【テレビ局に代わり勝手に「情報開示」】
なんか毎年『24時間テレビ』の季節になると、世間がザワつきますよね。これまでに私も『24時間テレビ』についていろいろ書かせていただきましたが、誤解なきように申し上げますと、私は基本的には『24時間テレビ』は続いてほしいです。
だって、チャリティー番組って、ほかになんかあります? 少なくとも「チャリティー番組と言えば」で誰でも名前が浮かぶような、大規模なものは他にはありません。唯一無二です。嫌われ者のテレビが、その長所を生かして何か世間様の役に立つことをしようと思ったら、チャリティー番組でお金を集めて寄付をするというのは、じつに素晴らしいことだと思うんです。いろいろ言われても、それなりの数字をとって、ビジネスとしてもチャリティーとしても成立しているのは、さすがです。
あと、24時間番組みたいな大規模なプロジェクトは、一度やめたらなかなか復活できないんです。かつてテレビ朝日系列も2回だけ『27時間テレビ』をやったことがあるんですが、すぐやめてしまいました。ああいう大規模番組は、制作体制づくりも、各系列局間の調整も、営業も非常にめんどくさい。独自のノウハウを積み重ねないと、うまく番組を進行できないんです。
不祥事も起こしましたが、48回もビッグイベントを成功させたノウハウはぜひ、引き継いだほうがいい。ただ、このままでいいかというと、私はそうは思いません。『24時間テレビ 愛は地球を救う』という番組タイトルを単語ごとに分解・分析するとその問題点がよくわかります。
■「生放送のパート」がほとんどなくなって
まず『24時間テレビ』という部分ですが、すでに「24時間やってる感」がまったくなくなってます。
チャリティーで募金を募るということは、ある意味「お祭り」なわけですから。生放送で盛り上げないと「私も募金の小銭を持って参加しよう」ってならないじゃないですか。そこをまず直しましょうよ。
続いて『愛は』の部分です。これが今ずいぶん「愛なのかなんなのか怪しい」と思われるようになってきましたよね。「偽善」だの「感動ポルノ」だのと批判されてますが、確かに私も「このクソ暑いのに芸能人が必死になって走る」のが「愛」だとはとても思えません。「愛」をどうテレビで見せるのか? あるいはもう「愛」は見せないのか? についてそろそろ演出論を真剣に考え直さないとマズイっすよね。
そしてさらに『地球を救う』の部分。気がついたら「あんまり地球の話はしてなくて、日本国内の話ばっかり」になってません? かつては世界中の貧しい子どもたちに…みたいな話もずいぶんやってた気がしますが、制作費がないからか、いつの間にかずいぶんドメな感じの『日本を救う番組』に変わっちゃってませんか?
ということでいろいろ課題はある感じですが、それでも大規模チャリティー番組の火を日本から消さないでほしい! と思います。頑張れ『24時間テレビ』…そして他局も「打倒24時間」で、新しいチャリティー番組をやってほしいと静かに願っております。
(鎮目博道/テレビプロデューサー、コラムニスト、顔ハメ旅人)
◇ ◇ ◇
いまだ世を騒がせている広陵高校の野球部問題。【こちらも読む】広陵高校問題でアナウンサーの“個人的意見”が物議…会社の見解? コメンテーターとの役割の違いは?…では、最近コメンテーター化する局アナの役割について解説している。また、下記の水色ボタンからは皆様からのテレビ局への疑問をお待ちしています。