12日に都内の病院で亡くなっていたことが明らかになったのが、女優の中山麻理さん(享年77)。中山さんと言えば、1969年から1970年にかけて放送され、最高視聴率39.3%を記録したスポ根ドラマの草分け的存在「サインはV」(TBS系)で、岡田可愛(76)が演じた主人公のライバル役で一世風靡した。


 昨年暮れに体調不良を訴え、闘病の末、家族に見守られながら旅立った中山さんは、波乱の人生を歩んできた。


 1966年、高校卒業後に芸能界入りした中山さんはイギリス人の祖父を持ち、エキゾチックなルックスと抜群のプロポーションでドラマや映画などで男性を釘付けにした。 64年の東京オリンピックの女子バレーボール日本代表の金メダル獲得によるバレーボールブームに乗って大ヒットした「サインはV」のほか、74年公開の映画「炎の肖像」では、沢田研二(77)を相手に妖艶な演技を披露し観客を魅了した。


 女優として将来を嘱望された中山さんだったが、芥川賞作家の村上龍氏(73)が自らメガホンを取った1979年公開の映画「限りなく透明に近いブルー」のヒロインに抜擢され、共演した相手役の三田村邦彦(71)と交際、翌年のスピード婚で芸能界を突然引退。長男の俳優・三田村瞬(44)、次男、三男の俳優・中山麻聖(36)と3人の子どもに恵まれた。だが、40代後半になった中山さんに修羅場が訪れた。


「結婚後も人気が衰えなかった三田村は、時代劇ドラマ『必殺仕事人シリーズ』などで活躍。転機が訪れたのが、96年の舞台『宮沢賢治』で共演した22歳年下の女優・高橋かおりとの不倫騒動でした。ホテル密会を写真週刊誌『フォーカス』にスクープされた三田村は、中山さんが社長を務める個人事務所に所属していました。中山さんの指示で記者会見を開き、三田村は高橋との男女関係を否定しました」(芸能ライター)


■探偵顔負けの尾行をしていた


 しかし、不倫騒動は泥沼化し、普段は明るく気さくな中山さんは性格が一変する事態に追い込まれていった。


「家庭内で立場が悪くなった三田村は家を追い出され、自宅の庭に止めてあったキャンピングカー生活を強いられ、記者が家に直撃に行くと鬼の形相で追い出されたこともありました。そのため、中山さんはマスコミから〝鬼嫁〟と言われるようになりました。

しかし、信じていた夫から裏切られた中山さんに同情の声が集まったものです」(元女性週刊誌記者)


 追い詰められた中山さんは三田村を尾行し、2人の会話を盗聴していたとも報じられている。


「舞台共演の5カ月後に、三田村は高橋と銀座、六本木、有楽町、新宿と移動し、食事や買い物、映画デートをした後、いったん自宅に帰ったものの、再び出掛ける三田村を不審に思った中山さんは探偵顔負けの尾行を行っています。車の合鍵を使って不倫の痕跡探しなどもしたといいます。結局、別居状態から裁判に発展。三田村が生活費を入れなかったことから、99年に慰謝料なしで離婚が成立しています」(前出・元女性週刊誌記者)


 シングルマザーとなった中山さんは芸能界に復帰。3人の子育てを終えると一人で海外旅行を楽しむなど、晩年までシングルライフを満喫。最期は最愛の子どもたちに看取られ、穏やかに旅立ったという。


(本多圭/芸能ジャーナリスト)


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