今、“夏に遊びたいゲームは?”と訊ねると、答えた人の数だけ異なる作品の名前があがってもおかしくありません。ですが00年代に同じ質問をすると、かなりの確率で『ぼくのなつやすみ』(以下、ぼくなつ)と答える人が多かったことでしょう。


『ぼくなつ』シリーズは、2000年6月に発売された第1作目から始まり、初代PSにPS2、PS3やPSPなど、多彩なプラットフォームに展開したアドベンチャーゲームです。その内容はタイトルからも想像できる通り、“主人公が過ごすなつやすみ”をまるごと体験できるものです。

未経験の方からすれば、「誰かの夏休みを体験して楽しいのか?」と疑問に思うかもしれません。ですが、本シリーズはゲームが持つインタラクティブ性の高さを活かし、主人公の「ぼく」とプレイヤー自身をつなげ、大人視点では“懐かしいあの夏”の追体験ができる。そして、子ども視点なら「こんな田舎で過ごしてみたい!」という憧れが現実になるという、稀有なプレイ経験を味わえる作品に仕上がっていました。

この切り口はゲーム史を通してみても非常に珍しく、似たようなゲームはほとんどありません。
だからこそ、『ぼくなつ』シリーズは力強く支持されました。

しかしそのオリジナリティの高さから、続編が出なくなって以降は“ゲーム内で過ごす夏休み体験”を味わえなくなりました。いわゆる『ぼくなつ』的なゲームを探し、だけども見つけられず、欲求が満たされることなく時間だけが過ぎていく。そうした経験を持つファンも少なくないことでしょう。

ですがこの令和に、あの“懐かしの夏休み体験”を味わうことのできるゲームが新たに登場します。その名は、『なつもん! 20世紀の夏休み』(以下、なつもん!)。
サーカス団を率いる団長の息子である「サトル」が、ひと夏だけ訪れる町を舞台に、虫取りに夏祭り、海や山への冒険などに挑みます。

『なつもん!』の原作・脚本・ゲームデザインを手がけたのは、『ぼくなつ』シリーズ開発の中心人物としても知られている綾部和氏。また、『牧場物語』シリーズなどの代表作を持つ和田康宏氏が設立したトイボックスが開発を担当しました。

懐かしさと憧れを味わえる、ひと夏の体験。それを、『なつもん!』はどのように味わわせてくれるのか。事前に本作を遊ぶ機会に恵まれたので、その体験に基づくプレイレポートを通して、『なつもん!』が持つ魅力の一端をお届けします。


■モニタ越しの画面に映る、「どこを見ても夏、どこまでも夏」
主人公の父親が率いる「まぼろしサーカス団」は、決して大きな規模のサーカス団ではありません。そのためか、この夏の巡業先となる「よもぎ町」は海と山に囲まれた田舎町。舗装されたアスファルトはごく一部、高い建物は灯台や鉄塔くらいで、ビルなどは全くありません。

というのも、ゲーム内の時代設定は、平成の1/3が過ぎた程度の1999年。今から20年以上も前となるクラシックなひと夏を、『なつもん!』で楽しむことができます。

本作の主人公「サトル」は小学生で、年齢は10歳。
ただし、すでに8月に入っているので学校には行かず、ゲーム開始直後から夏休みを謳歌する日々が始まります。

キャラクターやフィールドは全て3Dで表現されており、ゲーム内の空間も立体的。360度を見渡せますし、もちろん上下にもカメラを動かせます。またグラフィックは、トゥーン調なのでリアルよりもデフォルメ寄りですが、かといって荒唐無稽な描写ではなく、親しみやすい印象的な絵柄です。

このグラフィックと3D空間が合わさる世界に降り立ち、筆者が感じたのは「どこを見渡しても、夏だ!」という印象でした。牧歌的なビジュアルながら、照り付ける日差しや光の当たり具合で生まれる影、夏の雲が広がる青空、遠くに見える緑眩しい山間など、どれも筆者の記憶にある“夏”を想起させてくれます。


今回のプレイは約2時間と限られていたので、この世界の隅々どころか、「よもぎ町」やその周辺を走り回った程度でした。しかし、川の水面や魚の影、近づくと逃げてしまう蝉、時間が経つと迫る夕焼けといった“夏のかけら”がその至るところに散りばめられており、正直こうした描写だけでかなり心を掴まれてしまいました。

見渡す限りの夏。そして、見える範囲の限り突き進めるオープンワールド。優れた演出と舞台が、視界の限り……つまりゲーム全編において、没入感を強くもたらしてくれます。

■自由度の高い『なつもん!』、その象徴とも言える“登り”が楽しい!
『なつもん!』における夏休みの過ごし方に、これといった決まりはありません。
例えば、誰かとの待ち合わせをすっぽかし、自分なりに自由に過ごすことも可能です。そして実際にプレイしたところ、とても時間が足りないと思うほど、やりたいことが次から次に浮かぶ毎日を過ごしました。

主人公のサトルは、小さなものから大きなものまで、様々な冒険と出会います。それに挑むかどうかもプレイヤーの自由ですが、虫集めや魚釣り、高いところに登るなど、誰に言われずとも自然とやりたくなる冒険が多く、自然と熱中してしまうこともしばしば。

ちなみに大きな冒険などを乗り越えると「ステッカー」がもらえますが、これはいわゆる“主人公のスタミナ”に直結するもの。プレイ開始時点では3枚しか持っていませんが、冒険をいくつも果たすとその分だけスタミナが増えていきます。

スタミナがあると、通常移動よりもはやい「ダッシュ」を長く行えるようになるので、色んな場所に行きたい時はスタミナが多い方がよりはやく、より快適に動けます。

また本作は、家の壁やテント、木や崖などほとんどの場所を登ることが可能。オープンワールドなので「見える範囲はどこでも行ける」のですが、加えて「見える部分はどこでも登れる」という大胆なゲーム性を実現しています。

今ではオープンワールドのゲームも増えましたし、その中には自由に壁を登れるゲームも存在します。ですが、(ちょっと昔ですが)現代を舞台に、少年が山や家をガンガン登れるゲームとなると、なかなか思いつきません。

「登る」という行為は、“高所への移動”や“ショートカット”という実益もありますが、「木に登って、そこから遠くの景色を見渡す」といった行動そのものにもロマンを覚え、利便性ではなく“夏の体験”として非常に重要な要素なのでは、と感じました。

誰とも会わずに朝から山を登り、海に沈みかける夕日を頂きから眺める──そうした過ごし方は、報酬やアイテムを入手するといった“ゲーム的な意味”での収穫はないかもしれません。しかし、他には代えられない達成感や満足感がそこにあったのも事実。こうしたプレイ体験も、『なつもん!』ならではの魅力のひとつかもしれません。

ちなみに本作のゲーム内時間は、何もしなくても過ぎていきます。目的を達する充実した一日にするか、雰囲気を楽しみ気ままに過ごすか。その選択も、プレイヤー自身に委ねられています。

時間やスタミナに制限があり、町を去る日も決まっている『なつもん!』。だからこそ、少年の日々はどこまでも尊く、共に過ごすプレイヤーの心も自由になれるのでしょう。

■『なつもん!』の特徴はどうやって生まれた? 開発陣から聞く裏話の数々
今回プレイした範囲では、オープンワールドを活かした“夏の表現”、壁や崖も登れる自由度の高さが生み出す“広大な冒険感”を最も強く感じ、その魅力を中心に掘り下げてお届けしました。

もちろん海や川で泳いだり、ラジオ体操に出席したりと、夏らしい楽しみ方やイベントもたっぷり楽しめます。またゲームを進めれば、様々な人物との出会いや交流、子どもたちと一緒に事件を解決する探偵クエスト、披露するサーカスの演目決めなど、本作で味わえる“ひと夏の体験”はこの先もまだまだ広がります。

特にサーカスの公演は、プレイヤーが演目や衣装、曲などを決めた上で披露されるので、その公演を見る時にも自然と力が入ります。残念ながら失敗する時もありますが、よりよい公演になるかどうかもプレイヤーの頑張り次第です。

まだほんの一部を遊んだだけですが、人によっては懐かしく、そして自然豊かな土地で過ごすひとときへの憧れも満たせる、ひと夏の体験。その期待がさらに高まり、作品への確かな手応えを感じる先行プレイとなりました。

また今回の体験会では、前述の綾部氏や和田氏、そして発売元となるスパイク・チュンソフトの榊原昌平氏に向けたインタビューの時間も用意していただきました。『なつもん!』に関する様々な質問への回答を通して、開発秘話や本作が持つ特徴などもご覧ください。

──本作は、家の壁や崖などを登れますが、こうしたアイデアはどうやって生まれたのでしょうか。また、実装する際に苦労された点はありますか?

綾部和氏(以下、綾部):まず発想ですが、(今回は)わんぱくな主人公にしたかったんです。当初は「登れる壁」と「登れない壁」でデザインを変えて作り分けしようと思っていました。すべての屋根に登れたら、デバッグとか大変になりますしね。

そのはずだったのに、いつの間にかほぼ全部に登れるようになっていて、場所によっては屋上にアイテムとかも置かれています。なんでそうなったのかと言えば……多分、作っていて楽しかったんです(笑)

これは本作の開発時に大切にしていたことともいえます。(『なつもん!』を)作っていたら楽しくて、勝手に膨らませていったものが多くあったんです。作業効率を考えたらそこまでやらない方がいいのに、なぜかそうなってしまった。作ったり遊んだりしている時の「楽しい」は正義なので、そこは許してください(笑)

和田康宏氏(以下、和田):苦労した点は、本当にどこでも登れるようにしちゃったところですね(笑) 開発を全部見ているつもりですが、(発売された後に)自分たちが想像もしていなかったような登り方をプレイヤーの方々が発見するのかなと思うと、楽しみでもあり怖くもあり、みたいな(笑)

──ゲーム内時間の「一日」の長さについて、調整など大変だったのではないでしょうか? また、時間の進み方を調整できる仕様を取り入れた理由もお聞かせください。

綾部:時間の長さについては、正解がないんですよね。「“ちょっと足りないくらい”を目指そう」という線を基本的に考えていました。「あとちょっとで目的が達成できたのに、晩御飯になっちゃった」「時間足りないよ」みたいな。

ただ、「ここまで来たのに晩御飯で呼び戻されたら、さすがに泣くだろう」というタイミングがあるのも確かですね。なので、ある場所では時間が流れていなかったりします。ほどよく足りないけども、こういったフォローを取り入れることで、バランスがうまく成り立っているかと思います。正解がないからこそ、時間の進み方を調整できる機能をつけようと。

和田:(時間の進行については)本当に大変でした。綾部さんが持っているイメージを伝えていただき、その形で進めていたんですが、最初の頃はどうしてもコンテンツが揃わないため時間があまりがちでした。

そのため、「ゲームの密度が足りないのか?」と感じ、密度を上げるためにコンテンツを増やすと、今度は時間が足りないということも起きて。そこで「密度を上げるためだけに増やしたコンテンツは、このゲームに本当に必要なのか?」と、吟味する必要にも迫られ、最終的には“時間の進み方:ふつう”という設定にすることと、「ちょっと時間が足りない」というバランスになったと思います。

──本作は、線路の上を歩けるなど、かなり“やんちゃ”な行動が可能です。遊ぶ側からすると自由度が高くて嬉しいのですが、現在の風潮を踏まえると、こうした表現を盛り込むのは勇気が必要だったのかなと思います。その点についてお聞かせください。

和田:オープンワールドのゲームというのは、“プレイヤーがやりたいことを、やりたいようにできること”が一番正しいと思っています。その上で、我々作り手の想いとは別に、パブリッシャーであるスパイク・チュンソフトさんが判断されることも当然あります。また、世の中の矢面に立つのは、どうしてもパブリッシャーさんになりがちです。

(本作の開発は)僕らがやりたいことを好き勝手にやらせていただいているんですけど、その中でおそらくスパイク・チュンソフトさんが色んな判断をして、調整をしていただきました。

榊原昌平氏(以下、榊原):我々も、「ここまではいいよ、ここからは悪いよ」と判断しつつ、綾部さんたちが持っている世界やイメージを尊重したいという話もしていました。そのため、我々が確認した範囲では問題ないと考えていたので、あまり口を出しませんでした(笑)

綾部:「高圧電線に登れてしまうと、それを真似する子どもがいたら危ないので、さすがにNG」と考え、高圧電線の鉄塔には登れないように設計したんです。ネズミ返しをつけて。ただ、「すごく高い山の上からマントを使って飛び降りたらどうなるか」とか、我々の考えをゲーム内の現実が超える可能性もあるんですよね。

榊原:スパイク・チュンソフトの中でも、「こんな高いところから飛び降りたり、線路に入ったりして、真似する子供が出たらどうするんだ?」といった議論はありました。ですがやはりゲームなので、遊びの部分を潰してしまうと体験が損なわれてしまいます。

和田:ゲーム内では車も走っていますが、飛び出しても車が止まり、跳ねられたりはしません。これはつまり、フィクションでファンタジーなんですよね。

本作の大きな魅力である「登り」にまつわる開発秘話や、流れる時間の調整、高い自由度の実現など、貴重なお話からも『なつもん!』の魅力が窺えました。

令和に蘇る“90年代の夏”は、かつて『ぼくなつ』を愛したファンや、懐かしさと無縁の若年層に、どのような形で受け入れられるのか。ライターとしてのみならず、今回の先行プレイで期待度が高まったひとりのゲームファンとしても、実に気になります。

この『なつもん! 20世紀の夏休み』は、ニンテンドースイッチ向けに7月28日発売。学生の方は、「よもぎ町」でひと夏を心置きなく過ごすため、この日までに夏休みの宿題をある程度片付けておきましょう!

(C)2023 TOYBOX Inc./Millennium Kitchen Co., Ltd.
※記事内に使用されているゲーム画像は、全て『なつもん! 20世紀の夏休み』のスクリーンショットです。
取材協力:スパイク・チュンソフト