【死ぬまでにやりたいこれだけのこと】
渡辺えりさん(劇作家・演出家・女優/70歳)
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ドラマ、映画でも大活躍の劇団3○○(さんじゅうまる)の渡辺えりさん。目が回るような忙しさの中で今年古希を迎え、ますます精力的に活動中だが、やりたいことも山積み。
■お花畑と言われようが反戦活動を続ける
死ぬまでにやりたいこと。私は何もできていないですね。まだ何もやっていないからこれからです。これまで劇団のためとか親のためとかにやってきたことが多く、自分自身のためにやったことがあまりない。世界平和のため、劇団でいい作品を作るため、世のため誰かのため……。今70歳。80歳までの10年間で自分のためにやれることを探そうと思っています。これまでやってこなかった焦りにも似た孤独感にさいなまれる日々ですね。
これまでは同時に3つ4つできていたことが忘れたりしてできなくなることが増えました。できるはずができない。朝起きてこれやろうあれやろうと思っていても、こなせなくなる。
でも、芝居はひとつずつやるような仕事じゃないですからね。脚本を書いて演出してプロデュースして演じて、一度に8つくらいを同時にやらないといけない。これからはそれができなくなってきた自分と向き合っていかないといけない。それと今は私たちが育った時代と違って、若い人はちょっと怒るとやめる、傷つきやすい。その一方で自分を大切にするような教育が中心なので、年配の人に親切にするとか具合が悪い人に気を使うというようなことが薄れている。みんないい子だけど、全体を考えられる人が少なくなっている中で、私が年を取っていく。しかも、この年になるといろんな団体の理事といった役職を任され、要するにボランティア活動が増え、やらなきゃいけない仕事が次から次にやってくる。本当に忙しいんです。昔はこなすのに3日間徹夜しても平気だったのが、今は徹夜すると翌日具合が悪くなる。そうなると余計に焦る。
そんな中で、まず戦争をなくしたい。お花畑と言われようが、それをやらないと死んでも死にきれない。人間がやったことだから人間が止めることができると思って、反戦活動を続けます。戦争反対、原発反対は誰に何を言われようがやっていきます。
今月は唐十郎作「少女仮面」を42年ぶりに
私がこのところやってきたこと、これからやりたいことを具体的にお話しします。
まず、今月は唐十郎追悼公演「少女仮面」があります。私が主演の伝説の宝塚のスター、春日野八千代を演じたのは28歳の時です。70歳になってやる役じゃないかもしれないけど、あの時の評判がよくて、唐さんの奥さんや、今回出演する息子の大鶴佐助さんからもう一回やってほしいとずっと言われていました。それでも、できないだろうと諦めていたんですよ。ただ、今、ここでやらないとやらずに終わってしまう。そう考えて70歳になって、「少女仮面」で春日野を演じます。
出演する黒島結菜ちゃんは今年1月、本多劇場でやった「鯨よ!私の手に乗れ」にも出てくれました。「少女仮面」で最後に全体の空気をガラッと変えるのは、春日野が憧れる甘粕大尉です。今回、唐十郎の戯曲が好きで以前からお付き合いのある方にお願いしたら、みなさん快く引き受けてくださった。竹中直人さん、中村獅童さん、尾上松也さんに加え、宝塚のスターの安奈淳さん。春日野が宝塚のスターだから、安奈さんが甘粕大尉を演じるのは多重的で面白いと思います。
お芝居をやろうと思った始まりは16歳の時に故郷・山形の県民会館で見た芝居です。その影響を受け、生きているうちにやりたいと思ったお芝居が何本もあります。
5年前には尾上松也さんとの2人芝居で別役実さんの戯曲「消えなさいローラ」をやり、2年前に「消えなさいローラ」「ガラスの動物園」を連作でやることができた。「ガラスの動物園」は文学座の長岡輝子さんが演出と主役のアマンダをやったのを見て感銘を受けた作品。尾上さん、吉岡里帆ちゃん、和田琢磨さんに出てもらいました。
3年前には清水邦夫さんの戯曲「ぼくらが非情の大河をくだる時」もやりました。山形時代に、私が大泣きした作品です。
これだけ次から次にやるのが無謀なことはわかっています。正直、フラフラでした。もしかしてできないんじゃないかとギリギリまで追い詰められながらやりました。
それらをやって、今年は「りぼん」と「鯨よ!私の手に乗れ」というフェミニズムがテーマの芝居を本多劇場でワンセットでやろうと思っていたら、1月しかスケジュールが取れないというので、それもやりました。出演者は43人、2本連続です。周囲からはできっこないと言われたけど、みんなの協力でできちゃった。しかも、評判がよくて。やる気になれば、できるんですね。
ただ、私がくたびれちゃって。もうクタクタ。そして今月は「少女仮面」です。
山形オールロケの映画を撮る
これからやりたいのは私が岸田國士戯曲賞をいただいた「ゲゲゲのげ~逢魔が時に揺れるブランコ~」の前に書いた作品「夜の影 優しい怪談」と、「夢ノかたち~私の船~」「夢ノかたち~緑の指~」という前後編の連作です。「夢ノかたち」の後編「緑の指」は前編が終わってから書いたのですが、消化不良に終わった。それで「緑の指」を書き直してもう一度前後編通してやりたい。
「緑の指」は種に触れると花を咲かすことができるというフランスの有名な反戦童話です。戦士が銃で撃ち合っている時に指を触れると緑が出てきて戦争をなくす、少年の話です。平和を祈る暗喩なんです。できれば来年の春くらいには再構築したいですね。
まだ公表していない芝居もあります。まだ一回も共演したことがない大先輩の役者さんが新作を書いてくださって、やるのは来秋くらいです。もう50年以上も前から一緒にやろうと言っていた夢がやっとかないます。亡くなった中村勘三郎さんとは歌舞伎の新作を書くと約束していたのが実現していなかったけど、再来年にはやりたいです。
60代で故郷の山形市から協賛金をもらい、全編山形ロケの映画も撮る予定でした。ところが、時間が取れなくて、気がついたら70歳を過ぎていた。なので、今度こそ企画を立て直し、山形オールロケの映画を撮るつもりです。
内容は演劇をやりたい山形の少女、つまり私が東京に出てきて演劇をやるまでの話です。時代設定は昭和48年。その時代に山形でどんなことがあったのか。シベリアに抑留されていた人が帰ってきて気が狂うとか、集団見合いで中国や韓国から嫁に来たけど、うまくいかなくて絶望する……。戦後の問題点を踏まえながら、山形の過疎の村がその頃、どんなふうだったのかをユーモアを交えて描きたい。
当時、「主演をお願いします」と言っていた方も10年経って同じ役はできないですからね。その時にやらないと実現できないことが多いんです。今できることは極力、今やることです。
■暮れには古希を祝うコンサート「70祭」を
他にもやりたいことが多いのに、できなくてむなしくなることがあります。今は独身じゃないですか。恋人がいて楽しんだという経験がないのがね……。今からそれをやるのは遅すぎる気もする。でも、恋人がいて、手をつないだり、イチャイチャするっていうのをやってみたい(笑)。そんなことをやったら、認知症と思われるかしら。
「少女仮面」の中に「そこいらの男の子と死ぬの生きるのってジタバタしたいなあ」っていう春日野のセリフがあることに気がつきました。私が思っていることと同じ。ビックリです。
世の中には年を取って恋人もいなくて、死んでいく人が多いじゃないですか。女の人はとくにね。そういうことだから、熟年離婚する女性が多いんじゃないかな。お見合いで結婚して、夫には全然優しくしてもらえず、このまま死んでいくのかと思ったら嫌になる、ということでしょ。
日本の男の人は女性に本当に不親切。女は親切にされた思い出を残して死にたいのよ。ヨーロッパとかタイとか、向こうに行くと男の人はとても親切です。日本でそういうことがあると、ゲイの人だったりしますからね(笑)。
今年の暮れには2日間、古希を祝うコンサート「70祭」をやる予定です。司会は山形出身のテツandトモ(テツは滋賀出身)、頭脳警察、ロケット団、橋本マナミちゃんたちが来てくれる予定です。
(取材・文=峯田淳)