【増田俊也 口述クロニクル】


 作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


増田「それでムツゴロウ動物王国へ行くわけですが」


加納「はじめは仕事で行ったんです、『畑正憲*の写真撮ってくれ』って。それで畑さんやら動物やら風景撮って、そのときに『いいところですね』って俺が行ったら『来るかい』と言われて『はい』で決まっちゃった。すぐに東京戻って準備して家引き払った。そして家族総出で横浜港から船で北海道へ渡ったの」


※畑正憲(はた・まさのり):作家。ナチュラリスト。愛称ムツゴロウ。1935年福岡県に生まれ、幼少期を満州で過ごす。東京大学理学部生物学科大学院修士課程中退。学研映画で科学映画の制作に携わった後、エッセイ集『われら動物みな兄弟 愛と生命の科学』でデビュー。1970年代に北海道に移住して無人島に住み、その後「動物王国」を設立するなどした。著書多数。

2023年、87歳歿。


増田「そしたら畑さんが家を建てて待ってたと(笑)。僕はこのエピソードが大好きでして。畑さんと典明さん、両方の性格というか在り方というか、それがよくわかります」


加納「いやいや。さすがに家が建っていたのは俺でも驚いたよ(笑)。豪快なのは畑さんで、俺は普通だって」


増田「家族連れて移住しちゃうのだって滅茶苦茶ですよ(笑)。普通じゃない。豪快な2人の豪快なエピソードです」


加納「ハッハハハハ」


増田「でも、この移住は東京での忙しい生活に疲れ果てていた典明さんには、まさに渡りに船でもありました」


加納「うん。もう疲れきっていてね。ちょうどそのときに声をかけてもらえた。畑さんのことだから俺の精神状態が見えていたのかもしれない」


増田「そういうこともありえますね」


加納「自分で考えていた以上に疲れきっていた。あまりに忙しくて座禅のように集中して自分を鑑みる時間がなくなっていたんだ。

そうすると俺は磨り減っていくんだ」


増田「先ほども休憩の時間に仰ってましたが、典明さんは毎夜就寝前に自分のなかに入って熟考する時間を持っています」


加納「その時間が俺にはほんとうに大切なんだけど、それすらできないくらい時間がなくなって、疲れきっていた」


増田「典明さんはもちろん写真の人でありますが、言葉の人であり、考える人でもあります。そういう生活で疲れた心と体を、ムツゴロウさんの動物王国で癒やしていきます。貴重な生活だったと思います」



数日前から愛馬に異変を感じていた

加納「4年間だったと思う。馬を4頭くらい飼ったりしてね。世話をしたり乗ったり、あちこち駆け回ったり。3人の子供たちも成長期にあそこで過ごせたことはすごく良かったんじゃないかな」


増田「最終的には乗馬中の転倒で骨折して長期間の入院、その入院中にベッドで観たテレビで山口百恵を観て東京に戻ります。『この子を撮りたい』って」


加納「百恵のおかげだね」


増田「思ったんですが、典明さんはまさに天命のようにその時期その時期に運命的な出会いをしています。ニューヨークでの草間彌生さん、そして動物王国での畑正憲さん、さらに百恵さん」


加納「たしかにそうだな……。でも今ふと思ったんだよ。動物王国の馬たちが東京に帰してくれたのかなって。転倒事故を起こす数日前からどの馬に乗ってもみんなふらふらとしててね。それでその日、俺が乗っていた馬が倒れて俺が大腿骨やら何やら大きな怪我をしちまった。

あれはもしかしたら馬たちがわざと……」


増田「そうかもしれない。動物は人間の心を見ているといいますものね」


加納「とくに馬は頭がいいから。目が澄んでて、じっと俺たちを見てるんだ。ほんとにあいつらが助けてくれたのかもしれない」


増田「その事故がなかったらもっと王国にいたわけですからね。『そろそろ写真を撮りに戻ってください』って馬たちが送り出してくれたのかもしれません」


(第38回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。

北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。


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