「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。

今回の「CASE31」では、「このままでは自分の将来が見えません!」と、会社でのキャリアに不安を持ち始めた若手部下へのアドバイスに悩むケースを取り上げます。

若手の初期のキャリア観は、自分の中から湧き出す興味や関心でいい

「このままでは自分の将来が見えません!」会社でのキャリアに不安を持ち始めた若手部下...どうアドバイスする?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE31(前編)】(前川孝雄)>の続きです。

若手社員が、終身雇用を信じていないがゆえに、自分の仕事やキャリアへの将来見通しを持ちたい傾向が強いことは、前編でもふれたとおりです。そのため、会社での明確な将来のキャリアイメージが持てないと、不安を募らせます。

しかし、キャリアとは、前述の「車輪の轍」のように、自分の紆余曲折を経てきた道を振り返った後(過去)に、はじめてくっきりと見えるものです。初めから、目の前(将来)に明瞭で確実なキャリアの道筋が見えるものではありません。

そこで、若手社員には、まず初期の段階で必要なキャリア観は、働いていく大きな方向感覚となる軸があればよいとアドバイスしましょう。

「なぜ働くのか」という問いへの答えとも言えます。

たとえば「人を笑顔にできること」「人の生活や余暇を豊かにできること」などの、ぼんやりとした概念的なものでもかまいません。自分の内側から自然に湧き出す興味、関心、好奇心、喜びでよいのです。

不確定要素が多いなかで、無理やり将来を可視化する徒労を避けることができます。また、どう転んでもしたたかに自分なりの経験の意味づけができる効用もあります。

逆に、若手の段階で将来の希望を具体化しすぎると、視野が狭くなります。

その結果、想定外の環境変化や時代の早い変化に対応できなくなったり、開発されていない自身の可能性を閉ざすリスクすらあることも補足すると、納得度も高まるでしょう。

キャリア観には、柳の木のように風になびく「しなやかさ」があるといい

これはキャリアの捉え方を、柳の木に例えるものです。柳の枝葉はどんな風が吹き、雨が降ろうとも、柔軟にしなやかになびいていますが、幹はどっしりと構えていて動じません。

もし柳の枝葉に柔軟性がなく硬直的であれば、雨や風で簡単に折れてしまうでしょう。枝葉が折れてしまうと、光や水分など外からの栄養をうまく取り込めず、幹もそのうち枯れてしまうかもしれません。

雨風は環境や時代の変化、枝葉は日々どんな仕事や業務に取り組むか、幹はキャリア観になぞらえます。

環境変化である雨風の影響を受けながらも、キャリアの幹にあたる自分の軸――「なぜ働くのか」と大きく反しなければ、枝葉末節において仕事の種類や業務の内容を選り好みしないことが、長く成長し続けられる要諦なのです。

上司としては、日々の対話の過程で、若手自身に「こんなことでは成長できない」「こういう仕事に就けなければ意味がない」など、考えを決めつけないように促すことです。先ほどの「柳の枝葉」の例を引用するのもよいでしょう。このアドバイスの意図は、会社都合で働かせる意味合いではなく、むしろ本人の未知の成長の可能性を狭めてしまうことを防ぐことにあると伝えましょう。

人は、偶然の仕事や人との出会いによって、大きく成長する場合があります。才能の未開拓領域が広い若手のうちは、どんな出会いや経験が成長の源泉になるかわかりません。

経験そのものの事実は変わらずとも、後から自分なりの意味づけはできるものです。キャリアの初期段階では、大きな方向性としなやかな柔軟性を併せ持つキャリア観があれば、焦りや心配はいらないのです。

仕事の将来希望やキャリア観は変わっていい

また、人の夢や希望は時につれて変わるものです。キャリアについても同様です。

ある成人を対象にした調査では、職業上の「やりがいの経験割合」が最も高かった人たちは、子どもの頃から将来の夢や希望を持ちながらも、それが変化していった人たちだったとのことです。すなわち、希望の多くは達成できずに終わっても、希望の修正を重ねていくことでやりがいに出会えるというのです(参考:『希望のつくり方』玄田有史《岩波新書、2010》)。

そう考えれば、入社当時の志望動機や直近の希望が、働いていくうちに変化することをマイナスと捉える必要はありません。働く環境が大きく変化している今、若者が抱く将来希望やキャリア観が変わることは必然であり、むしろ変化は成長と捉えてよいのです。

早期離職・転職意向への対応の仕方とは

ただし、仕事の将来希望やキャリア観の変化を尊重すること=転職を奨励することではありません。

転職を決断するトリガーは、職場の上司や同僚との人間関係だと言われます。しかし、どんな職場でも異質な人たちとのコミュニケーションは避けられません。若手自身が人間関係を理由に転職するのでは、転職先でも同じことを繰り返すことになりかねません。

もちろん、自分のキャリア展望を考え抜いたうえでの転職はありうることです。政府も衰退産業から成長産業へ人材流動を促進しようと、躍起になっている背景もあります。個人の将来展望と自社の将来展望が大きく異なる場合、転職することが双方のためになる場合もあります。

とはいえ、現若手社員から見えている社内の仕事領域はまだ限定的です。そもそも激しい環境変化に対応しなければ淘汰されるため、企業は大きく変化していくでしょうから、仕事内容も今後ダイナミックに変化していくはずです。

そこで、上司は、社内でも若手社員のキャリア形成につながる仕事があるかもしれないことや、今はなくともこれから生まれてくる可能性があることも伝えましょう。また、具体的な組織や人事の動きなどがあれば、積極的に伝えていきましょう。

キャリアを育む力は仕事を通して育っていく

何より、仕事の本当の醍醐味を味わい、自分の真の強みを発見するには、仕事経験を積む中での試行錯誤が必要です。それによって、キャリアの幹が磨かれることを、伝えておきたいところ。そのことに挑戦しないままの転職は、リスクこそあれプラスになりにくいのです。

だからこそ、今の仕事での働きがいや成長につながるキャリアを考え、自身で意味づけしていくことが大切なのです。

若手社員が、就職時にこの会社で働くことを決断した原点をもう一度見つめ直させてみましょう。そして、隣の芝生が青く見えているだけではないか。また、今の職場でこそ育むことができる大切なキャリアは何かなど、自問自答を促すことも必要です。

※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。

※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。

【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授

人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。