ストーミングの旗手#5
現在のサッカー界における2大トレンドとして、「ポジショナルプレー」とともに注目を浴びている「ストーミング」。その担い手である監督にスポットライトを当て、指揮官としての手腕や人物像に迫る。
文 中野吉之伴
ヤングボーイズ時代は[4-4-2]システムからのプレッシングサッカーでチームを32年ぶりの優勝に導いたアディ・ヒュッター。フランクフルトでも就任1年目でELベスト4進出を成し遂げた。
実は、自分自身のための準備を入念にしている人だという。例えば、自分のためだけのメディアコーチとスポーツ心理学者といった専門家を呼んで、自らのスピーチやテレビインタビューを分析させている。また一つの戦略として、彼は方言を話さない。ザルツブルクにいた時もその前にアルタッハにいた時も、インタビューには全部標準ドイツ語で答えていたようだ。そうすることでどのように自分を表現できているか、どのように周囲から受け入れられるのかをチェックし、自分の言葉がよりストレートに響くような取り組みをしているという。
采配面に目を向ければ、チームの台所事情に合わせてスタイルを微調整できるのが彼の強みだろう。今季は昨シーズン以上にビルドアップからゲームを組み立てることを大切にしている。前線でボールキープ、チャンスメイク、ゴールメイクを担っていたアンテ・レビッチ、ルカ・ヨビッチ、セバスティアン・アレの3人が一挙にクラブを去った。アンドレ・シルバ、バス・ドストと新FWが加入したが、昨季のようなスピード感をベースにした戦いは難しい。そこで中盤にゲームコントロールができる鎌田大地のような選手を起用し、よりバリエーションのある攻撃にチャレンジしようとしている。
若手選手を積極的に起用する点も注目だろう。ヤングボーイズから愛弟子だったジブリル・ソウを獲得したが、負傷から復帰後はプレーが不安定で軽率なミスが多い試合もあった。だが、ヒュッターは「ミスをしたからとまだ若い選手をあっさりピッチから下げてしまったら、彼らはどうやって成長していけるというのだ」と我慢強く起用を続けた。その甲斐もあり、今では主力の一人として攻守に味のあるプレーを見せてくれている。抱える選手数はブンデスの中でも多い方だが、内部で不満が爆発しないようにしっかりとマネージメントができている。
守備では、昨季までフランクフルトの特徴だった前から仕掛けていく精力的なプレスは健在だ。ただ、現時点ではボール奪取能力の高いセバスティアン・ローデやジェルソン・フェルナンデスといった選手への依存度が高い。不用意な仕掛けで相手にかわされて、相手にチャンスをプレゼントしてしまうシーンもまだ多く露見している。この辺りの修正がうまくいくか否かが、後半戦の戦いに向けたポイントとなっていくだろう。

チームはDFBポカール、 ELと国内外カップ戦で勝ち残る一方、ブンデスリーガでは第11節から7戦1分6敗の大不振。
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