設立60周年を記念する企画のひとつとして実施された「やりすぎセガ伝説」は、ウソかホントか分からない“セガにまつわる噂”に迫るというもの。新作ゲームの発表や最新情報の公開などは一切ない、実にセガらしい企画となっています。
果たしてセガにどんな噂があり、その真偽はどうなのか。気になる噂についてセガ自身が明らかとした配信の内容を、今回はまとめてお伝えしたいと思います。配信を見逃した方は、こちらで「やりすぎセガ伝説」をチェックしてみてください!
「本物のクレイジータクシーを見た」
1999年にデビューした『クレイジータクシー』は、制限時間内に客を目的地に連れて行くことだけを至上とし、線路上の走行や高速道路の逆送もお構いなしという、大胆かつ個性的な1作。タイトルにある通り、まさにクレイジーなタクシーをプレイヤーが乗りこなします。
もちろんこれは、ゲームの中だけの話。現実世界では到底許されざる行為です。しかし、「実際にクレイジータクシーを目撃した」という噂があるとのこと。「やりすぎセガ伝説」のひとつ目は、こちらの噂に迫ります。
クレイジータクシーを見た、との話が持ち上がった現場は、「セガ アリーナ 蘇我店」。
入店すると、そこには作中のタクシーにそっくりの車が!
まるでゲームの世界から飛び出してきたかのような、再現性の高さを感じさせます。
更に店内は、西海岸らしい雰囲気やクレイジータクシーのデザインなどに溢れています。
どうやら「本物のクレイジータクシーを見た」という噂は、この展示物を指した話のよう。その意味では噂は本当でしたが、実際にクレイジータクシーが走っているわけではありません。
この、ある意味驚きの結末に対して出演陣は、「めっちゃ宣伝だった!」「やりすぎセガ宣伝や!」と激しいツッコミを入れ、笑いで締めくくられた検証となりました。
「世界中のセガのグループ会社をひとりで旅したツワモノがいる」
ふたつ目の噂は、「世界中のセガのグループ会社をひとりで旅したツワモノがいる」というもの。60周年を迎えたセガは、国内だけでなく世界中にグループ会社があり、その各社をひとりで回るのは容易ではありません。
果たして噂は真実なのか。この伝説を持つという亀卦川滋氏が登場し、噂の真相に迫りました。
まず見せてくれたのは、大量の航空券。噂の内容に、早速真実味が帯びてきました。
続いて、事の発端となった経緯や、実際に世界を旅した模様をVTRで紹介。「我々自身がもっと自分たちのことを知ろう!」との思いから、同社の代表取締役社長CEO 里見治紀氏が、亀卦川氏に命じたミッションだったようです。
このミッションを受けた亀卦川氏は、韓国にある「SEGA PUBLISHING KOREA」や台湾の「Sega Amusements Taiwan」を経て、シンガポールにブルガリア、フランス、イギリスと、世界を転々と渡り歩きます。
そして最終的にアメリカへ訪れ、亀卦川氏の旅が終わりを迎えます。この旅を通じて、セガというブランドの知名度の凄さを感じたと語る亀卦川氏。この経験が、大きな節目を迎えたセガの新たな力となることでしょう。
──と、ここで話が終われば綺麗な締めくくりとなったところですが、実はまだ続きがあります。この旅を行ったのは、今年の2月頃。新型コロナウイルスの影響が各国に広まっている時期でした。
この影響を受け、行程の一部を変更。その結果、ウェールズにある「セガ・アミューズメント・ヨーロッパ」を訪れることは叶いませんでした。そのため、噂の真偽については、「世界中の“ほぼすべて”のセガのグループ会社をひとりで旅した」がより正確な表現となります。
残念ながら、里見氏から受けたミッションはまだ未達成。亀卦川氏が「セガ・アミューズメント・ヨーロッパ」を訪れた時こそ、この噂が本当の伝説となることでしょう。
──という話で終わるかと思いきや、この話にはひとつオマケがあります。最初に披露した航空券に「SSSS」と記されていましたが、これはどうやら「要注意人物」と判断されて書かれたものとのこと。これを書かれると入国が簡単に出来なくなるらしく、実際に亀卦川氏は「15分くらい入国審査にかかった」と、当時の様子を語ります。
短期間に集中して色々な国を巡っていたため、「運び屋かなにかと思われたのかも」と、その理由も推察。噂以上に伝説となりそうな事実を明かし、ふたつ目の検証が幕を閉じました。
<cms-pagelink data-text="有名クリエイターの流血事件、その加害者とは・・・!" data-page="2" data-class="center"></cms-pagelink>
「セガ本社で有名クリエイターが流血事件の被害者になったことがある」
ここまでの噂は比較的平和なものが続きましたが、三つ目は事件性すら匂わせる「セガ本社で、有名クリエイターが流血事件の被害者になったことがある」といったもの。
2009年に起きたこの出来事は、当時のセガ本社1号館の脇にて、意識を失った人が倒れてるのを警備員が見つけたところから始まります。
これだけでもただならぬ事態ですが、この異変を受けて社内を調べたところ、2号館の6階でも人が倒れており、しかも流血しているとのこと。また、部屋に入るガラスも砕かれており、その破片も散乱。
この事態に対処した警備員や駆けつけた総務部員の方は、非常に驚いたと証言。しかし、今回の一件を役員に報告したところ、「穏便にすませてやってくれ」との返事が。
1人目(仮称 O)が意識不明で倒れ、2人目(仮称 W)は流血。
この一連の流れを分かりやすく振り返ると、まずは20時に行われた宴会に端を発します。部署内の交流を促すため、ある役員が部署の面々を焼き肉屋へ連れていきますが、そこにはOとWの姿も。
21時にマッコリを飲み始め、酒が回ったせいか、Wは役員に絡み始めます。そこで、もっと飲ませて大人しくなってもらおうと、22時15分にチャミスルも注文。しかし酒が回ったのはOの方で、22時30分に寝てしまいます。
一方、Wの勢いは留まるところを知らず、23時に「W 役員を(自粛)」とのこと。この(自粛)は、時系列をまとめたフリップに貼られたシールで、当時Wが役員に何をしたのかは分かりません・・・が、自粛シールを貼られてしまう類の行為だったのは間違いなさそうです。
更にトドメになったのが、目覚めたOのリバース。宴会がすっかりカオスとなり、24時に解散となりました。
そしてここから、冒頭で判明した事態へと繋がります。
またWは、本社に泊まろうと思って戻ってきたもののカードキーが見当たらず、ガラスを割って部屋に侵入しました。その際に腕を怪我して出血したものの、酔いのせいで痛みがなく、そのまま机の下で就寝。そんなOとWを発見した警備員の驚きは、想像に難くありません。
噂の真相が明らかとなり、更にOとWの実名報道にも踏み切ります。0は、『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド オーバーキル』のプロデューサーなどで知られる岡部城氏。
またWは、『電脳戦機バーチャロン』シリーズファンにはお馴染みの“Dr.ワタリ”こと亙 重郎氏でした。役員の「穏便にすませてやってくれ」発言は、事件のもみ消しではなく、恩情としての言葉だったのでしょう。
今回の噂は本当でしたが、被害者は加害者でもあり、複雑な一件と言えます。最後に教訓として示された、「混ぜるな危険! マッコリ&チャミスル」「そしてカードキーは忘れるな」の言葉が、重く感じられます。
「クリエイター自身によるセガの公式ファンクラブ会報があった」
今から約30年前に、ゲームの開発者が自前で会報を作っていた──四つ目の噂は、ひとつ前と比べるとかなり平和な内容ですが、クリエイター自身が作っていたという点が気になります。
この噂に関わる人物として、吉田徹氏と西村真人氏が登壇しました。
まずは、ファンクラブの名前にもなった会報誌「SPEC」をお披露目。かなり立派な冊子のように見えます。ちなみに「SPEC」は、「セガプレイヤーズエンジョイクラブ」の略です。
当時のゲーム販売店などにファンクラブの入会申込書があり、記入して送付すると「SPEC」の会員になれるというシステム。スマホはもちろんインターネットもない時代なので、郵送でのやりとりでした。
ちなみに会員になると、会員証も届きます。そして会員証を手にしている西村氏は、実は「SPEC」の会員でした。「SPEC」が発行されている時はまだ入社前で、8号が届くころに入社。特に『ファンタシースター』シリーズに惚れ込んでいたようです。
そして吉田氏は、「SPEC」を手がけていた初期メンバーのひとり。入社1年目という初々しい時期に、ファンクラブの会報誌発行に携わっていました。
吉田氏によれば、「SPEC」が始まったのは1988年の夏くらい。当時の営業や販売の方から「会報誌を配りたい」との意見が持ち上がり、なぜかその話が開発に届きます。その結果、現役クリエイターらが、本業の合間を縫って「SPEC」の発行を手がける形に。
最初の「SPEC」は16ページくらいでしたが、だんだんとページが増えていき、表紙もカラーになるなど、見応えのある会報誌へと成長します。ですが、その分作業が増え、負担も大きくなっていきます。
発行期間も次第に伸び、半年や1年に1回といったペースに。時には、発行の遅れを知らせるお詫びを送ったこともあったとか。
そんな、手作り感溢れる会報誌「SPEC」の制作は、「92年でギブアップ」したと吉田氏。8号まで発行され、9号の原稿も6割ほど集まったものの、新しい「SPEC」は作られなかったそうです。
なお、9号向けに用意された吉田氏の原稿は、「青本」の愛称でも知られる攻略本「ファンタシースターオンラインエピソード1&2アルティメット クエスト×レアアイテム編」に掲載。約10年の時を経て、日の目を見ることができました。
また、『ファンタシースター』シリーズの最新作に当たる『ファンタシースターオンライン2』の開発スタッフが中心となって制作している公式同人誌「P-SPEC」は、当時の「SPEC」から名前を取っているとのこと。開発者が直接作る会報誌という流れは、セガの中で今も受け継がれています。
<cms-pagelink data-text="あのキャラの無断使用を、25年間誰も気づかなかった!?" data-page="3" data-class="center"></cms-pagelink>
「女人規制の場所に設置されたゲームが今も絶賛稼働中」
歳や年齢、性別など関係なく、誰でも楽しめるのがコンピューターゲームが持つ魅力のひとつ。ですが、男性しかプレイできないゲームが存在する・・・そんな噂も流れており、こちらの真実に迫る映像が公開されました。
このゲームがあると言われている場所は、「東京ジョイポリス」。もちろんこの施設は、女性も問題なく入場できます。
しかし問題は、ゲームが設置されている場所。なんと、男子トイレの中にあります。
噂になったゲームの正体は『トイレッツ』。小便器と連動しており、“おしっこで遊ぶ”コンテンツとなっています。
『トイレッツ』で遊べるゲームは5種類。前に使用した人と対戦できる「ぶっかけバトル! 花から牛乳」や、ユニークな分析結果が楽しめる「尿内チェッカー」などがあります。
ゲームが置かれている設置場所や、連動している便器の形状などの理由から、男性しか遊べない『トイレッツ』。今回の噂は、確かに本物でした。
「『ぺぺんがPENGO』のパッケージには恐ろしい秘密がある」
数々の噂とその真相に迫ってきた「やりすぎセガ伝説」も、終わりの時が近づいてきます。その締めくくりを飾るのは「『ぺぺんがPENGO』のパッケージには恐ろしい秘密がある」といった噂です。
『ぺぺんがPENGO』は、ペンギンの「PENGO」がアイスブロックを飛ばして戦うアクションゲーム。1995年に発売された本作は、セガからリリースされた最後のメガドライブソフトでもあります。
そんな本作のパッケージに、恐るべき事実が隠されている・・・この噂は本当なのか。パッケージデザインセクションの作田喜尋氏が登壇し、噂の真相を語ります。
作田氏曰く、セガにとって非常に重要なキャラクターが、『ぺぺんがPENGO』のパッケージにこっそり入ってるとのこと。
実際にパッケージを指さしたその先をよく見ると・・・そこには、なんとソニックの姿が! 言われてから見ると、間違いなくソニックがいます。
しかし、セガのゲームソフトにソニックが混じっていること自体は、それほどおかしな話ではありません。
ですが作田氏は、会社に無許可でソニックをパッケージに混ぜたと告白。こうなると、話は大きく変わってきます。しかも、この事実に気づいた者は誰もおらず、作田氏が知る限り、今日まで話題になったこともないと語ります。
なお、作田氏は現在、管理職に就いており、部下を監督する立場にあります。「今、部下がそのような事をしたら?」の問いに対し、「黙ってやらないで欲しいですね」と、当時の自分を戒めるような発言を返答としました。若さとは、実に恐ろしいものです。
ちなみに、ソニックを仕込んだこのイラストは、カートリッジでは確認できないようロゴで上手く隠されています。見られる頻度が多いカートリッジのイラストでは敢えて隠したその遊び心も、今日まで話題にならなかった一因かもしれません。
『ぺぺんがPENGO』は販売本数が少なく、プレミアソフトとなっています。そのため、現物で確認するのは至難の技ですが、インターネット上でもおぼろげながら確認する方法があります。
セガ バーチャルコンソール公式サイト より
『ぺぺんがPENGO』はWii向けのバーチャルソフトになっており、セガ バーチャルコンソール公式サイトに『ぺぺんがPENGO』の紹介ページが存在します。小さめの画像ではありますが、『ぺぺんがPENGO』のパッケージイラストも掲載されているので、噂の真相をその目でお確かめください・・・と言いたいところですが、掲載画像単体だとちょっと見えにくいので、配信のスクリーンショットと合わせてチェックしてみてください。
なお、こちらは蛇足となりますが、「ぺぺんが ソニック」でTwitterを検索してみると、2011年に指摘しているコメントが見つかります。セガ内部で指摘する声は挙がらなかったものの、ゲームファンの目は欺けなかったようです。
嘘だったり、意外な真実が隠されていたりと、驚きに満ちた「やりすぎセガ伝説」。ですが今回の噂も、きっと氷山の一角に過ぎないことでしょう。セガならきっと、第2弾もやってくれるはず。来年のTGSなどで、新たな動きに期待したいところです。