2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公で、吉高由里子さん演じる紫式部。

紫式部にまつわるエピソードは数えきれないほどたくさんありますが、平安~鎌倉時代にかけて、紫式部は煩悩の創造物である『源氏物語』を書き、人々を惑わせた罪で地獄に堕ちた……という考え方が起こったのです。


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どのような背景があったのでしょうか。

■平安の大ベストセラーも「虚構だ!」「けしからん!」と炎上…

虚構だ!『源氏物語』を読んではならぬ…煩悩の嘘を書いた罪で、紫式部は地獄に堕ちてしまった?【前編】


「紫式部」(土佐光起画、石山寺蔵)wikipedia

平安時代としては晩婚だった紫式部は、20代後半で親子ほど歳の離れた藤原宣考(ふじわらののぶたか)と結婚し一女をもうけるも、わずか3年で夫と死別してしまいます。

現代でいうところのシングルマザーとなった紫式部が、その頃書き始めたのが源氏物語でした。夫亡き後、寂しさや不安を慰めるために長い物語を紡ぎ始めた……といわれています。

友人知人の間で評判となり、宮廷にその噂は広がり貴族たちの心も虜にしていった源氏物語。

ときの最高権力者・藤原道長の目に留まり後宮に入り、宮仕えをしながら物語を繰り広げ続けていきます。




■古来より文学者が詣でた石山寺に7日間籠って執筆を

虚構だ!『源氏物語』を読んではならぬ…煩悩の嘘を書いた罪で、紫式部は地獄に堕ちてしまった?【前編】


石山寺境内の源氏苑一角にある「紫式部像」(撮影:髙野晃彰)

紫式部が源氏物語の構想を得たと伝わるのが、滋賀県大津市にある「石山寺」です。
創建天平19年(747年)以来、東大寺の大仏建立を祈願した神聖な寺で、真言密教の道場として、学問の寺として多くの信仰を集め、多くの文学者も詣でていました。

紫式部は、この石山寺に7日間に渡り籠って源氏物語を綴り始めたといわれています。
寺から琵琶湖の湖面に映る十五夜の名月を眺め、「月のいとはなやかにさし出でたるに、『今宵は十五夜なりけり』と思し出でて」という文章を書き出した……そうです。

虚構だ!『源氏物語』を読んではならぬ…煩悩の嘘を書いた罪で、紫式部は地獄に堕ちてしまった?【前編】


石山寺の月見亭。美しい景色を見下ろせ、空に浮かぶ月を見上げられる。
紫式部もここで月を眺めたろうか…(撮影:髙野晃彰)

一大ベストセラーとなった源氏物語は、小説・絵画・映画・漫画・ドラマなどその時代のクリエーターたちがさまざまな解釈をして語り継がれてきた物語です。

その反面、平安時代から鎌倉時代ごろ、源氏物語は

「虚構の物語は煩悩そのもので、こんな作品を書いたものも読むものも堕落者だ」

「源氏物語という嘘話を広めた紫式部は人々の心を惑わせた、けしからん人物だから地獄に堕ちた」

などという話が起こりました。



■「源氏物語は虚構ゆえ、作者は堕落した人間だ」という考え方

虚構だ!『源氏物語』を読んではならぬ…煩悩の嘘を書いた罪で、紫式部は地獄に堕ちてしまった?【前編】


仏教『地獄草紙』「雨炎火石」(東京国立博物館蔵)wikipedia

平安時代に皇族、貴族の間で重んじられていた「仏教思想」。仏教の教えが第一で、戒律を守らないものは罪深いことと考えられていました。守らなければならない戒律の一つにあったのが「嘘はいけない」。

想像の世界から生み出された文学は、仏教の戒律的には「嘘」として解釈され、虚構の物語を紡ぎ人々を夢中にさせる作者は、堕落した人間だという考えだったのです。


平安末期の仏教説話集『宝物集(ほうぶつしゅう)』に、「紫式部が虚言で源氏物語を作った罪で地獄に行った」という一文があるとか。

また、鎌倉時代中期の説話集『今物語』にも「源氏物語は事実ではない、あだめいたことを書いてある。紫式部はあの世で灼熱地獄に堕ちて責苦を受けているので 供養をしたい」というような話も登場します。

そして、源氏物語と紫式部を供養する「源氏供養」が生まれたのでした。

【後編】ではその『源氏供養』についてご紹介しましょう。


【後編】の記事はこちらから↓


虚構だ!『源氏物語』を読んではならぬ…煩悩の嘘を書いた罪で、紫式部は地獄に堕ちてしまった?【後編】
虚構だ!『源氏物語』を読んではならぬ…煩悩の嘘を書いた罪で、紫式部は地獄に堕ちてしまった?【前編】




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