「枕」はただの寝具ではなく、古くは「魂蔵(たまくら)」「真座(まくら)」と呼ばれ、魂を収める場所、神霊が座る場所として大切に扱わなければならないものでした。

【前編】では、「枕を大切にしないと現れる」枕小僧・枕返しなどと呼ばれる怪異の逸話が数多く残されていることをご紹介しました。




あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【前編】
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この【後編】では、その枕を用いた鬼婆による凶悪で残忍な犯罪伝説についてご紹介します。

■浅茅ヶ原の鬼婆 伝説

あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【後編】


 「孤家月」(ひとつやのつき)(月岡芳年『月百姿』のうちの一作)(写真:wikipedia)

「浅茅ヶ原の鬼婆(あさぢがはらのおにばば)」とは、現在の東京都台東区花川戸に伝わる伝説です。

昔々、江戸時代のこと。武蔵国花川戸のあたりには「浅茅ヶ原」と呼ばれる、荒れ果てた土地がありそこには一軒のあばら家があり、老婆と美しい若い娘が二人で住んでいました。

浅茅ヶ原には陸奥国や下総国を結ぶ小道があったのですが周囲にはなにもない荒地で、そこを通りがかる旅人たちは、あばら家を訪れて老婆に一晩止めてくれないかと頼み込んでいたそうです。

快く旅人を泊めてあげる親切な老婆と娘に、旅人はすっかり気を許してくつろぎ、旅の疲れもあって深い眠りにつきました。
その姿を陰から見ていた老婆は、残忍な鬼婆の本性を表します。

鬼婆は、寝床にあった石の枕で旅人の頭をかち割って惨殺してしまうのです。(天井から縄をつけた大きな石を頭めがけて落としたという説も)

旅人の懐と荷物から金品を強奪した婆は、亡骸を近くの池に投げ捨てるのでした。

老婆の鬼畜の所業をやめさせようとしていた娘でしたが、逆に激しく叱責されるだけ。老婆が殺した旅人はなんと999人になりました。

あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【後編】


石の枕で惨殺した旅人が1000人目を迎えたとき…
あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【後編】


「浅茅ヶ原一ツ家古事」河鍋暁斎

ある日1000人目となる稚児があばら家を通りかかり泊めて欲しいと頼みます。


老婆はいつものように快く稚児を泊めさせ、眠りについた頃を見計らい石の枕で頭を叩き割りました。

いつものように懐から金品を奪い、さて、亡骸を池に捨てようと引きずったところ、それが自分の娘だったことに気が付きます。

驚愕のあまりに腰を抜かす老婆。娘は我が身を犠牲にして老婆の鬼畜の所業を止めたのでした。

そこに、さきほどの稚児が現れます。稚児は、実は浅草の観音菩薩の化身で、老婆の行いを咎め娘の亡骸を抱いて消え去ったとか。
老婆は自らの罪深さを恥じて池に身を投げ、その池は「姥ヶ池(うばがいけ)」と呼ばれるようになったそうです。

この話は、老婆が美しい娘を遊女にみたてて旅人を誘い込んだとか、娘が悲しげな表情で旅人に「泊まっていってください」と声をかけさせたとか、老婆は観音菩薩の力で竜と化して娘の亡骸とともに池深く潜って消えたとか、さまざまなパターンがあります。

この「浅茅ヶ原の鬼婆」は、江戸後期には浮世絵や芝居の題材にもなり、さまざまな作品も残されています。

あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【後編】


歌川国貞。鬼婆に縋り付いて凶行を止める娘、頭上に石が吊るされている稚児。



■屍の匂いがする古い木の枕

あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【後編】


古い民家(写真:photo-ac)

江戸時代中期の儒学者、新井白蛾(あらい はくが)の著書「牛馬問」(人からよく尋ねられる物事について記したもの)には「枕の怪」という話が残されています。


新井白蛾が子ども時代、江戸深川に京都のような三十三間堂があり、その近くに、ある医師が家を借りました。

ところがしばらくして医師は体調を崩して寝込んでしまいます。湿った空気に満ちているこの家のせいだろうと、自分で薬を調合してのんでいたものの、一向に回復しません。

そんなある日、物置のほうから風邪が吹くと、なにやら悪寒がして調子が悪くなることに気が付き調べましたが、何もありません。そこで、同じ方向にあった仏壇を調べてみると、古い木の枕がでてきたそうな。

怪しげな気配のする木の枕をみて「これが原因だ」と思い、医師はそれをカチ割り燃やしたところ、まるで屍を焼いているような匂いがしたそうです。
枕がすべて燃えると、医師の不調も治ったのでした。

一体誰が使っていた枕なのか、どんな念が込められていたのか、誰かの魂がこもっていたのか……答えはわかりません。

あなたの「枕」は大丈夫?実は”魂が納まる蔵”だった「枕」にまつわる怖いお話【後編】


箱型の畳枕(写真:photo-ac)

枕は「魂や霊魂が収まる場所」と古来からずっと伝えられてきたのがうなずけるような、不気味で怖い話です。

枕にまつわるさまざまな逸話。たとえ昔の伝承にしても、頭を支える大切な道具である枕は投げたり踏んだりせずに、丁寧に丁寧に手入れして扱いたい……そんな気持ちにさせられます。

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