【死ぬまでにやりたいこれだけのこと】


 ブレイディみかこさん
 (作家・コラムニスト)


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■三苫薫が英ブライトンにやってきて日本人が増えた


 著書「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」が100万部を超えるベストセラーになった英国在住のブレイディみかこさん。6月に新刊「SISTER“FOOT”EMPATHY」を上梓したが、イギリスの社会状況をうかがいつつ、これからやりたいことを語ってもらった。


 私が住んでいるのはロンドンから鉄道で1時間くらい南にある海岸沿いのブライトンという街です。ブライトンというと最近ではやっぱりサッカーの三笘薫選手です。彼がブライトンのクラブに所属するようになって日本から試合を見に来られる方が増え、街を歩いている姿をよく見かけます。


「ぼくはイエロー」の中で書いた「ぼく」、息子は今、大学生です。高校時代はスタジアムの売店でビールをサーバーから注ぐアルバイトをやっていました。三笘選手を見に来た日本人にビールを売ることもあったそうです。ハーフタイムにお客さんがワッとやって来ます。それで何杯も作り置きしていたら、日本の方はビールは冷えているものが当たり前と思っているから、「フレッシュなヤツを」ってリクエストされると言っていました(笑)。


 ブライトンはLGBTQの方が多いこともあって、スーパーリベラルな街です。私が住んでいる選挙区はイギリスで初めて緑の党の国会議員を出したところで、緑の党がすごく強い。2019年の選挙の時のマップを見ると周りがみんな保守党のブルーなのに、ブライトンだけが労働党の赤と緑の党の緑で、陸の孤島みたいでした。


■行ってみたいのは南米とか北欧


 ブライトンに住んで29年になります。

これまで行きあたりばったりで生きてきた人間なので、あまり目標を設定したりしてないですね。でも、子供が大学に入り、子育てが終了。今は一緒に住んでいないので、どこかにたくさん旅行がしたいと漫然と思っています。


 行きたいのはこれまで行ったことがないところですね。例えば、南米とか。欧州の中でも行ったことがない国がちらほらあるので、そういうところにも。フィンランドとかデンマークとか北欧は意外に行ったことがないんですよ。


 南のスペインにはよく行きます。イビサ島に私の配偶者の姉が住んでいるんです。イビサはダンスや音楽で知られるパーティーアイランドで若い人がたくさん踊りにやって来るけど、義理の姉が住んでいるのはすごく牧歌的な田舎です。馬を飼っていて、バスが1日に2本しか来ないような。私は運転ができないので行くと姪っ子が車で迎えに来てくれます。


 子供がいる時は学校が休みの時しか旅行に行けなかったですからね。そういう時期は航空運賃もトッププライスで、高くて気軽には出かけられない。


 でも、そういう時期を外すと、格安航空券の会社がたくさんあってEU圏内ならイギリス国内を旅行するよりも安かったりする。安い時期なら往復1万~2万円とかで見つかることも。ただし、チケットは安くても荷物1個いくら、座席を指定したら追加料金をいくらとか取られたりしますけど。本当にリュック1つで行くなら安く行けます。



少し前から“困った犬”を飼うことに

 ただ、困ったことに1カ月くらい前から犬を飼い始めました。面倒をみなくちゃいけないから遠出ができない。しかも、これが困った犬で(笑)。ある日、暑いから開けっ放しにしていた玄関から勝手に入って来まして。配偶者に「犬がいるぞ」と言われて見たら白い尻尾を振りながらこっちを見ていた。


 配偶者と「うちの犬になる気かな」と笑ってたけど、毛並みはすごくキレイだし、爪もきちんとケアされている。

「首輪はないけど、絶対に飼い犬だよね」と言ってたんです。


 イギリスでは自治体に連絡すると犬を保護してくれる部署があります。そこに電話をして保護してもらいました。飼い犬にはマイクロチップを埋め込むことが義務化されているので、誰に飼われていたかわかるようになっています。きちんと飼ってなくて逃げた場合、迎えに行った時に1日目分として日本円にして2万円以上、2日目からは1万円とか、罰金を取られる。罰金が増えるから大抵は初日に来るらしいけど、来ない人もいるらしい。自治体が保護するのは7日間で、それを過ぎると別の飼い主を探すのがルールになっている。


 うちの犬はどうも来なかったらしくて、自治体から「引き取りませんか」と電話がかかってきた。配偶者が「かわいいから飼ってもいいよ」と言ってたらしくて。それで家の低かった柵を高い柵にしたりして飼うことになったんです。


 その間にわかったのですが、近所のコミュニティーがやっているFacebookを見たら彼が何度も登場する。どこかの家の居間でテレビを見てたり、子供と庭でサッカーをしてたり。

パブでくつろいでいる写真もあった。要するに何度も逃げている、逃亡の常習犯。でも、人懐こくてどこにでも入って行く。息子がいなくなって夫婦2人だけになったところに、面倒なやつがやってきたなという感じです(笑)。


■リタイアしてから本屋やカフェを始めるのが人気


 配偶者の同世代の友人夫婦を見ているといろんなところに旅行する人が多いですね。それから最近人気なのがリタイアした女性たちが一緒に本屋さんやカフェを始めたりすること。ボランティアに精を出す人も多いですね。私もフードバンクでボランティアをやっています。昼間働いている人は土日しか参加できないけど、大学生やリタイアした人で時間に余裕がある人がやっている。おじいちゃんが女子大生と一緒に受付のカウンターに座ってたり(笑)。


 ただ、経済的な問題は大きいですね。とても公的な年金だけでは生活できない。

働いている人は民間の保険会社に個人年金を積み立てている人が多いですね。


 物価高もすごい。とくに住宅です。住宅不足でハウジング・クライシスと言われています。ロンドン市内の家賃の平均は日本円にして40万円を超えています。普通の人は住めないです。若い人のデモが起きたりしています。排外主義の背景には住宅危機があるといわれていますね。


 でも、上の世代はまだいいんです。若い時に買った住宅が値上がりし、それを売って田舎に引っ越して浮いたお金で旅行したり貯金したり。それで親世代と若い人の間で世代間断絶が起きている。ただ、上の世代も例えば配偶者は65歳から年金が下りたけど、私は67歳までもらえないとか。

まだまだ働かないといけない。日本は世界でも高齢化が先行しているけど、どこも流れは同じです。


■新刊で伝えたいのは社交力や「よかたい」みたいな寛容性でつながる力


「SISTER“FOOT”EMPATHY」というタイトルはダジャレですね(笑)。女性の連帯の意味のSISTERHOOD(シスターフッド)は近年よく聞く言葉です。それとEMPATHY(エンパシー)は共感という意味、他人の靴を履いて感じてみようということです。女性の連帯と足元、FOOTへのこだわりをかけ合わせたものです。


 本の冒頭のエピソードは1975年10月24日にアイスランドで行われた「ウィメンズ・ストライキ」について。女性たちが午後2時38分に仕事を終わらせ、抗議活動を行いました。それぞれの立場や、政治的な考えといった違いを乗り越え、90%もの女性が参加して大きな動きになりました。一方、現代ではフェミニズムはSNSなどで異なる考え方により分断や対立も見られる。違いを乗り越えてみんながまとまっていくには、足元から緩くつながっていくのがいいんじゃないかなということを考察した本です。


 その基盤になれるのは、会社でも家庭でもない、サードプレイスといわれる場所。さっきも言ったようにリタイア後にそういうものを作ろうという女性はものすごく多い。地元で一つに集まることができるハブのようなものです。日本にもいっぱいできたらいいなと思います。


 大切なのはSNSで数値化できる個人の人気や影響力ではなく、本当に人と人がつながる社交力を鍛えること。社交力は数値化できないけど、これからはそういうものを育てていかないといけない。少し違いはあったとしても、ここぞという局面では「よかたい」みたいな寛容性でつながる力です。


 SNSはアルゴリズムで一方的な流れができていき、どんどんとがってしまう。一度SNSをやめてみたらどうか。社交力を磨いてみんなで周りの人ともっと話し合った方がいいと思います。


 (聞き手=峯田淳)


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