2021年4月14日、前倒しで開催された明治安田生命J1リーグ第18節のサガン鳥栖VSガンバ大阪。決勝点を挙げたG大阪FW宇佐美貴史は、悩み苦しみながらも掴んだチームの今季初得点にして初勝利の喜びを言葉にしていた。

昨季のG大阪は優勝した川崎フロンターレに独走を許したものの、リーグでも天皇杯でも準優勝。近年は無冠が続くだけでなく、終盤までJ1残留争いに巻き込まれることが常態化していたチームにとっては躍進したシーズンだった。

しかし、エースとして期待された宇佐美は30試合(先発26)に出場しながら僅か6ゴールに終わった。ただ、蒼黒のエースはG大阪に復帰した2019年夏以降、FWとしてだけでプレーしていたわけではない。ポジション的にも役割的にもである。

弾道が鋭く球筋の速いミドルレンジからのシュート、ワンステップでも局面を劇的に変えるサイドチェンジのようなクロスボールやロングキック、アンドレス・イニエスタのような小股で内股の素早いターン、緩急自在で多彩なフェイントも兼ね備えるドリブルなどなど、宇佐美のプレーからは「柔」も「剛」も感じさせられる。

ガンバの悩める“至宝”宇佐美貴史~進化の鍵はフィルミーノ&アラバ

「宇佐美のポテンシャルを最大限発揮できるポジションはどこなのか?」

2トップの1角、1トップ(ゼロトップ)、トップ下、ウイング、サイドMF、インサイドMF…。サテライトの試合なども含めるとボランチでプレーする姿も観てきたが、その溢れんばかりの才能を活かす最適解は見つかっていない。それだけに5月に29歳を迎える現在も、「ポテンシャルを発揮できていない」未完の大器であるイメージが残る。

ガンバの悩める“至宝”宇佐美貴史~進化の鍵はフィルミーノ&アラバ

「現代サッカーの申し子」アラバ

その答えは彼がドイツ時代にチームメイトとしてプレーし、ライバルとなっていた同世代の選手が見せる姿にあるのではないだろうか?

宇佐美は2011年の夏に移籍したドイツの絶対王者=バイエルン・ミュンヘンへレンタル移籍で加入。オランダ代表アリエン・ロッベンとフランス代表フランク・リベリーという世界屈指のウインガーとポジションを争ったのだが、名前を挙げたいのは彼等ではない。控えのウイングとして交代カード1枚目やローテーション起用の枠を争ったオーストリア代表ダビド・アラバだ。

当時19歳だった宇佐美が“ロベリー”からポジションを奪えなかったのは仕方ないが、アラバも宇佐美と同じ1992年生まれで19歳の若手だった。

プレシーズン当初は宇佐美の方が序列が上だったのだが、運動量や守備面でアピールしたアラバは“ロベリー”ら攻撃陣が退く試合終盤からの途中出場で場数を踏みながら経験を積んだ。そして、シーズン後半には左サイドバックにコンバートされて定位置を獲得。翌年には3冠達成の原動力となった。

そして、現在も8連覇中のブンデスリーガやUEFAチャンピオンズリーグ優勝2回など数多くのタイトルを獲得する中、センターバックにもコンバート。守備の要としてチームの絶対的存在となっている。

また、ジョゼップ・グアルディオラ監督がバイエルンを指揮していた頃(2013年から2016年)には守備時は左SBとしてプレーし、攻撃時はインサイドMFとしてプレーする“偽SB”のロールモデルともなった。どんなポジションや役割でもプレーできるアラバは、「現代サッカーの申し子」だ。

そんな彼は、今季限りでのバイエルン退団を発表。主力を担うオーストリア代表同様に「セントラルMFとしてプレーしたい」ことも退団に至った理由の1つになっている。

ガンバの悩める“至宝”宇佐美貴史~進化の鍵はフィルミーノ&アラバ

「現代サッカー理想のCF」フィルミーノ

そんなアラバは宇佐美と同僚となる直前までホッフェンハイムへレンタル移籍していたのだが、宇佐美もバイエルンでプレーした翌シーズンにホッフェンハイムへレンタル移籍。そして、その後ワールドクラスに成長する同世代のライバルと出会う。

宇佐美より1つ年上のブラジル人MFロベルト・フィルミーノ。ブラジル時代には監督に「フェリペ」と名前を間違えられても言い返せない内気な青年だったが、この頃にはホッフェンハイムで王様としてプレー。

左ウイングとしてレギュラーを担った宇佐美とプレーしていた頃は、典型的なトップ下の選手だった。

ホッフェンハイムでの4年半で38得点を挙げたフィルミーノは2015年、リバプールに完全移籍で引き抜かれた。しかし、イングランドにはトップ下というポジションや概念がない。それは日本代表の香川真司南野拓実、古くは中田英寿も苦境を味わった大きな理由でもある。

フィルミーノもウイングなどでプレーしたが、2015年10月リバプールにユルゲン・クロップ監督が就任し、翌年にはサディオ・マネ、2017年にはモハメド・サラーが加入する中、彼はセンターフォワードに固定された。

ただ、ブラジル時代はボランチでもプレーした彼は既存のCF像にはないプレースタイルを生み出した。攻撃時は中盤に下がって組み立てに大きく関与し、守備時はクロップ監督の代名詞であるゲーゲンプレスを先導する激しいプレッシングでボール奪取の起点となるなど、攻守の要となったのだ。

全員攻撃・全員守備が当たり前である現代サッカーに置いて、現在のフィルミーノは「現代サッカー理想のCF」と称賛されている。

ガンバの悩める“至宝”宇佐美貴史~進化の鍵はフィルミーノ&アラバ

ポリバレント(多様性)とユーティリティ(使い易い)の違い

現代サッカーでは多くの選手が複数のポジションをこなすことができる。「ポリバレント」や「ユーティリティ」と表現される選手は年々増えている。

しかし、「ポリバレント(多様性)」と「ユーティリティ(使い易い)」は全く違う。

「どんなポジションでもプレーできる」のは同じだが、自分のプレースタイルを起用されるポジションによって変化させるだけでは使い勝手の良い「ユーティリティ」であるに過ぎない。チームに怪我や出場停止による欠場者が出た場合、「どんなポジションでも穴埋めができる」「ベンチにいたら便利な選手」を指しているため、ユーティリティな選手は控え選手であることも多い。

逆に「ポリバレント」とは何か?日本にこの単語を持ち込んだイビチャ・オシム元日本代表監督によると、ポリバレントな日本人選手に長谷部誠を挙げていた。日本代表の元主将であるMF長谷部は所属するアイントラハト・フランクフルトではリベロを定位置とし、代表ではボランチとしてプレーしていた時期がある。そして、今季の長谷部も急にボランチとして抜擢されても即座に適応した。やっているプレー自体はそう変わらないからだ。

ポリバレントの象徴的な選手であるドイツ代表のジョシュア・キミッヒ(バイエルン・ミュンヘン)は、本職のボランチ以外にもサイドバックやセンターバックなどもこなす。しかし、彼はスピードや身体能力に頼るプレーはできない。あくまで「キミッヒのプレー」を各ポジションでこなすことによって、チームに異なる価値を与えているのだ。

ポリバレントな選手とは、自分のプレースタイルを変えずにポジションや組み合わせ、使い方を変えることによって、新たな価値や機能を生み出せる選手のことだ。

ガンバの悩める“至宝”宇佐美貴史~進化の鍵はフィルミーノ&アラバ

「宇佐美貴史」のプレースタイルを確立せよ!

宇佐美は2014年の3冠獲得後にサイドMFにコンバートされた時期も苦しんでいた。そして、2019年夏のG大阪復帰後も様々なポジションで起用されてきた。

それらは確かに彼のゴール数が伸びない要因の1つだが、宇佐美は起用されるポジションに合わせてプレースタイルを変え過ぎている。現在もFWとしてプレーしていながらもチーム状況や監督の意向なのか、守備やゲームメイクを意識し過ぎている。

「一般的なサイドMFのようにプレーする宇佐美」と「サイドMFの位置でプレーする宇佐美」では、全く異なる。「一般的なインサイドMFとしてプレーする宇佐美貴史」は、おそらく“宇佐貴史”か、“宇佐耳貴史”という別の選手であって、「MFの位置で宇佐美貴史のプレースタイルを出してもらいたい」のが、監督やコーチ陣の考えだろう。そうでなければ、本職のMFを起用すれば済む話なのだから。

宇佐美のかつての同僚であり、同世代のライバルでもあるアラバとフィルミーノは共に世界王者となり、ワールドクラスの選手に成長した。そして、現代サッカーに現れた未来型の選手として世界中から模範的な選手として高く評価されている。

全員攻撃・全員守備が当たり前で、攻撃時と守備時にフォーメーションを変化させる可変システムも多くのチームが採用する現代サッカーはポジションレスの時代だ。

宇佐美には起用されるポジションや役割ではなく、溢れんばかりのポテンシャルや類まれなキャリアで培った経験を凝縮し、今一度自らのプレースタイルを確立してもらいたい。

そうすることで、自身をさらなる進化と深化に導き、真価を発揮してくれるはずだ! 

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