ユベントスは、欧州のメガクラブの中でも、野心的な経営戦略を打ち出している部類に属する。ロゴマークの変更に象徴されるブランドイメージの再構築、過大なコストを投じてのクリスティアーノ・ロナウド獲得といったここ数年の大胆な試みは、それまでの堅実経営路線とは明らかに一線を画すものだ。

 イタリアの国内市場はほぼ飽和している上に、国際競争力が5大リーグ中4番手にまで落ち込んだセリエA放映権収入からはこれ以上多くを望めないという状況もあって、ユベントスの売上高はヨーロッパ全体ではトップ10に入るのがやっと。この現状を打開してスペイン2強、プレミア勢、バイエルン、パリSGというライバルと互角に渡り合えるレベルまで売上高を増やすためには、グローバル市場をターゲットにした新たな事業戦略を構築する必要がある――。近年のユベントスの戦略転換の背景にこうした現状認識があることは、アンドレア・アニエッリ会長が、株主総会などの機会に発してきたコメントを見れば明らかだ。

 この新たな戦略のシンボルと位置づけられるのは、やはり2017年夏に導入された新ロゴマークと、それを軸とするブランドマーケティング戦略だろう。

 しかしもちろん、クラブのロゴマークを新しくするだけで、売上高が拡大しチームが強くなるわけではない。新しいロゴマークは、ユベントスのブランド価値を伝えるための視覚言語であり、新たなグローバルマーケティング戦略の基本ツールではあるが、それ自体でブランド価値そのものを飛躍的に高めるような力は持っていない。言ってみれば「ユベントス商店」の店構えでありパッケージであって、そこで提供される商品・サービスのクオリティはまた別の話だということ。

 その観点から見ると、2017年の夏に店構えを一新したユベントス商店が何よりも必要としていたのは、絶対的な主力商品であるトップチームの価値を、ピッチ上のパフォーマンスとマーケティング上のブランド力の双方において高めてくれる存在だった、と考えることができる。2018年夏、3億ユーロを超える巨額を投じてロナウドを獲得した動機は、まさにそこにあった。

 獲得当時、筆者は本誌に寄稿した原稿の中で「ユベントスにとってロナウド獲得は何よりもまずマーケティング・オペレーション」と書いた。33歳(当時)のロナウドがピッチ上で提供できる戦力的価値に対する投資として、年間9000万ユーロ弱(年俸+移籍金の減価償却費)という負担はあまりにも大き過ぎる。これだけの投資を「正当化」する理由があるとすれば、それはピッチ外で様々な利益をもたらしてくれる商業的な価値以外はないと考えざるを得なかったからだ。

 それでは、ロナウドがこの2年間にユベントスにもたらしてくれた価値は、この投資に見合ったものだっただろうか。「ユベントス」という主力商品のクオリティは期待したレベルまで高まったのだろうか。ちょうど9月に、昨シーズンを対象とする2020年度の決算報告(案)が公表されたところなので、まずはピッチ外の「帳尻」から見ていくことにしよう。

「ロナウド後」に悪化した収支バランス

 ロナウドの獲得を通して期待されたのは、グローバル市場におけるユベントスのブランド価値を高めることを通じてコマーシャル収入、とりわけスポンサーとマーチャンダイジングの売上高拡大をもたらすことだった。その数字は、ロナウド獲得前年(2017-18シーズン)からどのように推移しているだろうか。

「ロナウド・エコノミクス」の中間決算。ピッチ内外の収支は大幅なマイナス

 加入1年目の昨シーズンは、SP収入が前年比で25%、MD収入に至っては同58%と大幅にアップ、コマーシャル収入がトータルで33%も上昇するという、明らかな効果をもたらした。キットスポンサーのアディダスから1500万ユーロのボーナスを受け取っただけでなく、アジアなどのローカルスポンサーも増加。そして何よりレプリカユニフォームの爆発的な売れ行きなどでMD収入が6割近い伸びを記録したのだ。世界4大監査法人の1つKPMGは、2018年末のレポート「ロナウド・エコノミクス」で、ロナウド加入からの3年間でユベントスはコマーシャル収入を7500万ユーロから1億ユーロ上乗せできる、と試算していた。それを基準とすれば、1年目で3800万ユーロというのは十分に満足のいく数字だったと言えるだろう。

 誤算だったのは昨シーズンである。COVID-19がもたらした世界的なパンデミックによる様々な影響(シーズン中断、商業施設の営業停止など)をもろにかぶる形で、さらなる伸びが期待されたMD収入が大幅ダウン、SP収入は、実質的な親会社であるFCAグループの主力ブランドの1つ「Jeep」との契約を、FFP基準における「フェアバリュー」ギリギリまで上乗せして更新することでプラス2500万ユーロを確保したが、それを除くと横ばいに留まった。コマーシャル収入全体の伸びも5%止まり。

ロナウドの責任ではまったくないにしても、この停滞はユベントスの財政状況に大きなダメージをもたらす結果となった。

 何よりもそれは、ロナウド獲得がもたらした売上高の伸長が、それによるコストの増大分を吸収するに至っていないからだ。ロナウド獲得前の2017-18シーズン、人件費と選手獲得費用の減価償却費を合わせたトップチームの人的コストは3億6690万ユーロで、売上高(5億47万ユーロ)の72.6%を占めていた。ロナウド獲得初年度(2018-19)はそれが4億7710万ユーロへと30%も跳ね上がる。売上高も6億2150万ユーロまで23%増を記録したものの、人的コストの対売上高比は76.7%まで上昇した。これが昨シーズンは、COVID-19の影響で売上高が8%減少(5億7340万ユーロ)したのに対して人的コストはほぼ横ばい。対売上高比は80%の大台に乗った。

 各年度トータルの決算収支も、2017-18が1922万ユーロの赤字だったのに対し、2018-19は3989万ユーロまで赤字が拡大、今シーズンはそれがさらに増大して8000万ユーロ規模に達する見通しと、収支の帳尻がどうにも合わなくなってきている。FFPとの関連で言えば、2016-17の決算は4257万ユーロという大幅な黒字だったので、そこから2018-19までの3期に関しては、続く2期が赤字でもブレイクイーブン基準を問題なくクリアしている。しかし問題は、2017-18から2019-20の3期について1億4000万ユーロを超える大幅な赤字が積み上がっていること。UEFAが最終的に2019-20についてCOVID-19の影響をどのように勘案し、FFPの審査上どのような処理をするかはまだクリアではないが、確かなのはロナウドが在籍してからの3シーズン(2018-19から2020-21まで)、ユーベはブレイクイーブン基準を明らかに上回る赤字を積み重ねるだろうということ。コロナウイルス禍という避けようのない不運に見舞われたとはいえ、こと金銭的な帳尻に話を限れば(企業にとって最も重要なのはまさにそこなのだが)、現時点におけるロナウド獲得の中間収支は大幅なマイナスという結論にならざるを得ない。

きわめて特殊なプレーヤーのジレンマ

 そしてもちろんそこには、肝心のピッチ上でも期待されたほどの結果がもたらされていないという事実が深く関わっている。結局のところ、プロサッカークラブの商品価値を最も大きく左右するのはピッチ上の結果であり、それ以外ではない。その点におけるロナウドの貢献度は、限定的なものに留まっている。

 過去2シーズンのユベントスは、マッシミリアーノ・アレグリ、マウリツィオ・サッリという2人の監督の下でセリエA連覇を続けたものの、最大の目標であるCLではベスト8、ベスト16という不本意な結果。イタリア国内での圧倒的な戦力的、資金的優位から考えて、スクデットだけならばロナウドがいなくても獲れたはずであり、純粋に結果レベルから見れば期待値以下と言うしかないだろう。

 それでももし、ロナウドを中心に据えたユベントスというチームが、世界中のサッカーファンを魅了するサッカーを見せ、それを通してユベントスのブランド価値を高めるという無形の、しかし重要なリターンをもたらしていれば、巨額の投資を正当化する材料になっただろう。だがその点でも現状は決してポジティブなものとは言えない。

 ロナウドは、チームの残り10人が彼にゴールを決めさせるためにプレーすることを求め、それに対して自らのゴールによって勝利をもたらすことで応えるという、きわめて特殊なプレーヤーだ。アレグリもサッリも、そして他のチームメイトも、ロナウドという存在が否応なく要求するこの特殊な、そして非常に難易度の高い「勝利の方程式」を解くことにひたすら傾注してきた。しかしここまでのところ、正しい「解」が出ていないことは明らかだ。

 ユベントスは、それをアレグリ、サッリという2人の監督に背負わせる形でそれぞれのシーズンを総括し、今度はアンドレア・ピルロという、クラブの中期的な戦略にとっては切り札とも言うべき存在を、誰が見ても時期尚早なタイミングで舞台の中央に据えるという新たなギャンブルに乗り出した。やはり本誌に寄稿した記事で筆者は、「ユベントスの強化戦略はここ2年ほど一貫性と継続性を失って迷走を始めたように見える」と書いたが、そのきっかけがロナウドの獲得であり、上で触れた「方程式」への執着にあることは、かなり明らかなように思われる。

 ピルロにとって最初の、そしてロナウドにとっては最後になる可能性が高いこの2020-21シーズン、3億ユーロを超える巨額の投資の最終的な帳尻は、果たしてどのように落ち着くだろうか。

「ロナウド・エコノミクス」の中間決算。ピッチ内外の収支は大幅なマイナス

チームがピルロを監督に迎えた今シーズン、ロナウドは新型コロナ感染により一時離脱を強いられたが、ここまで公式戦出場8試合で10ゴールとゴールを量産。この状態を続けてピッチ上で期待されるパフォーマンスを残し“収支”を改善できるだろうか

Photos: Getty Images

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