でも、植村あかりさん(Juice=Juice)のコメント方がブッ飛んだインパクトがあった。何も全員が全員、佐藤優樹さんや植村あかりさんを目指す必要はないけど、観ている人はそういうはっちゃけた言動に感情を揺さぶられる面はある。
──ある意味、宮本さんは空気を読む能力が高いんでしょうね。
劔 それと僕が言っておきたいのは、今の宮本さんの進化スピードってすごいことになっていますよ。しかも、まだまだこれから伸びていくと思う。そして宮本さんが所属するJuice=Juiceというグループは、ビジュアルも含めて真のトップアイドルになりつつあると痛感しています。ただでさえ完全実力派集団なのに、松永里愛さんというハロプロ研修生時代から歌唱力で注目された大型新人も加わった。強烈なタコ好きキャラを押し通す工藤由愛さんも、グループの中で大きなアクセントになると思います。
──ますます最強軍団になってしまう、と。
劔 Juice=Juiceの歴史を振り返ると、5人時代が長らく続いていたわけじゃないですか。これをボーカル面から見ると、明らかに歌える高木紗友希さん・宮本さん・金澤朋子さんという3人がいて、最初は歌割も少なかった宮崎さんと植村さんの技量が急上昇して、それで5人の戦える集団として一つの完成形になったと思うんです。ところが、このままずっと5人で続いていくと思われていたグループに段原瑠々さんと稲場愛香さんが加わることになりましたよね。当然、ファンの中には「5人のままでいいじゃないか」という反対意見もあったでしょう。しかし段原さんのボーカルがプラスされたことで、新たな化学反応を引き起こすことに成功したと思ったんです。というのも高木さんというのは明らかに優秀なボーカリストなんだけど、5人の歌声の中ではソウルフルすぎて浮いているという面もあった。その点、段原さんの歌の上手さっていうのは高木さんとは違うタイプだから、いい感じでバランスが取れて。本当に今のJuice=Juiceには期待しかないですよ。できるならもっとガツンと世の中に認知されて、ハロプロ全体も引っ張ってほしいですね。
▽劔樹人(つるぎ・みきと)
1979年5月7日生まれ、新潟県出身。ベーシストであり、漫画家。